第3話 真尼姫様

「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁんんんん!!!!」


 目の前で泣く馬鹿の姿に困り果てる蒙波だったが、ふとあることが気になったので聞いた。


「大体、花魁に手を出そうとするのがおかしいだろ? 上手く行くわけないし」

「だっでぇぇぇ……あんなにきれいな人から触られたらもう付き合うしかないっておもうじゃんんんん……」

「いや、そんな基準はねぇよ。そんな理由で恋人にしてたら三界の女全部と付き合わなきゃいけねぇだろ?」

「俺は『種付け王』になる! だからそれで良いんだよ!」

「良いわけないだろ! それで本気にされる女の方が迷惑だよ!」


 泣きながら童貞ムーブをかます康隆とあきれる蒙波。

 ぐすぐすと泣きながらもぼやき続ける康隆。


「『優しい男が好き』とか『あなたみたいな人が好み』とか言われるともう付き合うしかないとしか言えないし、手紙とか沢山送られてきたし……」

「どう見ても印刷されたかのような営業葉書でよくそこまで舞い上がれるな……」


 頭を抱える蒙波。

 ちなみに活版印刷はこの世界にはある。

 とは言え、大半は出来あいの判子を組み合わせた印刷でその辺は判子士や版画士などの職業もある。


「大体そういう葉書なら長屋の方に沢山送られてきただろうが。なんだっけ、お菊ちゃんとか桜ちゃんとか色んな葉書来てたぞ?」


 それを聞いてピタリと泣き止む康隆。

 傾奇者は基本『傾奇長屋』と呼ばれる長屋に住む。

 これは長期にわたって滞在することが多いのである程度家具が残っている長屋に住むのが一般的なのだ。

 現代で言うマンスリーマンションみたいなものである。

 そんな長屋に住んでいるので、葉書ぐらいは届くのだが……康隆は大事なことに気づいたかのような顔になる。


「そうだ! よく考えたら俺にはまだお菊ちゃんと桜ちゃんと梅ちゃんと桃ちゃんが居るじゃないか! 女は一人じゃない! まだ4人も居るんだった!」

「……………………断言しても良いが一人も居てないからな。完全にまやかしだぞ?」

 

 よくわからない理屈を言い始めた康隆と頭を抱え始める蒙波。


「俺の種付け王への道はまだ始まったばかりだ! この康隆の次の恋人にご期待ください!」

「その言い方は既に終わってる……まあ、合ってるから良いか。親父。勘定頼む」

「あいよ」


 とりあえず康隆の妄想に一区切りがついたので、金払って蒙波が出ようとしたその時だった。


すっ……


 康隆の両目を綺麗な女の手が覆い隠した。


「だーれだ♪」


 悪戯っぽい綺麗な声が酒場に響き渡る。

 その光景を見て酒場の全員があっけにとられていた。


((((((誰だ? この美人?))))))


 康隆の後ろに居たのは、見たことも無いほどの美人だった。


 ぱっちりとした二重の赤い目は吊り上がってはいるものの、眦にさした紅が美しさを際立たせている。

 整い過ぎているほどの綺麗な菱形の顔には悪戯っぽい笑みが浮かんでおり、こんなきれいな美人が子供っぽい笑顔を見せているところにギャップを感じる。

 つややかで綺麗な光沢を放つ黒髪はウェーブを描きながら足首まで届いており、かきあげられた一筋の前髪が色っぽい。

 服装はと言われると巫女らしく黒い巫女服姿で、黄色と赤の縦縞が少し入っているのだが、その豊か過ぎるほどの胸部の割にはほっそりとした肩をしており、大き目のお尻からはむっちりとした太ももが地面へと伸びている。

 そんな美人がモテない童貞田舎者である康隆の後ろで「だーれだ」をしているのだが、全員に戦慄が走った。

 一方、康隆の方は顔をだらしなく溶かして、でれでれとしていた。


「んんんん?? 誰かなあ? 桃ちゃん?」

「ぶぶー♪」

「桜ちゃん?」

「ちーがーうー♪」

「お菊ちゃん?」

「もう♪ ボケはもういいから♪」

「わかったよ梅ちゃん」

「ぶぶー♪」

「ええー? 誰だろうわからないなぁ?」


 嬉しそうに女の子と会話する康隆だが、周りに居る奴は少しだけ震えた。


((((((怖ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!))))))


 段々と美女の顔がホラーに変わりつつあるのが目に見えているので恐怖する周り。


「ヒントはぁ♪ このおっぱいかな? このおっぱいと声に覚えはなぁぁぁぁい?」

「ええーこの背中に当たってるけしからんおっぱい?」

「そうそう♪」


 ホラーな顔つきのまま陽気な可愛い声を上げる美女とだらしない顔のままの康隆。

 ……………………と思っていたら段々と康隆の顔が青くなっていった。


(((((んんんんんん????)))))


 周りに居る他の客たちも異常に気付いて首を傾げる。


だらだらだらだら……………………


 急速に脂汗を垂らし始める康隆は滅茶苦茶震えながらぼやいた。


「あ、あれぇ……僕が知る限りこんな大きなおっぱいしてて、俺の背中に当ててくれる人は一人しか居ないんだけどなぁ……」

「思い出してくれたかなぁ?」


 壮絶な笑みを浮かべる美女と確信を持って顔が真っ青になる康隆。

 次に出た声は完全に裏返っていた。


「ええーと……………………真尼まに姫様? かな?」

「あ・た・り♪」


 美女はそう言うと、康隆を背中からぎゅっと抱きしめた。



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