第16話 何事も思わぬ方向に進む、人生とはそう言うもの

「次、シャベルか。今日は薬師ギルドか?」

マルセリオの街の街門では、今日も門兵が街の出入りを厳しく監視している。

シャベルは街の外に住んでいる為何をするにしても街門を通過しなければならず、しらず門兵とは顔見知りとなっていた。


「おはようございます。こちら冒険者ギルドのギルドカードになります。

それと今日は冒険者ギルドですね、買取と資料室に勉強に。

森で暮らしてみて自分がいかに無知なのかがよく分かりました。今は街の仕事もあまり回って来ないので当分はこんな感じですかね。

お勤めご苦労様でございます」


シャベルは門兵と軽く会話を交わすとそのまま街の中へと入って行く。門兵はそんなシャベルの後ろ姿に憐憫れんびんの目を向ける。


「先輩、どうなさったんですか?あぁ、シャベルですか。あいつも不憫ですよね。

確かテイマーでも最下層魔物しかテイム出来ない<魔物の友>ってスキルを授かってるらしいじゃないですか。それでも何とか工夫して街の汚れ仕事を積極的に請け負って生計を立てていたって言うのに、今度はそれが原因で街に住めなくなるって。

俺、何度かシャベルの入街を担当しましたけど、臭いなんて感じた事なんかなかったですよ?

いつだかあまりに臭いがしないんで不思議に思って聞いてみたら“スライムが汚れと臭いを吸い取ってくれるんですよ”って教えてくれました。

最下層魔物しかテイム出来ないって言っても逆にテイム魔物を研究して便利に利用している。俺、正直凄いと思いました。

他のテイマーって言ってもそんなに知ってる訳じゃないんですけど、普通テイマーってテイム魔物を次々と強いものに変えていくじゃないですか?だから自身がテイムした魔物の事って実はそこまで詳しくないんじゃないかって思うんですよ。

その点シャベルは与えられた条件の中で工夫して必死に暮らしている。

それを妬みだか偏見だか知らないけど街の外に追いやって。

でもあいつそんな目に合っていても文句一つ言わずに笑ってるんですよ、それも卑屈な顔じゃなく普通に。俺、敵わないですよ」


後輩にあたるだろう門兵は、先輩門兵に語る。理不尽であり不条理である現実、それを受け止め尚も前向きに生きる青年、そして何もできない自分。

そんな心の葛藤を抱える後輩に、“こいつはいい門兵になるな”と温かな目を向ける先輩門兵。


「俺たちに出来ることなど何もない。ただ偏見を持たず規則に乗っ取り公正に対応する。おそらくシャベルはそれだけでも感謝すると思うぞ?

あいつはそういう男だからな。

ほら、次の者が来た、俺たちも使命を果たすぞ。

身分と目的を告げよ」


マルセリオの街の街門では、今日も職務に忠実な門兵が、己の役割を果たさんと訪れる旅人を誰何するのであった。


――――――――――――


「こんにちは、買取をお願いします」

ここは冒険者ギルド解体受付所、最近シャベルが頻繁に訪れる場所である。


「おう、シャベルか、待っていたよ。この時期魔物を持ち込む奴なんか他にいないからな、うちの連中も雑用に回されてたんだがお前のお陰で久々に解体が出来るって言って大喜びさ。まぁそうは言っても数が数だから肩慣らしにもならないけどな。肉屋の奴がこのホーンラビットはどうやって手に入れたって騒いで大変だったよ。

そりゃそうだよな、傷らしい傷もない完璧なホーンラビットなんか俺でもお目に掛った事なんかなかったんだから。

まぁそこは冒険者の守秘義務って言って突っぱねたけどな、手の内を晒す冒険者は長生き出来ないってな。シャベルもむやみやたらに手の内を晒すんじゃないぞ、ギルド職員の俺がこんなことを言うのもなんだが冒険者って奴はろくなもんじゃないからな?

ここスコッピー男爵領はそれでもましな方だが他所は酷いぞ?

でも街中でろくに買い物も出来なくなっちまったお前にとってはどっちもどっちなんだろうけどな。

それで今日もホーンラビットか?」


解体所受付職員の男性はそう言うとシャベルの担ぐ麻袋に目をやる。


「はい、八体になります。それと角はまた切り取ってありますんで付いてません」

そう言うと麻袋ごと解体所職員に渡すシャベル。


「あぁ、別に構わないぞ。重要なのは肉だからな、下手に角が付いてても麻袋が破れるだけだしな。うん、今回も状態がいいな、一体銀貨一枚と銅貨四十枚、全部で銀貨十一枚と銅貨二十枚だな。それとゴブリンの討伐部位が二つで銅貨六枚、ゴブリンは冬でも元気だな」


