第4話 月乃婆さん
「ええーと……………………
「あ・た・り♪」
美女はそう言うと、康隆を背中からぎゅっと抱きしめた
一方、康隆はと言えば……………………
「ほがごぎゃああいめぴたえあヴぇ……………………」
大分錯乱しているようで、よくわからない声を上げていた。
そんな悲鳴を華麗にスルーして
「もう……私たちは婚約してるんだから真尼って呼んでっていつも言ってるのに……たっちゃんはいつもよそよそしいんだから……」
「いやぁ……ごめんねぇ……」
嬉しそうにしなだれかかる真尼姫様と、顔を青くして声が裏返ったままの康隆。
真尼姫様がぎゅっと抱きしめてからぽつりと尋ねた。
「ところで桜と桃と梅と菊って誰?」
寒々しい声で尋ねる真尼姫だが、康隆は震えながら聞いた。
「えーと……………………教えてもいいけど……どうするつもり?」
「消すわ」
まったく迷いのない顔と声で静かに答える真尼姫。
「たっちゃんに手を出す害虫は駆除します」
「全部男の子だよ。筋肉質で大きな雄っぱい持ってたから勘違いしただけ」
それを聞いた全員が心の中で突っ込んだ。
(((((それは無理があるだろ!?)))))
だが、それを聞いた真尼姫がにっこりと笑う。
「それならいいわ」
(((((良いんかい!!)))))
ガタガタ震えてる康隆の口に、にっこりと笑顔を見せてキスをする真尼姫と、心の中で突っ込む周りの客たち。
口に差した紅の跡が康隆の口にしっかりと残ったのだが、気にする様子はない。
すると、一人の男が真尼姫のある特徴に気づいて叫んだ。
「こ、この女の額に六つの赤い点がある!……蜘蛛女だ!」
「「「「「ええええっっっ!!!!」」」」」
それを聞いてようやく大体の事情を店内の傾奇者たちは察知した。
「ひょっとして蜘蛛女から逃げてきたのか?」
「なるほどなぁ……」
「流石にキツイわなぁ……」
「ようやく合点がいった……」
状況を察した他の傾奇者たちがぼやく。
天下三大ヤンデレという言葉がある。
亜人、神人が数多くいるこの豊葦原世界で語られる言葉で、雪精、蛇女、蜘蛛女のことである。
この三種族は非常に恋愛が重く、一度好きになると地の果てまで追いかけて永遠に添い遂げようと求める。
あまりに重すぎて逃げる男が後を絶たないのだ。
それに康隆は『真尼姫様』と言ったように身分は真尼姫の方が上になるのだが、これは非常によくあることで、あまりに愛が重すぎる故に上流階級ではお見合い話が生まれないのだ。
一途なのは良いが重すぎる故に政治に支障がきたすので、どうしても部下の青年に押し付けるような形で縁談が進められる。
そうやって逃げた青年が傾奇者になるのはよくあることなので、すぐに周りは理解した。
とまあ、こういったことを周りが察したので前にいる蒙波もすぐに気づいた。
「お前……傾奇者になったのはそういうことか?」
「……そういうことなの」
さめざめと涙を流す康隆。
すると、通りの方が騒がしくなっていた。
ドドドドドドドドド……
何やら大きな足音が聞こえてくる。
「何だあれ?」
「すげぇ走り方してんな……」
不思議そうに通りに上がっている土ぼこりを見る居酒屋の人たち。
「姫様ぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁっぁああああああ!!!!」
土ぼこりを上げて何かが酒場へと近づいてきた。
それを見て顔をゆがませる康隆。
「ひょっとして……」
「月婆も来てるわよ」
土ぼこりを上げていた何かはまっすぐと康隆に向かったかと思うと……
「とうっ!」
華麗に目の前でジャンプをして……
めきぃっ!!
康隆の頭を踏みつける形で正座した!
「申し訳ございません姫様! あのゴキブリめを見つけることが出来ませんでした!」
「ええっと……たっちゃんのことなら月婆の下に居るんだけど……」
思わず困惑してしまう真尼姫。
そんな真尼姫が話しているのは小さな体の老婆だった。
顔に大きな皺がいくつも入っている老婆で、着物に脚絆というごく当たり前の旅装をしている。
兎耳を付けていることからも兎人の老婆のようだ。
真っ白な白髪をお団子ツインテールにしており、なんだか可愛らしい気がするだけの婆さんである。
そんな老婆が康隆の頭を踏みつける形で真尼姫に土下座をしている光景はかなりシュールだ。
そんな老婆が悔しそうに涙を流して真尼姫に言った。
「姫様の言いつけを守れませなんだ……ババは年を取ったのが歯がゆうございます!」
ゲシゲシゲシゲシ!!
涙を流しながら悔しそうに下に当たる老婆。
当然ながら下に居る康隆の頭をゲシゲシ叩いているだけなので、康隆は怒って払いのけようとする。
「この糞ババア!」
「おっと」
ひょいっ♪
康隆は乱暴に腕を振るって払いのけようとするのだが、ひらりと避ける老婆。
そして……
げしぃぃぃ!!
再び康隆の頭の上に両膝を落とし、踏みつける形で正座をする老婆。
「しかし、あのゴキブリめはどこに行ったのやら……全然見つかりませんなぁ……」
「月婆……絶対わかっててやってるよね?」
堂々と知らんぷりを決め込む月婆と困り顔になる真尼姫。
この老婆の名前は
真尼姫のお付きの老婆で昔から真尼姫を大事にしてきた老婆だ。
見て分かるように真尼姫様に絶対の忠誠を持っているのだが、一方で康隆が大嫌いという困った癖を持つ。
埒が明かないと見た蒙波が助け舟を出した。
「その……事情は分かりませんのでとりあえず色々と説明して欲しいのですが、一度康隆の上からどいてくださりませんか? ご老人?」
「おお! これは失礼いたしました」
そう言って老婆は……
げしっ! ぐりっ!
少し捻りを入れて念入りに踏みつけてから康隆の上から飛び降りた。
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