第3話 記憶の魔女

 夢を見た週の土曜日。夏帆ちゃんを自宅へ招待した。どうやら話があるらしい。私としても話がなくても夏帆ちゃんとは話たいので渡りに船だった。


「お邪魔します」

「上がって」


 見た目私より小さい靴を脱ぎ、黒の靴下に包まれた細い足がフローリングに着地する。新しめのフローリングは音を立てて喜んでいた。

 リビングに案内して自由に座ってもらう。夏帆ちゃんは落ち着かない様子だ。絨毯が敷かれ、食卓があって、段ボールが積んであり、物置テーブルがあるだけの部屋。


「あんまり物がないんですね」

「そうだね。ちょっと持て余してるかな。普段はこっちの部屋でゲームばっかりしてるから」


 閉めていたふすまを開ける。

 あまり見せたくなくて普段開けているふすまを閉めてたけど、やっぱり開けておこう。


「あれ、もしかして配信機材ですか?」

「よく分かったね。私、仕事を辞めた後ゲーム配信をして生活してるんだよね」

「へえ、すごい。チャンネル名とか教えてくださいよ」

「いいよ」


 恥ずかしさはあったけど、夏帆ちゃんになら見せられる。快く教えるとさっそくスマホで検索していた。


「あ、凄い。ちゃんと凄いじゃないですか。どの動画も一万再生を超えてますよ」

「あはは、そうかな」


 珍しく目がキラキラしてる。ストレートな賞賛は、正直嬉しさがありつつも照れが上回ってしまう。


「まあ、産まれた時からゲームはやってたから向いてたみたい」

「いいなあ」


 夢見る子供のような反応だ。


「こっちの部屋で話する?」

「あ、そうでしたね。その為に来たんです。⋯⋯でもこの部屋足の踏み場もないですよ」


 中央に鎮座する布団、壁際にテレビ。後は布団から手が届く範囲にゲーム機、PC、照明とエアコンのリモコン。残りのスペースには乱雑に放置された段ボールと絡まりあった配線。確かに他人からしたら踏み入る余地はない。


「布団に座っていいよ」

「いやいいです。こっちで話しましょう」

「うん」

「まあ見てくださいよ、これ」


 どこか得意げにポケットから百円玉を取り出す夏帆ちゃん。何をするつもりだろう。


「裏表を当てます。見ててください」

「うん」


 人差し指と親指の上に百円玉が乗せられる。ピン、と弾く音が鳴った。


「いたっ」

「あ、ごめんなさい」



 百円玉は横に飛び私の額に命中。これが狙いなの?


「もう一回やります」


 手首を微調整、乗せた百円玉の角度調整、色々と試行錯誤する姿はまさに不器用な子そのもの。コイントスなんてそんな緻密にやるもんじゃないよ。


「あー私がやろうか?」


 弾いた百円玉が照明とかに当たるのは流石にまずい。


「ん、はい。お願いします」


 少し不服そうにしながらも素直に渡してくれた。


「じゃあ行くよ」


 真上に弾いた百円を手の平で受けて隠す。


「裏です」


 開くと裏だった。


「これだけだとただ二択を当てただけですよね。なのでもう一回上げてください。今度は私、目を閉じたまま当てますから」

「いいけど」


 いまいち狙いがわからないまま言われた通りにコイントス。夏帆ちゃんは目を閉じている。


「掴んだよ?」

「はい。じゃあそれをこっそり見てください」


 手を開き、表だった事を確認してまた閉じる。


「見た」

「じゃあ当てます。裏です」

「裏でいいの?」

「はい。開いてください」

「え、あれ?」


 百円玉は裏になっている。確かに表だったはずだ。


「その反応だと本当は表でしたか?」

「うん。そう見えたんだけど、見間違ったかな」

「いえ、見間違ってないと思います」

「じゃあどうやって?」

「ふっ。これはね、猿夢の力なんですよ」


 少しだけ鳥肌が立った。胸を張る夏帆ちゃんの可愛らしさに対してじゃなく、非日常が現実を侵食し始めている事に対して。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る