「それがどうもゴブリンはホーンラビットの巣を探してる様でして、冬眠中の比較的大人しいホーンラビットを襲ってるみたいなんですよ。それでも返り討ちに遭う個体がいるみたいで、何度かホーンラビットの巣の前でゴブリンの死骸を見つけました。

冬場は冬場なりに生存競争をしてるんですね」


シャベルは解体所職員から渡された買取確認書とゴブリンの討伐確認書にサインをしながら、そう答えるのであった。


冒険者ギルド資料室に向かったシャベルは今日もいくつかの書籍を借り目を通す。気になる記述があれば資料室受付で貸し出しているペンを借り紙に書き記していく。

シャベルは自身が物覚えが悪いと言う事を自覚しており、小屋に帰ってからも見直すことで知識として身に付けようと必死であった。

冒険者ギルドの資料室には書籍資料ばかりでなくスコッピー男爵領内の魔物の分布や

ミゲール王国の地図、地域の特徴と言った地理情報なども資料として置いてあった。

それはこれまで生き残る事に必死でマルセリオの街の事すら知らなかったシャベルにとっては新鮮で興味の尽きない情報であった。


冬に入りシャベルの日常は大変忙しいものとなっていた。

週の内三日はローポーション作製と納品、二日はホーンラビット狩りと生活魔法の訓練、残り一日が冒険者ギルドへの納品と勉強。

冬場の食糧確保の為のホーンラビット狩りであったのなら、そんなに多くの回数を必要とはしなかった。一回の狩りで八体から多ければ十体は手に入れる事が出来るのだ、いくらシャベルが食べ盛りの若者であるとはいえそれほど多くのホーンラビットを必要とはしていない。

だが彼らは狩りの喜びを知ってしまった。

そう、ビッグワームたちが趣味(ホーンラビットの巣穴探し)と実益(内臓・骨)を兼ねてシャベルにホーンラビット狩りを催促するようになったのである。


困ったのはシャベルである。普段世話になっているビッグワームたちが喜ぶのなら共に狩りに行くこと自体に嫌はない。問題は大量のホーンラビット、これほどの量をどう処分するのか。別にスライムやビッグワームたちに与えても良いが、冒険者としてそれもどうかと言う気持ちもあった。

悩んだ末、二日間の内の半分の獲物を納品することにしたのである。


一般的なテイマーにとってテイム魔物とは道具である。多くの討伐依頼を熟す為の武器である。その為より強い優秀な魔物を手に入れたい、使役したいと考えている。

一方その飼育に関しては雑な者が多く、せっかく手に入れた強力な魔物を十全に使いこなせていない者が多いのも事実であった。

そして討伐した獲物の新鮮な内臓を分け与える者などはごく少数であり、相手が低級と呼ばれる部類の魔物であればまずありえない待遇であった。

シャベルと行く森の散歩、仲間と競争するホーンラビットの巣探し、分け与えられる魔物肉。従魔たちの狩りへの情熱は、与えられるホーンラビットの新鮮な内臓の味と共に次第に高まって行くのであった。


――――――――――――


「班長、バルザン精肉店にホーンラビット肉の納品に行って来ました。またもう少し多めに納品出来ないかって催促されちゃいましたよ。

でもいくら言われても冬場の冬眠中のホーンラビットを討伐できる奴なんてシャベルくらいじゃないですか、一人であれだけの量を納品してくれるだけでも感謝したいくらいなのに、これ以上量を増やせって、無理なものは無理ですよね」


あきれた表情で話をする解体所職員。そんな彼の声に班長と呼ばれた者は同意の頷きを返す。


「冬場にホーンラビット狩りが行われないのにはいくつが理由があるが、一番の理由は大変だってところなんだ。連中は他の季節は魔の森のどこにでもいるが、冬の冬眠期は巣穴に潜って出て来やしない。

そんな連中を討伐するには何もない魔の森の中で只管巣穴を探さないといけない。

そして漸く巣穴を見つけたとしても、巣穴を掘って行って冬眠しているホーンラビットを捕まえるのは一苦労、さらに言えばこの巣穴の出入り口と言うのが複数あってな、少しでも気が付かれれば一斉に逃げだされてしまう。

頑張って穴を掘って行っても全てが徒労に終わった時の虚しさと来たら。

結構いるんだよ、冬場のホーンラビット狩りに挑戦して挫折する奴。冬場にスコップを担いで森に入る連中は大概温かい目で見られるって訳さ。

まぁ何羽か取ってくる奴がいるにはいるんだがな、みんな割に合わないって言ってやめちまうんだよ。

それを定期的にあんなにいい状態で狩ってくる、どんな方法をで狩るのかは分からないが、大したものだと思うぞ。

これが他の冒険者にばれたらやっかみが余計酷くなるのは明らかだからな、お前らも聞かれたからって他所で話すんじゃないぞ、これは冒険者ギルドの信用問題になるんだからな」


