第19話 寛永寺
翌朝……
「うぴー……ががが……」
「こいつ大丈夫か?」
御公儀旅館に来た蒙波が変なうめき声を上げて転がっている康隆を困り顔で見下ろしている。
康隆は縛めこそほどかれているものの、人事不省に陥っているようで様子がおかしい。
「姫様。そろそろ」
「わかったわ」
月婆に言われて真尼がスタスタと康隆をぎゅっと抱きしめて……
「ぎゅっ♪」
「がはぁ!……はぁ……はぁ……」
荒い息を吐いて正気に戻る康隆。
(どういう仕組みなんだ?)
不思議そうにする蒙波だが、康隆がこちらを見ていることにきづいて呆れ声でぼやく。
「お前は一体何をやっているんだ?」
「面目ない……」
情けない顔でふらふらしながら御公儀旅籠の中で鎧を着る康隆。
あの後、結局御公儀旅籠まで連行された康隆は夜通しこってりと真尼に激詰めされる羽目になった。
朝になって帰ってこない康隆に大体の状況を察した蒙波は真尼の泊っている旅籠へ鎧を持ってやってきた。
蒙波は仏頂面でちょっと怒っていた。
「これで一つ貸しだからな」
「ごめんなさい……」
肩を落としながらも鎧を着こむ康隆に真尼は静かに尋ねた。
「それで今日はどうするの?」
「ええっと……上野で屑妖が大量発生してるので退治しに行きます……」
それを聞いて不思議そうな顔をする真尼。
「上野って結構な繁華街でしょう? そんなところで屑妖が大量発生するの?」
屑妖は屑湯のようなクラゲみたいな妖怪で、基本的に体当たりぐらいしか出来ない妖怪である。
大人なら武器を持てば簡単に退治できるような妖怪で、動物でも牙や爪で攻撃すれば簡単に死ぬ妖怪である。
それ故に人里離れた場所で大量発生することが多い。
それについては蒙波が説明する。
「上野って言っても寛永寺跡の上野庭園だね。あそこは前に物凄い妖怪が現れて壊れたから寛永寺が移転したんだ。そのせいで荒廃したから屑妖が大量発生したみたい」
それを聞いて不思議そうに尋ねる真尼。
「物凄い妖怪って?」
「ええっと……」
「たしか『光延』だったな。寛永寺の僧侶の一人で天才と言われていた『法師』だ」
思い出せない康隆に代わって蒙波が説明する。
「元は天才法師と言われた男で、若くして法術を全て網羅し、次の住職と言われていたんだが、周りの嫉妬を買って冤罪を着せられてなぁ……………………逃げてるうちに妖怪になってしまった」
「へぇ~。そうなんだ」
真尼が興味無さそうに相槌を打つ。
微妙な対応で興味ないのかと思い、話を止めた蒙波だが、慌てて康隆が言った。
「ごめん蒙波。これでも興味があるから、もうちょっと話してあげて」
「……そうなのか?」
「うん。話すの待ってるよ?」
見てみると、ぼけっと立っている真尼が不思議そうに首を傾げる。
独特の不思議な雰囲気を持つ女性だが、意外にも康隆にはわかるようだ。
「続き聞きたいんだけど?」
「まあ、いいけど……妖怪になってから他の妖怪を引き連れて寛永寺を襲撃。折しも将軍様がお参りに来ていた時で負傷してしまい、激怒した将軍様が討伐に乗り出したのだが、元が天才法師だけに法術を駆使する大妖怪になっていたから多大な犠牲を払って何とか倒したって話だ」
「大変だったのね」
静かに頷く真尼。
康隆がその話の続きを話した。
「それで、寛永寺は移転して、歴代の将軍の墓所も移転することになって、代わりに荒廃した寛永寺と庭園だけが残ったってこと」
「わかったわ。じゃあ、私は康隆と一緒に屑妖の駆除すればいいのね?」
「うーん……まあ、そうだね」
少しだけ歯切れが悪い康隆に不思議そうにする真尼。
「どうしたの?」
「言うても屑妖だからなぁ……数が多すぎることを除けばそんなに大したことないから」
屑妖はさほど強くはなく、一太刀で倒せる程度の妖怪である。
はっきり言ってそもそも苦戦するような相手ではない。
「じゃあ、どうして康隆がやるの?」
「それはまあ……傾奇者は見栄張るからあんまりやりたがらないんだよ。武勲にはならないし、大した価値はないからねぇ……幕府から見ても「大して武勲にならない」からやりたがらないし、傾奇者も同じ理由でやりたがらない。まあ、町民が困るから俺がやったって感じかな?」
「流石たっちゃん。弱い民の為に頑張るのね」
「まあね……」
そう言って微妙に乾いた笑いを浮かべる康隆。
(加奈ちゃんが倒したらやらせてくれるって約束したから受けただけなんだけどなぁ……)
昨日の飯盛り女の加奈にいわれたから受けただけの依頼だが、そこは言わないでおく。
「まあ、そんな感じだから、後ろで見ててよ。すぐに終わるからさ」
「わかったわ」
そう言って優しく微笑む真尼。
しばしの間、康隆が着替えをしているのだが、蒙波は窓の外からお城を眺める。
「江戸城かぁ……あそこに将軍様がいらっしゃるんだろうなぁ……」
窓から見える江戸城の威容を眺める蒙波。
この御公儀旅籠は幕府御用達の旅籠で、御用達の商人などが泊まる結構ハイグレードな旅籠である。
他にも真尼のように『大名家の実家からちょっと家出中』の子供なんかが泊まることも多い。
月婆が蒙波に少し尋ねる。
「ちなみにそなたの御国はどちらなんじゃ?」
「大和大陸の土倍藩(ドバイ)だ。そこで忍者として教育は受けたんだが、里の命令で出たんだ」
「それはまた……しかし、あの国ならもっといい伝手があったろうに。最近は特に景気が良いみたいだから、そっちの方が良かったのでは?」
月婆がそう言うのももっともで、土倍藩は近年非常に経済的に発達した藩で、景気が凄く良いことで知られている。
お金だけで言えば一番持っている藩だろうが蒙波は苦笑する。
「景気が良すぎたんだろうなぁ……逆に忍者の仕事が無かった」
「ああ、なるほど」
当たり前だが、難しいことが多いからこそ忍者のような仕事に需要がある。
土倍藩に限ったことではないが、太平の世になると忍者の仕事が大幅に減った。
昔は暗殺やら情報収集やらと何かと駆り出されて引く手数多だったが、太平の世においては特に必要性は無い。
最も大きな武蔵幕府と大和幕府との間では良好な関係が築かれている以上、暗躍する必要性が無い。
また、経済的に良好である以上金払いも良く、傾奇者が集まりやすく、妖怪討伐も頻繁に行われているので妖怪討伐の仕事も無い。
なので傾奇者になる忍者も多い。
「うちの里も元は腕利きの忍者が集まっていたんだが、流石にこうなると腕がなまるからな。定期的に数名を外に出すことで腕の維持をはかってるんだ」
「では、そなたも外での修業を終えたら?」
「帰る予定だ」
「なるほどのぅ……」
うんうん頷く月婆。
そうこうしているうちに鎧を着終わって康隆が立ち上がった。
「じゃあ、行くか」
「そうだな」
そう言ってみんなで部屋を出た。
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