底辺魔物と底辺テイマー

@aozora

第1話 授けの儀、それは人生最大のギャンブル

「おはようございます旦那様、奥様。本日はよろしくお願いします」


男爵子息シャベル・スコッピー、彼は現当主ドリル・スコッピーが街の娼婦との間に儲けた男児であった。ドリル男爵はその娼婦を気に入り愛人として囲い者にしていたが、彼が六歳の年に流行り病でその短い人生を閉じる事となる。

彼は愛人の子供ではあるが青い血を引く自身の子、王国法においてその身分は男爵子息として扱われる。

これは貴族の横暴を防ぐ意味合いから定められたルールであり、下手に孤児院などに預けては要らぬ醜聞のもとになりかねない。

シャベルは母と過ごした下町の家を離れ、遠くスコッピー男爵家の屋敷へと引き取られる事となった。


シャベルのスコッピー男爵家での生活は楽なものではなかった。屋敷を取り仕切るスコッピー夫人は彼を貴族家の一員とは決して認めようとはしなかった。

それは貴族としての矜持であり、市井の庶子と純貴族との明確な違いを示すものであった。

屋敷の主人の態度はその使用人たちにも伝わる。

彼は懸命にスコッピー家の一員になろうと剣術の稽古にも取り組み、礼儀作法や言葉使いも身に付けようと努力を重ねた。

だが才能と言うものは確かに存在するのだろう。正妻の子供である彼の兄たちが一日で身に付ける様な事も、彼にとっては難題として立ち塞がる。

“出来の悪い下民の子供”、屋敷での彼の立場は最低のものとして扱われ続けた。


「うむ、シャベルよ、本日がどのような日であるのかは理解しているな」


当主ドリル・スコッピー男爵は見下ろすような視線を向け、シャベルを値踏みする。彼にとってシャベルはかつての愛人が残した忘れ物であり、今や遠い昔の過去であった。この屋敷に置いているのも王国法があるからであり、十二歳の誕生日を迎えた事で行われる教会の授けの儀において何か有益な職業でも授かれば儲けもの、そうでなければ成人の儀式である旅立ちの儀をもって家を放逐するつもりであった。


「はい、本日は授けの儀、教会で女神様から職業を授かる大切な日です。

有益なスキルを授かりスコッピー家の一員となれることを願っております」


シャベルは日頃から最低限の世話しかされず、使用人の全てからも下に見られていることには気が付いていた。

だが彼は決してそのことで腐ることはなかった。彼は生前の母からよくよく言い聞かされていたのだ。この世の厳しさを、旅立ちの儀を迎えるまで生き残ることがどれほど困難であるのかと言う事を。

“生きているだけで儲けもの、生きてることがお陰様。”

母の言葉はシャベルの人生の指針となっていた。


「ふん、下賤とは言え己の立場を理解しているという点だけは評価に値します。せいぜい有効なスキルを授かり我が家に貢献しなさい」


スコッピー男爵夫人は使用人の様な態度をとるシャベルを見下しつつ、話は終わりとばかりに言葉を切るのであった。


“ガタガタガタガタ”


馬車に揺られ向かった先は男爵領にある教会であった。


「シャベル、行きますよ」


執事長のゴルドバに促され馬車を降りたシャベルは、初めての教会に目を見開くのであった。

聖堂奥に備えられた女神像は神聖な気配を漂わせ、ここがある種の聖域だと言う事を子供であるシャベルにも無言に分からせる威厳に満ちていた。


「ようこそおいでくださいました。本日授けの儀を執り行わせていただきます、司祭のベリル・ブルーノと申します」


司祭は礼節を弁えた者であった。シャベルは基本的に外部に晒される事のない部屋住みと言う立場ではあったが、司祭は彼の存在、彼の置かれた状況を知る数少ない外部の者であった。


