第15話 困難、それは成長の父

“ガサガサガサガサ”

“““ズルズルズルズル”””


木々から葉が落ち、生き物の気配の消えたもの寂しい森の中、一人の青年と三体の巨大ビッグワームが何かを探し彷徨い歩く。


“ピクピク、クイクイ”

そのうちの一体が何かに気が付いたのか身体を起こし、青年に合図を送る。

青年と他のビッグワームたちはその一体に従い、後を追い掛ける。


「うん、よく気が付いたね。流石さすが土、ありがとう」

青年はそう言うと案内をしたビッグワームをねぎらい頭を撫でる。


「それじゃ皆で他の出入り口を探してくれる?俺はここで泥粘土の準備をするから」

青年の言葉に散会し何かを探し始める巨大ビッグワームたち。

青年は手に持った桶を下に置き、広がる落ち葉を払って地面を剝き出しにすると、スコップを手にそこを掘り返し始める。

スコップを地面に刺し掘り返しと言った単純作業を繰り返す中、青年は何でこんな事になってしまったのかと、過去を振り返るかのように思いを巡らせるのであった。


「えっ、キンベルさんは王都に行っていて一月半は戻らないんですか?」

冒険者ギルド解体所受付、そこは冒険者ギルド建物脇に設置された冒険者が獲物を持ち込み査定を行う場所である。冒険者が採取した薬草類の査定は建物二階のギルド受付で行っている為、多くの冒険者は魔物の持ち込み以外でこの場所を利用することはない。

冬の時期は魔物の発生自体が少なく、その為この場所は閑散としていた。シャベルは冒険者ギルドに買い置きを頼んでいる物資の引き渡しや依頼の受注を冒険者ギルドの臨時受付窓口で行っているが、その際キンベルに声を掛けてもらっているのが、ここ解体受付の職員なのである。


「あぁ、何でもギルド長のお供らしくてな。前に冒険者ギルドと飲み屋街のゴタゴタを切っ掛けにして前副ギルド長の不正の数々が発覚したことがあっただろう?その事について王都の冒険者ギルド本部に報告と説明に向かう事になってな。

なんかシャベルに謝っておいてくれって言われたよ」


キンベルの不在、それは冒険者ギルドの受付業務が行ってもらえないどころか、シャベルの生命線である物資の買い出しが行ってもらえないことを意味していた。

実のところシャベルの必要とする食料や生活物資の買い出しを行ってくれていたのはキンベル本人であり、シャベルの生活は冒険者ギルドの業務と言うよりキンベルの善意により支えられていたのである。


幸い塩や調味料と言ったものはすぐに困る事はない量の備蓄があったが、日々消費される食糧はそうはいかない。

ここスコッピー男爵領はミゲール王国でも南部に位置しており比較的温暖である為、この時期は冬野菜と呼ばれる根菜類などが流通し、人々が冬の食糧難に苦しむと言う事はまずない。食肉類は冬に入る前に加工された干し肉を買い、根菜と煮込んで食べる事がスコッピー男爵領での冬場の食卓の光景であった。


「それで買取は出来るんだが支払い精算はキンベルさんが帰って来てからとなっちまうんだよ、悪いな。今日はゴブリンの討伐部位三体分か。シャベルは本当に魔の森に住んでるんだな。

この時期にゴブリン三体って、魔の森に薬草採取に入ってる人間でも中々ないぞ?それじゃ三体の討伐確認で銅貨九枚な、討伐依頼を受けてる訳じゃないから常時依頼の金額となる、その辺は勘弁してくれよ」


そう言い討伐確認書にサインを求める解体所受付職員。シャベルは職員に礼を言いその場を後にする。


「今日は資料室に行くつもりだったけどそうもいかなくなったな。まずは食べれる野草からかな」

シャベルは今後の方針を決めると、その足でその手の資料が豊富にありそうな薬師ギルドに向かうのであった。


「しかし日向草が食べれるとはね。根っこは胃薬や利尿薬の原材料にもなるのか、意外に太いからびっくりしたよ、まさかスコップで地面を掘らないと採取出来ないとは思わなかった。採取スキルがあってよかったよ」

