第20話 慎之介と千穂


   上野寛永寺跡 上野庭園


「完全にさびれてるなぁ……………………」


 ボロボロの廃墟になった廃寺を眺める康隆。

 既に足元にはクラゲの化け物のようなぷるぷるの生き物が落ちている。

 周りを見て蒙波が唸る。


「屑妖が多すぎる……これは流石に厄介だな」


 廃寺となった寛永寺の周りにはそこかしこに屑妖が居た。

 ざっと見ただけでも庭に百近い屑妖が居るのでこれを駆除するのは厳しいだろう。


「ある程度狩ったら現状の報告で終わらせた方が良さげだな。この数の駆除は俺たちだけだと厳しい」

「だな」


 無理をしない主義である二人にとっては流石にヤバいことはやらない。

 不思議そうに小首をかしげる真尼。


「どうして? これぐらいなら何とかなるでしょ?」

「屑妖だけならね……」


 真尼の言葉に苦笑いで返す康隆。


「屑妖が鵺系の元になるってこと忘れてるよ。あいつらは合体することで強くなるから」


 実は屑妖には面白い形質があり、屑妖は基本、相手に取り付いて体全体から消化液を出して相手を溶かして食べるのだが、この時に同時に二つ以上を食べると食べた物に変化するのだ。

 

「奻蜥蜴なんかはわかりやすいけど、あれは女の死体二人分と蜥蜴を同時に食べたから生まれたわけで、屑妖自体は大したことないけど、すぐに繁殖するし、大量の鵺系を生み出すから危険なんだよ」


 康隆は周りを警戒しているのもそれが理由で、屑妖自体は大したことなくてもそれによって鵺系が既に生まれている可能性はあるのだ。


「とりあえず百ほど倒したら帰るか」

「さてと、狩っていくか……」


ザシュ……ザシュ……


 見つけては倒し、見つけては倒しを繰り返す二人。

 二人のそんな様子をぼけっと眺める真尼。


「とうっ……とぅっ……」


 月婆も辺りに居る屑妖を適当に小刀で倒していく。

 動きも鈍いので子供でも強い子なら倒せるのでこの程度で終わる。

 そんな屑妖を狩っていく一行。

 すると、一人の男が声を掛けてくる。


「おう、お前も屑妖退治か?」

「あれ? 慎之介さん?」


 昨日もあった鰐竜人の武侠士である慎之介が居た。

 不思議そうに蒙波が尋ねた。


「あれ? 昨日かなりの大物倒してなかったですか?」


 慎之介が倒した金剛婆こんごうばばあは超大物で、一か月は遊んで暮らせる討伐報酬がもらえるはずだ。

 だが、慎之介は気まずそうな顔になる。


「ははは……吉原でのツケが溜まっててさ……ほかにも居酒屋とか、他の岡場所とかのツケで消えた……」

「どんだけツケてたんですか……」


 流石に康隆もあきれる。

 そんな話をしているうちに屑妖は次々と集まりはじめた。


「そんなわけでこういう仕事もせにゃならんのよ」


 そう言って慎之介は屑妖が集まっている所に持っている剣を向けた。


ぼわっ……


 うっすらと刃に光が纏われる。

 竜人族が得意とする気功術で、刃に『気』が纏われるのだ。

 そんな気を纏った剣を屑妖に向けて軽く振るう!


バシュン!


 光が剣の軌道以上の威力を振るい、屑妖達がなぎ倒される!

 それを見て蒙波がため息を吐く。


「気功術は便利ですね」

「お前の忍術だって十分便利だろ?」


 そう笑う慎之介に康隆がぼやく。


「そう言えば千穂はどうしたんですか?」

「あそこにいるよ」

 

 そう言って慎之介が指さすと、寛永寺跡の庭にある不忍池の近くで錫杖を振るう蛸人の女法師が居た。

 蛸人らしく赤い肌をしている背の低く女法師で、子供と同じぐらいの身長なので持っている錫杖がかなり大きく見える。

 縦に白、青緑、青紫の三色の縞々が入った髪をしており、それを右側に盛ってまとめている。

 一見すると子供が錫杖振るっているようにも見えるのだが、顔はセクシー系なので、背が小さいだけの大人とわかる。


 そんな彼女は不忍池に向けてお経を唱えていると……


「……………………迅雷発願!」


ばぢぢぢぢぢぢ!!!!!


 池に強力な雷撃が放たれる!


ぷかぷかぷかぷか……………………


 池の表面に魚や屑妖が浮かび上がってきた。

 どうやら池の中に居る屑妖を駆除していたようだ。

 たたたっとこちらへと向かってくる女法師は康隆の顔を見た瞬間、にやりとメスガキの顔になる。


「何だ居たのかざぁこ♪」

「相っ変わらずだな! このメスガキの千穂!」


 彼女の言葉に苦笑する康隆。

 彼女は縞蛸の千穂と言い、主に慎之介と組んで仕事をしている女法師だ。

 この世界ではお坊さんが言わば魔法使いと僧侶の両方を兼ねている賢者みたいなものなので、そんな感じに解釈して欲しい。

 にやついた嗤いを張り付けた顔で千穂はけらけらと笑う。


「なぁに? 未だに屑妖退治なんてやってるの? この糞ざぁこ♪」

「うるせーよ! そんなのお前らも一緒じゃねぇか!」


 イラっとしながら言い返す康隆に千穂は顔を真っ赤にした。


「大体あたしは『縞蛸の千穂』よ! メスガキなんて言い方すんな雑魚!」

「その言い方がメスガキなんだよ!」

「まあまあ……」


 間に入って仲裁してくれる慎之介は話をそらすように康隆に話を振る。


「そんなことよりも屑妖退治だろ?……しかし、ずいぶん増えてるな……百程度じゃ足りないんじゃないのか?」

「そうですね。ここまで増えてると鵺も現れている可能性も高いですね」

「既に数匹倒したよ。魚と亀の鵺と鳥人間の鵺」

「マジっすか? 大分ヤバいっすね」

「廃屋の放置は危険だから早めに壊さないとね」


 鵺は最初の内こそ弱いが、時を経ると経験を積んでしぶとくなって強い。

 その内に滅多に倒せないレベルの鵺が現れるとそれが分裂して量産されるので始末に負えなくなる。


「周辺に屑妖が溢れ始めてるぐらいだから早めに駆除しないと危険だな。奉行所に報告しないと」

「そうすね」


 軽く伸びをして気持ちを入れ替える慎之介。

 

「さてと、俺はもうちょっと倒してから帰るわ」

「俺らもそうします。危ないっすからね」

「じゃぁなざぁこ♪」

「お前もだろうが!」


 そう言って、二人と分かれる康隆。

 蒙波と共にそれなりに駆除を進めていく……………………


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