第8話 記憶の魔女

「なるほどな。ふむふむ、そういう事か」


 わかってるのかわかってないのか、名取に魔女との一件を話すとそんな反応をした。

 時刻は夜、場所は名取と最初に出会い話した喫煙所。相変わらずここに人が来る気配はない。夜中だからというのもあるけど、田舎町の小さい駅の前にある喫煙所なんかには、そもそも人は立ち寄らない。街としては殆ど無用な設備。それでも私達の役には立っていた。


「じゃあ、これ」

「どうも。⋯⋯貰っておいて何だけど、ホントに貰ってもいいんだよね?」


 この前と同じように札束のまま渡される。これを予期して持参した紙袋に入れた。

 非課税五十万円。しかも殺したわけでもなくただ会話したのみでこの報酬。流石に労力に見合ってない。こんなにボロくていいものなんだろうか。


「生き延びて金貰えたんだから何も考えないで喜んでおけよ」


 名取は口にタバコを咥えスマホをいじりながらそう言う。


「『魔女』はチョロいと思ってたんだが、記憶を奪ってたとはな。これを上に報告するかどうか⋯⋯」

「え?」

「いやこっちの話だ。それより望月さん、流石にもう魔女の所にはいく気はないよな」

「行きたいと思ってるけど」

「は、本気で?」


 そんなに驚く事だろうか。


「あーいや、それならいい。金は出すからまた行ってくれ。⋯⋯いや、やっぱり理由は聞いておこう。なぜ行きたがる? 死ぬかもしれないんだぞ」

「うーん。話してみてわかったんだけど、多分殺されるって事はないと思うんだよね。一番は好みだったからだけど」

「そんなちょっと話してわかるもんじゃないだろ」

「そうかな? まあでも今は好奇心の方が強いから」

「好奇心⋯⋯」



 指は動かさずスマホの画面を見たまま固まる名取。少しして横のボタンを押しポケットにしまった。


「あんまり感情移入しない方がいい。最終的には殺すんだからな」

「あの人は殺す必要ないよ」


 言うと名取の目が鋭くなる。私は気にせず身体ごと目を逸らした。


「何も知らんくせにきっぱり言うなあ。国が推奨してるんだよ、ばけもんは皆殺しだってな。⋯⋯ただ、その結果私らが死ぬのもバカ臭いからな、死なす奴だけ死なせて金は貰うだけ貰う。望月さんも上手く立ち回る事を覚えた方がいい」

「上手く、ね」

「そう。あんたが死んだら私の評価が下がるからな」

「結局自分のためじゃない」

「そりゃそうだろ。この世界、他人のために動いた奴から死んでいくからな」

「ふうん」

「後、楽観的な奴もすぐ死ぬ」

「うん」

「頭がイカれた奴も大抵生きて帰ってこない」

「⋯⋯」

「惚れっぽい奴もだ」


 死ぬ死ぬうるさいな。


「なんか、世話焼こうとしてない?」

「今死なれたら困るんだよ。まだ元が取れてないからな。それでもってあんた、まだどのタイプの人間かわからない。頭が悪いのか、危機管理能力が欠けてるのか、無敵の人なのか。分類がわからないと当てていい仕事がわからないし、当てる仕事をミスると人間は結構あっさり死ぬんだよ。で、死なせてしまった私ら社員にはペナルティがあるわけだ」

「それを避けたいわけね」

「そうだ。でも社員同士での蹴落とし合いがしょっちゅうある。ペナルティを押し付けたい社員の担当する人間を罠に嵌める奴らがいるんだ。⋯⋯望月さんがばけもんに感情移入して利敵行為をしてる所を見られでもしたら、あんた、人間に殺される事になるんだよ」

「そんな事⋯⋯」


 睨まれる。

 あるわけない、とは続けられなかった。


「見た所、魔女は望月さん向きの仕事だとは思う。ただ、助けようとは思うな」

「わかったよ」


 人が人を殺す? 普通に考えてそれは犯罪だ。それがまかり通る世界に私は来てしまったらしい。

 視界が歪んでいくようだ。意識だけが抜け出てこの空間を俯瞰しているような感覚。


「私はもう行く、用事ができた。追って連絡するよ」


 名取が喫煙所から出ていった。

 

「へへっ」


 久しぶりに人に威圧され、妙な笑いが出る。これは私の場違い感に対する自嘲だ。働いていた頃にも同じ感情を持ったのを思い出してしまい、気分が落ち込む。その感情を味わわない為に社会人を辞めたというのに。

 切り替えよう。私は私のやりたいようにする。世間からもどこからも外れていようと、それは曲げない。——ああそうだ。だからこそあの魔女に惹かれたんだ。独りで生きているあの寂しい人に。

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