第5話 記憶の魔女

「話は変わるんだけどさ、これ何だと思う?」


 私は一度腰を上げ、物置テーブルに投げてあった封筒を取り夏帆ちゃんに差し出す。

 私に対して四角机の横面に座る夏帆ちゃんは興味深そうに表面と裏面を見る。


「何も書いてないですね。中見てもいいですか?」

「いいよ」


 中に入った一枚の紙を見て言う。


「いたずら⋯⋯?」


 バイト募集。一回五十万。駅で待つ。大きい文字でその三文が印字されている。


「迷惑メールみたいですね」

「そうなんだけどね、次はこっち見て」


 同じ見た目の封筒を渡す。中身を見た夏帆ちゃんは目を見開いた。


「これって⋯⋯」

「うん。怖いよね」


『猿夢を殺した報酬も支払います』紙にはそう書かれていた。


「一応聞いておきますけど、望月さんが用意したわけじゃないですよね」

「してない。もちろん夏帆ちゃんもだよね。ならこれは事情を知ってる第三者って事になる。⋯⋯私、これに一回会ってみようと思うんだよね」

「え、危険じゃないですか?」


 伺う視線が刺さる。感じていた恐怖が増すのを自覚するけど、それ以上に好奇心があった。


「これがうちに届いてる以上、居場所は割れてるわけだし、会うも会わないも危険性は一緒だよ。だったらこっちから行動したい」

「それはそうですけど」

「夏帆ちゃんも当事者だから一応言っておこうと思ったの」


 本当にただのいたずらかもしれないけどね、と付けて戯ける。

 夏帆ちゃんの表情は暗い。暗くしてしまった。言うべきじゃなかった。言うにしても会って事情を明らかにしてからだったな。


「ま、言っても私大人だからね、ちゃんとものは考えられるよ。とりあえず今日の所はゲームでもしよっか」


 気分転換には一番いい。





 二人で夜まで楽しんだ後、車で夏帆ちゃんの自宅まで送り届けた。

 その帰り駅に寄る事にした。夏帆ちゃんに見せてない手紙が一通あり、そこには待ち合わせの日時が書いてある。その指示通りの時間が丁度今だ。

 もし私が行かなかったらその都度アパートのポストに手紙を入れて行くつもりなんだろうか。そんな非効率さの理由を頭の体操がてら考えながら運転する。

 最寄りの駐車場に車を止め駅まで歩く。

 夜ともなると寒い季節。待たなきゃいけないなら屋内で待ちたい。その思いは杞憂に終わった。

 ただ一人、ぽつんと立っている人がいる。私はつい足を止めてしまった。

 近づいていいものか。立ち去るなら気づかれてない今が最後か。迷いを払うように息を吐き足を前に出す。

 近づくと、意外にも女性である事がわかった。同じくして相手も私を見る。

 目を見据え、さり気なく手紙を取り出す。


「わかってる。望月さんだな」

「⋯⋯そういうあなたは?」

「株式会社ホリデーランドリーの名取だ」


 名刺を渡されたので見る。

 

「株式会社サンデーランドリーの名取って書いてるけど」

「ん? じゃあそれが正しい」


 胡散臭い。


「一つ聞きたいんだが、本当にお前があの猿夢を殺したのか?」

「そうだけど」

「おー」


 つり眉を上げて素直に驚いている。


「じゃあ報酬だな」


 名取はコートの裏に手を入れて何かを取り出す。

 何かとは札束だった。


「はい」


 何でもないようにそれを差し出される。


「いや⋯⋯」


 言葉が続かない。何の因果があって私がこれを貰えるのか、何故猿夢を殺したとわかっているのか。少なくともそれを説明してもらわないと受け取れない。

 あからさまな釣り針にしか見えなかった。


「あ? あーあーそうか。もしかして一般人か?」

「⋯⋯それはそうでしょ」

「偶然出会って偶然殺せたパターンか⋯⋯。よし、ちょっと来てくれ。そこで話をしよう」


 指を差した先には喫煙所。ガラス張りではあるけど外から内側が見えないデザインだ。


「⋯⋯」

「嫌ならこれっきりだ。この金も私が貰っておく」

「行くよ」


 説明してもらわなきゃ来た意味がない。

 私は素直に後をついていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る