第10話 記憶の魔女
フローレンス・F・ミハタパーク。二百二十六歳、女性。職業、魔女。記憶を盗む魔法が得意。そして私、望月真奈の友人。それがインターネット上での魔女さんのプロフィールである。
「おお、いつもより再生数が倍近く伸びてる」
パソコンの画面を見てほくそ笑んだ。
投稿した動画の伸びが良い。その理由はとある人物をゲストとして登場させたからだ。その人は魔女。比喩でも何でもなく魔女である。だからといって魔法を披露させたりしたわけじゃなく、いつもと同じくゲームをプレイして実況するという動画だ。ちなみに魔女さんには私が考えたプロフィールをインターネット上で使ってもらっているけど、名前に関しては私生活でも同じように呼ぶように言われていた。
フローレンスは長いこと生きていた割にゲームとかインターネットの知識が大きく欠けていた。知っていたことといえば、テレビの中には実際に人は入っていないことくらい。その知識のせいで、ゲーム画面で戦うキャラクターがテレビ画面の中じゃなく、現実のどこかに存在してそれを操っていると勘違いしてしまっていた。さらに、そのキャラクターが自らが握るコントローラーの操作通りに動くことに対して「こんなふうにしてしまう魔法もあるのね⋯⋯」と困惑していた。その一つ一つの反応が視聴者に受けているようだ。
「負けたわ。また負けたわ。真奈、勝てないのだけど。このゲーム壊れてるんじゃないかしら」
「壊れてないですって」
「じゃあ連戦したから次は貴女がやってみなさい」
少しイラついた様子のフローレンスは私にコントローラーを渡すと、むっとした表情で画面を食い入るように見る。
こんなに感情が表情に出る人だったのか。コメント欄でも言われてたけど、幼女みたいだな。
「何か、失礼なことを考えてないかしら?」
「いいえ? むしろ敬う気持ちでいっぱいですよ」
「ならいいのだけど」
対人戦が始まる。相手は遠距離攻撃持ちと反射技持ちで、浮かせた相手をお手玉にしやすい高判定対空技を持ったキャラクターだ。このキャラクターに負けるときは、なす術がないままに終わってしまう感が凄いのでフローレンスの苛立つ理由もわかる。それでもスタンダードな立ち回りしかできないなら私の相手じゃない。近づき、攻撃を当てる。その一連の流れに掛かってくる読み合いをほぼ全て制しダメージを稼ぐ。そして止め技。これにて勝利だ。
「やるわね」
「ま、過去シリーズからずっとやってきたので」
経験値という貯金がある。これがあるだけで、がっつりネットで知識を蓄えてる人にもそこそこ勝てる。
「貸しなさい」
「どうぞ」
再びプレイヤーをチェンジして、私はパソコン画面で投稿済み動画のコメント欄を堪能する。
「やっばり、結構フローレンスが良かったって声が上がってますよ」
「コメントとか言ったかしら。それは実在する人間が文字を書いているのよね?」
「そうです。『かわいい』とか『幼女味がある』とか『声が良い』とか、色々」
「不遜ね」
「でも嬉しくないですか? 私は嬉しいです」
「今までなら経験し得ないことだとは思うわ」
「それなら良かったです」
私にとってもそう。今はまだ極一部でも、持て囃されて評価されるというのは気持ちが良い。こういう経験を二人で重ねていきたいと私は願っていた。
「⋯⋯真奈は、どうして私に死んで欲しくないと願ったの?」
死にゆく自キャラをつまらなそうに見つめたフローレンスにそう問われる。少し考えた。
「フローレンスが話せる人だと思ったからですよ」
「それは、自分の命を懸ける程のことなのかしら。知らないかもしれないけど、あの時私は、貴女を殺してしまってもいいと思っていたのよ?」
「何となくわかってました」
「だったらなぜ、そんな無謀なことを?」