「これより執り行います授けの儀は、謂わば女神様の慈悲。この魔物蔓延る人族にとって厳しい世において、人々が生きて行く為にお与え下さった救いでございます。

それが例えどの様なものであろうとも、あなた様を支える一助となる事でしょう」


司祭はそう語るとシャベルに女神像の前で膝を突き祈りを捧げるよう促した。


「“我らを見守る偉大なる女神様、本日あなた様の子が新たなる一歩を踏み出します。願わくば彼の人生に幸多からん事を”」


司祭の上げる祝詞と共に、シャベルの身体に淡い光が帯びる。


「これで授けの儀は終わりとなります。これより別室にて鑑定士による鑑定を行います。ではどうぞこちらへ」


司祭に促され膝を上げたシャベルは、特に何かが変わったと言う実感もなく、言われるがまま聖堂を後にするのだった。


「初めまして。私は本日鑑定を行わせていただきます、シスターエメリアと申します」


「初めまして。私は鑑定書の作成を担当致します、書士のケルビンと申します。本日はよろしくお願い致します」


案内された部屋に待っていたのは一組の男女、彼らがこれから行う鑑定の儀式を取り仕切る者達なのであろう。

シャベルが彼らの指示に従い席に着くと、テーブル席に向かい合わせに座るシスターエメリアが早速鑑定の儀式を始めるのであった。


「“大いなる神よ、我に慈悲をもって真実を教えたまえ、鑑定”」


シスターエメリアの唱える<鑑定>スキルの詠唱に応える様に、彼女が両手を添えた水晶球が淡い光を発する。すると彼女の隣に座る書士のケルビンが自身の前に置かれた石板の様なものに目をやり、物凄い速さで手前の用紙に何かを書き記し始めた。


「“大いなる神よ、その御技をもって真実を書き記したまえ、転写”」


ケルビンが自ら記した用紙に手をさらし何かの詠唱を唱える。すると彼の隣に置かれた白紙の本のページに文字が浮かび上がった。


「お疲れ様でした。こちらがシャベル・スコッピー様の鑑定結果となります。これは教会発行の正式な物となりますので、大事に保管しておいて下さい。

本日は誠におめでとうございます」


書士ケルビンは作成した鑑定書を封筒に仕舞うと、慇懃にシャベルへと差し出す。


「これにて本日の授けの儀及び鑑定の儀を終了致します。

女神様の加護がございます様に」


人生の節目、授けの儀はこうして幕を閉じた。シャベルと執事長ゴルドバは、司祭ベリルの見送りを受け教会を後にするのであった。



「旦那様、奥様、授けの儀を終え只今戻りました」


スコッピー男爵家の屋敷に戻ったシャベルは、執事長ゴルドバに連れられその足で当主ドリル男爵の元へ報告に向かった。


「うむ、では鑑定書をこれへ」


ドリル男爵に促され教会より渡された封筒ごと執事長へと手渡すシャベル。ドリル男爵はそれを受けとるや中に仕舞われた鑑定書を一読し、隣に座る妻へと手渡した。


「テイマーですか?」


「あぁ、だが問題はそこではない。そこに記されたスキルだ」


鑑定書


名前 シャベル・スコッピー

年齢 十二歳

職業 テイマー

スキル

棒術 魔物の友 自己診断

魔法適性

なし


「旦那様、わたくしはテイマーの職業についてよく知らないのですけれど、何か問題が御座いますのでしょうか?」


疑問符を浮かべる男爵婦人に、男爵は不機嫌そうな顔を隠そうともせず応える。


「こやつの持つ魔物の友と言うスキルは、通常一体から二体しか使役出来ぬ魔物を複数体使役可能とする一見有益なスキルだ。だが何事にも欠点と言うものはある。

このスキルの欠点は使役出来る魔物の制限。その数に制限が無い分、使役可能魔物が底辺魔物に限られる。

グラスウルフはおろかホーンラビットすらテイム出来ん。所謂ハズレスキルと呼ばれるものだ。

つまりテイマーとしては何の役にも立たないと言う事だ」


当主ドリル・スコッピー男爵の残酷とも言える説明に、シャベルへの一切の興味を失う男爵婦人。

“役立たずの穀潰し”、この瞬間スコッピー男爵家におけるシャベルの今後の扱いが決定したのであった。



「シャベル、旦那様がお呼びだ」


スコッピー男爵家の屋敷そばにある畑で鍬を振るい、夏野菜の種蒔き準備を行っていたシャベルは屋敷使用人から掛けられた声に顔をあげる。


「畏まりました。只今失礼の無い様な服装に着替えて参りますので少々お待ち下さい」


授けの儀式より三年の月日が流れた。シャベルの立場は屋敷の最下層、下男と同等のものと見なされていた。だがシャベルはその様な扱いにも不平一つ上げる事無く、与えられる仕事を黙々と熟し続けていた。