シャベルは採取スキルによって地面からズルズルと抜け出た日向草の根の長さに驚た時の事を思い出し、顔を引き攣らせる。


「偽癒し草は塩水でサッと茹でる、煮込む場合は最後に入れる、なるほどね。でも薬師ギルドに「野草の美味しい食べ方」って本があるだなんて思わなかった。

以前ジルバさんが言っていた“知識は身を助ける”って言葉は本当だよな、これからもギルド資料室には時間を作って通わないと」

シャベルは自身が無知であることを自覚していた。生きる為には知識が必要である、シャベルはキンベルと言う命綱を失った事で、改めてその事実に気付かされるのであった。


「うん、中々おいしい。偽癒し草は一年を通じて生えてる野草だし、魔の森の近くにはたくさん生えてる。冒険者も偽癒し草には見向きもしない、これはいい事を知ったぞ」

新鮮な葉物の確保が出来たことに、思わず笑みを浮かべるシャベル。

そうしてシャベルが茹で上がった偽癒し草の試食をしているときの事であった。


「!?」

なぜかやたらに旨味を感じるものが混じっていたのである。口内に含んだ偽癒し草を噛めば噛むほど広がる旨味、それは身体に吸収され淡く全身に広がっていくような感覚。

これは一体どういうことか?確かに鍋に入れたのは偽癒し草であったはず、その後残りの偽癒し草を食べても先ほどの様な広がる旨味を感じる事はなかった。


「もしかして・・・」

シャベルは偽癒し草とは別に採取してあったある薬草に目をやる。それは見た目が偽癒し草にそっくりで葉の裏の茎の部分に赤い線の入った癒し草。

シャベルはその内の一束を手に取り、窯に掛けられた鍋の中に入れサッと湯がく。


「旨い!」

シャベルは驚きに目を見開きながら思う、なぜ彼の従魔であるビッグワームやスライムたちがああも癒し草を欲するのか、光に至っては調薬に失敗した癒し草や調薬の滓まで求める始末。

その理由が漸く理解出来た。美味しいのだ、癒し草は美味しいのだ。

シャベルはこれまで癒し草を食べた事がなかった。ポーションすら飲んだことはなかったし、ローポーションはそこまで美味しいものでもなかった。

だから知らなかったのだ、癒し草の塩茹でが美味しいと言う事を。

幸い魔の森脇の癒し草の採取場には大きく葉を伸ばした癒し草が沢山自生している。そこはシャベルが溝浚いの際に出たビックワームの糞を撒いた場所であり、植物の生育に適した環境になっている場所でもあった。


シャベルの冬場の野菜問題は、癒し草を食べると言う思わぬ形で解決を見る事となった。他にも日向草や偽癒し草もある。葉物野菜の代わりは盤石であった。


そうなると次は食肉の問題となる。

シャベルは自身が魔物を容易くほふる事が出来る程の強者であるとは思っていない。彼が住み暮らすこの場所は魔の森ではあるが、ゴブリンの集団やホーンラビットの群れにでも見つかれば自身などあっと言う間に儚くなることは確実である。

だが今の季節は冬、魔の森の生き物は巣穴で冬眠に入り、偶に冬眠に失敗した魔物が少数うろつく程度。

魔物のいなくなった森は獲物を求める冒険者もおらず、葉を失った枯れ木が物寂し気に佇むのみ。

であるのなら・・・。


「“大いなる神よ、我にたらい一杯の潤いを与えたまえ、ウォーター”」

シャベルはスコップで掘り返した土に向かい生活魔法<ウォーター>を唱え、良く練り込んで泥粘土を作っていく。

以前冒険者ギルドの講習会でドット教官に教わった生活魔法<ブロック>を使ったレンガ作りの話、この方法は冒険者ギルドで写本した「生活魔法の応用」と言う本にも記載されていた。その中で丈夫な魔法レンガを作るコツとして、生活魔法<ウォーター>で水を作り出す際に魔力を多めに込める事を意識することでより丈夫なレンガを作る事が出来ると言う事が書かれていた。