「うーん、特にこれだって理由はないんですけどね。多分、心の底では死なないと思ってるんです。甘く見てるんですよ、人生とか色々。それか、スリルを求めてるか」
産まれた時からそんな感じで、社会に出ても消しきれなかった。
「そのうち、呆気なく死んでしまいそうね」
「かもしれないです。そうならないように、フローレンスが一生私のこと守ってくださいね」
「ふふっ。それって絵本に描かれてあるプロポーズみたいね」
「絵本? プロポーズだとしたら受けてくれます?」
「いやよ」
それは残念。一緒になって死ぬまでくっ付いていられそうなのに。
「あ、そういうことか」
フローレンスを見つめてある一つのことに思い至る。
「ん? 何がかしら」
「ああいや。命を懸けた理由が一つあったなと思って」
「それは?」
「それは——」
私は床に座ってゲームをするフローレンスの背中に、自分の背中をくっ付けて軽く寄りかかる。そうしても、フローレンスから拒絶の意思は伝わってこない。
「——なんでしょうかね」
言おうとして途中でやめた。
ふふ、と笑うフローレンス。
「愛に飢えているのね」
見抜かれたのはフローレンスも同じだからかもしれないと思った。
所変わって無人の喫煙所。待ち合わせたのは同じく名取だ。
「今回の報酬だ」
テーブルに積まれた札束。前回よりも多い。
「対象の無力化に対するものだ」
「無力化」
これは全部フローレンスの件に関わるものだ。
「まあ、私は私で上手く立ち回れたって話だ」
「なるほど」
何がなるほどなのかわからないまま頷く。
「現場に四人いただろ。記憶を抜かれた二人が辞めて残りの二人も担当を変えて欲しいと願い出たそうだ。一気に四人も抜けることになってその担当社員、出世頭だったんだがまた一からスタートになったんだ」
「はあ」
「ざまあないよな」
「はあ」
私は社員じゃないのでその気持ちはわからない。嬉しそうに喋ってるわけでもないから尚更だ。
「実はな、これ、狙い通りなんだよ」
「狙い通り?」
「前回の望月さんの報告を受けた後、件の社員にそれとなく、私に責任が回ってこない程度に、偽の結果を伝えたんだ。『魔女は弱ってる、横取りするな』みたいにな。まんまと引っかかったその社員は過少な戦力を山に向かわせて、この結果だ。⋯⋯流石にここまで上手くいくとは思ってなかったが、それもこれも望月さんのおかげだ。礼を言っておく」
悪どい人だな。
「気に食わない奴だったんだよ。ちなみに残った二人は私が受け持つことになったから、もかしたらその二人と合同で仕事をすることもあるが大丈夫か?」
「え? ああ、内容によるね。戦闘に関しては私がいても邪魔にしかならないでしょ」
「わかってるさ。私は自分が受け持つ人間には優しいからな」
怖いな。私にはついて行けそうにない。対人間のいざこざなんて他所でやって欲しいんだけど。
「結局さ、魔女にはもう手出しはしないって認識でいいんだよね。それだけ知りたいんだけど」
「あ? まあ何事にも例外はあるってことだな。記憶の魔女は味方、殺す必要なし。そう説得しといたよ」
「⋯⋯名取さんが?」
「ああ。上手く立ち回れたって言っただろ?」
「なら文句はないけどね」
「ただ条件付きだ。たまにでいいから魔女の手を借りたい」
「そのくらいならよさそうだけど」
「意外と軽い感じか?」
「多分ね。知らないけど。でもいいんじゃない?」
「てきとうだな。そんなんじゃウチでやってけないぞ?」
お前が言うなよ。
「私とあの人がセットなら、楽しくなりそうでいいと思うよ」
「何の見通しもできてない台詞だな」
「それが私だからね」
「ああ。何となく、あんたって人間がわかってきたよ」
名取と目が合う。わかられても嫌な気分にしかならないけど、それでも目を逸らさずにいられた。
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