「「「分かりました、班長」」」

自分たちは何もする事が出来ない。ならばこそ懸命に生きる者の平穏を害してはならない。

冒険者ギルド解体職員たちは、己の職責を改めて胸に刻み付けるのであった。


―――――――――――


「ほう、今日のスープはホーンラビットの干し肉ではないのだな」

「はい、出入りのバルザン精肉店より新鮮なホーンラビット肉が手に入ったとの連絡がありまして、ご用意させて頂きました」


スコッピー男爵家の夕餉の食卓には様々な料理が並ぶ。無論そこには肉料理も並ぶのだが、冬場の時期に新鮮な肉料理が並ぶ事は稀であった。

これは何もスコッピー男爵家だけの問題ではなく、一般の下級貴族と呼ばれる者の家では当然のメニューであった。


「まぁ、魔の森では冬眠期が終わったのね。それならこれからは新鮮なホーンラビット肉の料理が食べられると言う事なのかしら?漸く干し肉の生活から解放されるのね」


スコッピー男爵夫人は久々の新鮮な肉料理に舌鼓を打ちつつ喜びに頬を緩ませる。


「いえ、奥様、そうではございません。これらのホーンラビットの肉は冬眠中の巣穴に籠っているものを捕らえたものかと」


「冬眠しているホーンラビットを?そんな事が出来るのならなぜそうしないのでしょう、冒険者という人種は本当に使えない。魔物を狩る事が冒険者の仕事でしょうに」


男爵夫人は不満をぶつけるように頬を膨らませる。しかし執事長のゴルドバは優しく諭すようにその言葉を否定する。


「奥様に申し上げます。冬場の魔物狩りが行われない理由でございますが、危険と言うよりも困難であることが原因と思われます。

冬場の冬眠期の魔物は、通常地面に巣穴を掘り潜り込んでおります。先ずその巣穴の出入り口を見つけることが困難と言われています。

次に地面を掘り進めて獲物に辿り着くまでが重労働であると言う点、魔物の巣穴はモノによっては数百メートにも及ぶ長大な物であることも珍しくありません。

最後にその巣穴が複雑で出入口が複数存在する事、折角掘り進めても敵の侵入を察知した魔物に逃げられてしまってはどうにもなりません」


そう言い空いた食器を下げるゴルドバに不満気な目を向ける男爵夫人。


「そうですね、巣の探索を行う者、穴を掘る者、周囲で見張る者、六~七人を一パーティーとして二パーティーで一組とすれば探索は可能かと。それでも一日で見つかる巣穴の数は一つから二つ、討伐の事までを考えると十体も狩れれば上出来かと。

銀級冒険者位の手練れであれば確実でしょうが、銅級では難しいかと思われます。

状態にもよりますがこの時期であればホーンラビット一体で銀貨一枚から銀貨一枚銅貨二十枚と言った所でしょうか。

しかもこれは上手く行けばと言う話で不発の日もある。労働のわりに実入りが少ない、割に合わないのですよ。

これがホーンラビット一体銀貨三枚とでもすれば話は変わりますが、そこまでの金額を出す者がいますでしょうか?冒険者ギルドに依頼を出すのでしたらそこに依頼料が加わりますから一体当たり銀貨五枚と見ておいた方が良いかと。

どうしても新鮮なホーンラビットを食したい場合はそれでもいいかもしれません。

これは王都の高位貴族の方々が良く使う手法ですので」


執事長ゴルドバの言葉に眉根を寄せるスコッピー男爵夫人。確かに冬場の干し肉料理には飽き飽きしていたものの、そこまでの金額を出してまで食べたいかと聞かれれば考えてしまう。たかがホーンラビットされどホーンラビット、これが高位魔物の高級肉ともなれば別だが、ホーンラビットがその辺にいる低俗な魔物である事には違いないのだ。


「まぁいい、バルザック精肉店には今後も新鮮なホーンラビット肉が手に入った際には持って来るように伝えておけ。精々冬場の大地を掘り起こす勤勉な冒険者が、より多くの獲物を納品する事を祈ろうではないか」


相手はおそらく銀級冒険者、どんなスキルがあるのかは分からないが巣籠をしているホーンラビットを捕まえる事が出来るのであろう。ここで下手にその冒険者にちょっかいを出し他領にでも行かれては元も子もない。

スコッピー男爵は夫人を視線で制すると、この話は終わりとばかりに食事を再開するのであった。

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