第9話 謎の蜜柑

 さて、真尼は何をしていたのかと言われると、普通に見ていただけだった。

 それも康隆の方だけを。


「たっちゃん……かっこいい……」


 康隆が苦戦して苦しんでいる姿を見てうっとりさせている真尼。

 強さで言えば月婆が圧倒的だし、スマートに戦っているのは蒙波の方なのだが、恋する乙女には関係ないようだ。


「……………………」


 ぽりぽりと頬をかいている月婆。

 とりあえず、奻蜥蜴以外の危険な敵も見当たらないので真尼の側に居ることにした。


 一方、蒙波と言うと……


「はっ!」


 距離を取って、再び癇癪玉を投げつける!


「氷棺の術!」


ガキィン!


 体が凍り付いて動けなくなる奻蜥蜴!

 その首を蒙波が切り付ける!


ザシュッ!


 あっけなく飛ぶ両面の奻蜥蜴の首!

 何とか一体を撃破してほっと一息を吐く蒙波。


「あとは……」

「蒙波! 助けてくれぇ!」

「しゃあないな」


 そう言って康隆の支援に回る蒙波。

 流石に背中の女からの三味線攻撃に苦戦しているようだ。

 その様子を見てあきれ顔になる蒙波。


「何だってこんな相性の悪い敵を選んだんだよ!」

「いやぁ、ちょっと事情があって……」


 変な笑い方をする康隆に嫌な予感がする蒙波だが、とりあえず後回しにする。 

 蒙波は奻蜥蜴の背中の女にクナイを投げつける!


たたたた……ブツン!


 三味線の弦が切れて法術が使えなくなる奻蜥蜴。

 

「これで何とかなるだろう?」

「おう!」


 そう叫んで奻蜥蜴に向かい合う康隆。

 法術さえなければ素の戦闘力は康隆の方が上なので、問題なく倒せるだろうと、蒙波は他の敵が居ないか確認のために辺りを見回して……妙なものに気づいた。


「何だありゃ?」


 


 大人が入れるほどのサイズの蜜柑が空中に浮いている。

 ちなみに蜜柑には明らかに人の顔と思しきものが付いているので、妖怪に間違いないだろう。


「あれは何?」

「さあ? 婆にも見たことがございませぬ」


 真尼と月婆もそんなことを話している。


「新種の妖怪か?」


 蒙波がぼやきながらも注意を怠らないのは、新たに妖怪が突然生まれることもあるのが豊葦原世界の特徴である。

 特に鵺系妖怪はその特性ゆえに、いきなり新種が現れる。


ザシュっ!


「やっと倒した……」


 ようやく奻蜥蜴の首を飛ばす康隆。

 そんな康隆の上に蜜柑のような妖怪はふよふよと移動しているのだ。


「……まずい!」


 康隆は目の前の奻蜥蜴との戦いで気づいていない。

 蒙波は慌てて康隆に体当たりを食らわせて逃げる!


ドンッ!


「おわぁ!」


 妙な叫び声を上げて蒙波と一緒に飛ぶ康隆。


「お前何す……」


 文句を言おうとしたそのときだった!


ドガガガガガガガガガガ!!


 雨あられと落ちてきた何かに巻き込まれて細切れになる奻蜥蜴!


べちゃり……


ズタボロになってしまった奻蜥蜴の死体を見てゾッとする二人。


「嘘やろ……」

「何だあれは……」


 玄翁げんのう

 大量の鎌や玄翁が落ちてきたことで奻蜥蜴はズタボロになってしまった。

 そんな鎌や玄翁がふわりと浮き上がり……上の蜜柑へと戻っていく……………………

 蜜柑は完全に剥けた状態で中身が殻になっていた。


じゃらじゃらじゃらじゃら……………………


 殻になった蜜柑の中へと大量の鎌や玄翁が収まっていき……


しゅるるる……


 再び蜜柑の形になった。


「シャレにならんぞあれは……」

「あれが傾奇者たちが帰ってこなかった理由か!」


 顔が青ざめる康隆と蒙波。

 どうやらあの蜜柑みたいな妖怪が訪れた傾奇者たちを殺していたらしい。

 とは言え、飛び道具を持たない康隆には倒すすべがない。


「そりゃぁ!」


 月婆が持っていた戦輪を飛ばす!

 戦輪は蜜柑へと向かっていき……


がしゅっ……


 蜜柑に刺さって終わった。

 それ見て月婆が顔を顰める。


「むぅ……厚い皮が邪魔しとるな」


トストストストス……


 蒙波もクナイを大量に投げつけるのだが、蜜柑に刺さるだけで終わる。



「全然意味が無いな」


 蒙波もたらりと冷や汗を流す。

 それを見て康隆は少しだけ悩む。


(飛び道具が一切効かない……これは簡単には勝てそうにないな……それに奻蜥蜴はもう倒したし……)


 戦う理由が無いことに気づいて瞬時にやるべきことを決める。


「よし逃げ……」


 逃げることに決めた康隆だったが……


「いでよ眼照亜!」


ぼわわわぁぁぁぁぁん……


 真尼の前に上半身裸の美人蜘蛛の式神が現れる。


「捕えて!」


 しゅるるるるるる……


 真尼が出した式神『眼照亜』から、空中に居る蜜柑に大量の白い糸が殺到する!

 

しゅばばばばば!!


 蜜柑を雁字搦めに縛り付けた!


「あっ……」


 そうなると、この蜜柑は何もできなくなるのか、完全に動きが止まってしまう。

 更にいうと……


 ぐい……ぐい……


 あっけなく引っ張られて下へと降りてくる蜜柑。

 上へ逃げようとするのだが、引っ張られて降りてきてしまう。

 すると、今度は眼照亜を圧し潰そうと蜜柑は下へ急降下してくるのだが……


スカっ! ずずずん……


 眼照亜は実体がないのでそのまま床に当たるだけに終わった。

 

 しゅばばばばば……


 完全に床に縫い付けられて身動きの取れない蜜柑。


「「……………………」」


 身もふたもない圧勝劇に何も言えない康隆と蒙波。

 真尼は不思議そうに首を傾げる。


「たっちゃん……倒さなくていいの?」

「……………………そうだね」


 言われて、康隆は刀を振るった!


 ザシュ……………………


 蜜柑のへたの部分にあった鵺の核の部分を斬る康隆。


「くあ……………………ば……………………」


 静かに息を引き取る謎の妖怪蜜柑。

 それを見て、蒙波はぽんっと康隆の肩を叩く。


「相性はよく考えて依頼を選ぼうな」

「そうだな」


 相性の大切さを知った康隆は少し反省した。


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