シャベルはこの文章で、生活魔法では魔力を込める量を調節する事が出来ると言う事を知った。


「今回の相手は森の悪魔ホーンラビット、少しの油断も出来ないし、いつもより丈夫な粘土を作らないとね」

シャベルは土と魔力を多く込めた水、魔力水をよく混ぜ込みいい具合の粘土を作っていく。


この魔力を多めに込めた生活魔法<ウォーター>の手法は、思わぬところでシャベルを助ける事となる。シャベルに対し<ウォーター>を催促するスライムの群体“天多”がこれまでの半分の量の<ウォーター>で満足するようになったのである。

これまで天多の為に荷車に樽を載せ魔の森を徘徊していたシャベルにとって、この労力が半減した事は僥倖であると言えた。そしてそれにより出来た時間で生活魔法<ウォーター>の研鑽に励む事が出来るようになったのである。

“いずれは樽一杯分で満足させて見せる!”

自身の時間捻出の為、さらなる研鑽を誓うシャベルなのであった。


“““クネクネクネクネ”””

シャベルが泥粘土を作っている中、巣穴の捜索に行っていた巨大ビッグワームの土・風・水が戻って来た。

今回シャベルが狙っている獲物はホーンラビットである。ホーンラビットと言う魔物は巣を作る際に複数の出入り口を作る。これは睡眠中を狙う他の魔物に対する対策であると言われ、森の中で巣穴を見つけたからと言ってホーンラビットを捕まえる事が出来ないと言われる原因の一つとなっている。

頑張って巣穴を掘り進めていても、他の出口から一斉に逃げ去ってしまうからである。ホーンラビットは森の悪魔と呼ばれるほどの突進力を持ち、その俊足で逃げだされてしまえば容易に捕まえる事など出来ないのだ。

シャベルは考えた、それならば一つの出口を残し他を塞いでしまえばいいのではないかと。


「みんな、案内よろしくね」

桶に粘土を詰めるとビッグワームたちに案内され巣穴の出入り口に向かうシャベル。

シャベルは出入り口の中でも一番高い位置にある穴を残し、他の全ての穴を泥粘土で塞ぎ生活魔法<ブロック>を掛けていくのであった。


「“大いなる神よ、我に盥一杯の潤いを与えたまえ、ウォーター”」

“ザバ~~ッ”

繰り返す<ウォーター>の詠唱、周囲から水気が失われ空気が乾燥する。


「“大いなる神よ、我に大地の力を示せ、ブロック”」

<ウォーター>の詠唱で水が出せなくなった段階で泥粘土で穴を塞ぐ。

後はしばらく放置、他の巣穴を探す為に移動する。


二時間ほど経った頃、ホーンラビットの巣穴に戻ったシャベルは巣穴出口の中でも一番低い場所の泥粘土をスコップで掘り返した。


“ザバ~~ッ”

巣穴から流れる大量の水、その勢いが治まるのを待ってから、シャベルは巣穴の中の水をイメージしながら生活魔法<ウォーター>の詠唱を唱えた。


「それじゃお願い出来る?」

“““ズルズルズルズル”””

開けた出入り口の穴からどんどん巣穴へと入っていく巨大ビッグワームたち、暫く後に出て来たのは。


「お~、上手くいってよかった、これでお肉の目途が立ったよ。これからもよろしくね」

巣穴の前に並べられた八羽の溺死したホーンラビット。

シャベルはこの冬の食糧確保の成功に、ほっと胸を撫で下ろすのであった。

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