「旦那様、奥様、お待たせ致しまして申し訳ありませんでした。シャベル、お呼びにより参りました」


質素な平民服に着替えた彼は、当主ドリル・スコッピー男爵とその妻である男爵婦人に頭を下げ遅れて来た非礼を詫びる。

男爵婦人はそんな彼の態度にも一切の興味を示さず、早くこの場が終ればいいとため息を噛み殺す。


「うむ、畑仕事中であったのであろう、汚れたままで参るよりはよほどましである。その無礼許そう。

して用件であるが、これより教会に赴き旅立ちの儀を受けて来る様に。その際鑑定書が発行される、それを持って冒険者ギルドへ参り冒険者登録をする様に。

シャベル・スコッピー、只今この時をもって貴様を除籍とする。以降スコッピーの名を名乗ることを禁止する。話は以上だ。現在住み暮らす小屋は一週間の猶予をもって引き払うように。

以降どこでどう生き様とも貴様の勝手だが、我がスコッピー男爵家の名を出す事は許さん、よいな」


それは酷く事務的な別れの言葉であった。シャベルの存在がここスコッピー家において本当にどうでもいい存在であった事を示すものであった。


「旦那様、奥様、これまで長い間大変お世話になり本当にありがとうございました。私の名はシャベル、ただの平民であるシャベルです。

今後ともスコッピー家が益々のご繁栄を成されることを、心よりお祈り申し上げます」


シャベルは感謝の言葉を述べると深々と礼をし、その場を後にするのであった。


「お久しぶりでございます、シャベル殿。無事に旅立ちの儀をお迎えになられた事、心よりお喜び申し上げます」


教会ではベリル司祭が彼の訪れを温かく迎え入れてくれた。それは彼が無事に旅立ちの儀を迎えられたことを心より祝ってのものであった。


「お久しぶりでございます、司祭様。本日はよろしくお願いします」


旅立ちの儀は女神様にこれまでの成長を感謝し、世の中に旅立つ報告をする儀式。

この旅立ちの儀をもって、シャベルは一人前の大人としてみなされる事となる。


「“我らを見守る偉大なる女神様、本日あなた様の子が巣立ちの時を迎えました。願わくば彼の者の人生を見守り、より良いものに導かん事を”」


女神像の前で行われる祝詞、それと共に淡い光を帯びるシャベル。

シャベルは心の中に渦巻く不安が和らぎ、身体が不意に軽くなるのを感じるのであった。


「お久しぶりでございます、シャベル様。早速ですが鑑定の儀式を行わせていただきたいと思います」


別室には、鑑定の儀式を行う為にいつぞやの鑑定士シスターエメリアと、書士のケルビンが待機していた。


「“大いなる神よ、我に慈悲をもって真実を教えたまえ、鑑定”」


「“大いなる神よ、その御技をもって真実を書き記したまえ、転写”」


それはかつて授けの儀の時に受けたものとまったく同じ鑑定の儀式。あの時と違うのは既に自身の職業を知っているが故に心のどこかにあったワクワクとした気持ちが全く感じられないという違いではあったが。


書士により丁寧に封筒にしまわれた鑑定書を手渡されたシャベルは、それを上着の内ポケットにしまい深々と頭を下げ礼を述べる。


「お疲れ様でございました。これにて本日の旅立ちの儀はつつがなく終了いたしました。シャベル様の人生の旅がより素晴らしいものとなることを、教会の者一同、心よりお祈り申し上げます」


ベリル司祭より掛けられた言葉に、柔和な笑みを浮かべ礼で返すシャベル。


“生きているだけで儲けもの、生きてることがお陰様”

自分はまだ人として生きている。

未だ心の奥深くに生きる母の教え、シャベルは女神様に心からの感謝を捧げ、教会を後にするのであった。

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