第12話 傾奇長屋


 とりあえず換金が終わってすぐに康隆はもう一つの受付へと向かう。

 真尼が不思議そうに尋ねる。


「次は何するの?」

「あたらしい仕事探し。あそこの掲示板にあるのが今ある仕事」


 そう言って仕事を探そうとする康隆だが……真尼が不思議そうに尋ねる。


「いらないでしょ? 今ある仕事が終わったら私と一緒に帰るんでしょ?」

「……………………」


 思わず押し黙る康隆。

 彼は帰る気は全く無いので、どうすべきか悩むのだが、言い出したら聞かないのはわかってるので、とりあえずスルーする。

 あとで依頼を受けておこうと心に決めてから奉行所を出る。

 奉行所を出た通りは最初に酒を飲んでいた傾奇通りで夕方と言うこともあって飲み客で賑わっていた。


 色白の金髪は欧羅巴よーろっぱ人で黒い肌の人たちは阿弗利加あふりか人。

 獣耳を付けた獣人も居れば、ひれ耳をつけた魚人、はては耳のとがった元精げんせい人も居る。

 背中に甲羅を背負う河童や鼻の高い天狗、角の生えた鬼人も居る。

 

 武蔵大陸一の将軍のお膝元なだけに行きかう人々も多種多様な人が歩いている。

 そんな人たちでごった返している傾奇通りだが、真尼は尋ねた。


「どこに行くの?」

「とりあえず荷物を下ろしてから風呂屋かな? 汗も流したいし」


 そう言って『獅子長屋』へと入る一行。

 獅子長屋とはマンスリーマンションみたいなもので、長期滞在するときに便利な長屋だ。

 流石にこの時代なので、部屋にお風呂は無いし、トイレも共同だが、生活に必要なものが一通り揃っているので、傾奇者が重宝して使う『傾奇長屋』の一種だ。

 そんな傾奇長屋だが、真尼が入ろうとすると大家が慌てて止めに入る。


「ああ、ここは男性専用で女性禁止です! 女性の長屋はそちらになります!」


 そう言って隣の棟を指さす大家。

 こちらは鉄格子と土壁に囲まれた頑健な造りになっており、仰々しい造りに首を傾げる真尼。


「何で入ったらダメなの?」

「そんなの当たり前でしょう! 傾奇者には無頼漢も多いんですから! 犯されても文句は言えないんですよ! 入ったらダメです!」


 当たり前だが、傾奇者は風来坊で荒事を行う仕事なので不心得者も多い。


 なので、傾奇者は男女別々の棟に分けることになっている。


 特に旅籠のような数泊する程度のところならともかく、長屋だとすぐに女が住んでることが特定される。

 人の出入りも激しく、「明日江戸を発つから、ついでにあそこの女を犯してから逃げるか。どうせ追いかけてきても逃げた後だし」とやる奴も多い。

 どんな熟練の女武士でも寝ているときは無防備だから仕方ない。

 

 事情を知っている月婆も慌てて止めに入る。


「真尼様。真尼様がどんなに優れていても寝ているときは無防備でございます。油断して花を散らしてしまうこともありますゆえに私たちはここで待ちましょう」

「仕方ないわねぇ」


 そう言って長屋の木戸で待機する真尼を置いて中へと入る康隆と蒙波。

 中は二階建ての長屋が両脇に並んでおり、一部屋で二階付となっている。

 と言っても二階は色んな荷物を軽く置いたり、人数が多い時に雑魚寝するためにあるだけで、基本的にそんなに使わない。


 便利なので、出稼ぎに来た地方の労働者なんかもここで寝泊まりする。

 ただ、ここの長屋は貧しい人用の長屋なので、基本的に汚い。

 ちなみに大がかりな行商やそれなりの身分の者が使うちょっとハイグレードの長屋もあるのだが、そう言うところでは男女兼用だったりする。

 それはともかくとして長屋の自分の部屋に入り、荷物を下ろす二人。


 はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……………………


 康隆が深~~~~~いため息を吐く。


「ようやく一息つける……」


 どっと疲れた顔になる康隆に困り顔の蒙波。


「結局、なんだったんだ? お前の出奔した理由ってのは?」

「真尼姫様から逃げるため」


 あっさりと自供する康隆。


「あんな感じだから、女の子の友達も居なかったし、俺だって女遊びはしたい。それに別の問題もあったんだよ」

「何だ?」

「あの容姿だから、他の家来達も狙ってたんだよ。そのせいでやっかみが酷いし、いじめられたし……」

「ああ、なるほど」

 

 元々、


 それに政略結婚に向かない理由は『実家に対する忠誠』の問題で、要は嫁入りすると入った家の為に必死で頑張ってしまい、


 ところがこれが家来になるとそうでもない。


 当主の厄介な娘を引き取ったことで覚えが良くなるし、出世街道にがっつり乗ることになる。

 本来なら上の身分の嫁と言うのは実家を嵩に来て威張り散らすので嫌がる家来も多いのだが、三大ヤンデレは旦那に一途なのでずっと尽くしてくれるし、美人で性格が良いだけの嫁になる。


 早い話がそういった問題だけは無いので、そこは得だったりするのだ。


 とは言え……


「ずっと一緒だったからなぁ……赤ちゃんの頃から俺が居ないと泣き喚くからってずっと一緒に居させられたし、家で鍛錬するときも勉強するときも、ずっと見てて通い妻になってたし、とにかく真尼様が一緒に居るのが当たり前で、春画本すら見れない生活だったからなぁ……」

「そんなに昔から……そらまた何で……」


 それを言われて渋面になる康隆は理由を語り始めた。


「俺はよく覚えていないんだけど……」



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