第23話 お誕生日会

 意気揚々と歩いていくトリエッタさんの背中を追うように、わたしとラナさんは道を進んでいた。


 わたしは小声で、ケーキの入った箱を持っているラナさんに話しかける。


「(ねえねえ、ラナさん)」


「(ん? どうしたの、シャロンちゃん)」


「(その……ついてきてほんとによかったんですかね? こういうのって、家族水入らずの方がよくないですか?)」


「(うん、それは私も思ったけれど……でも、トリエちゃん、どうしてもって言うし。賑やかな方が嬉しいって言ってたから、そういうのが好きなご家族なんじゃないかな?)」


「(ああ、それはそうかもしれませんね……)」


「(折角誘ってくれたんだし、私たちも楽しんで参加しようよ! 私たちがぎこちないと、雰囲気がちょっと崩れちゃうかもしれないしね)」


「(ですね。よし、お互い頑張りましょう)」


 ラナさんとわたしは、頷き合う。


 ちょうど、そのとき。

 前を歩いていたトリエッタさんが、一つの家の前でぴたりと立ち止まった。


 それから、わたしたちの方を振り向いて笑う。


「シャロンさん、ラナさん! お待たせしたのです、これがトリエのおうちなのです!」


 そこに建っていたのは、水色の屋根と真っ白な壁が綺麗な、小ぢんまりとした一軒家だった。


 トリエッタさんはポケットから鍵を取り出して、がちゃりと扉を開く。

 ばたばた……という音が聞こえたかと思うと、一人の女性が玄関に姿を現した。

 トリエッタさんと同じ真っ白な髪を、後ろの方で一つに結わいている。


「トリエ! 何も言わずにどこに行ってたの、心配したのよ……って、そちらのお二人は?」


「うう、ごめんなさいなのです……この二人は、シャロンさんと、ラナさんなのです! おかあさんのおたんじょう日会に、しょうたいしたのです」


「お誕生日、会……?」


 目を丸くした女性へと、トリエッタさんは背中で隠していた花束を差し出した。



「おかあさん。おたんじょう日、おめでとうなのです!」


 *・*・


「こ、このケーキ、すごく美味しいわ……!」


「でしょ、でしょ! ラナさんとね、つくったのです!」


「あはは、私はそんな大したことはしてないですよー。トリエちゃんがすっごく手際よくて!」


「えへへー。ラナさん、ほめ上手なのです!」


 ラナさん、トリエッタさん、お母さんの話を聞きながら、わたしはフラワーケーキの美味しさに感動していた。


 ふわふわのスポンジ、甘くて瑞々しいフルーツ、濃厚な生クリームの相性が抜群すぎて、一口、また一口と食べてしまう。

 初めは全体にクリームが塗られていたからわからなかったけれど、中は何層もの構造になっていて、切り分けられた断面もすっごく綺麗だ。

 場所によって入っているフルーツが違うから、新鮮な気持ちで食べ進めることができるのも嬉しい。苺、蜜柑、キウイ、メロン――どれもとっても美味しい!


(幸せすぎる……自分が食べれるとは思ってなかったから、さらに幸せ倍増……)


 自分の顔は今見れないけれど、多分かなり蕩けた表情になっているだろうなあ……そう思った。


 あっという間に食べ終えてしまって、名残惜しい気持ちと共にふうと一息つく。


 ――ふと、棚の上に置かれた写真に目が止まった。


 そこに写っているのは、トリエッタさんと、お母さんと、そして恐らくお父さん。

 三人とも、本当に幸せそうな笑顔を浮かべている。


 そして今、このお誕生日会に、彼の姿はない。


 仕事かなという考えが頭をよぎったけれど、今日は休日だ。だから不思議に思って……それと同時に、少しだけ嫌な予感がした。


「――――ではでは、ここで、よみたいものがあるのです!」


 トリエッタさんの大きな声で、わたしの意識は現実に引き戻される。

 お母さんが、首を傾げた。


「読みたいもの……?」


「そうなのです。実はね、トリエ……おかあさんに、お手紙をかいてきたのです!」


 そう言って、トリエッタさんはポケットから手紙を取り出して、立ち上がる。


 目を見張るお母さんに向けて、トリエッタさんはにこっと笑って、それから真剣な表情で手紙を読み始めた。


「おかあさんへ。

 おたんじょう日、おめでとうなのです。いつもトリエに、たくさんやさしくしてくれて、ありがとうなのです。おかあさんは、いつもえがおで、それがすごく、すてきなのです。

 ……でも、本当は少し、しんぱいなのです。

 おかあさんは、おとうさんがびょうきでしんじゃってからも、ずっとえがおだから」


 ……ああ、やっぱり、そうだったのか。


 わたしはそっと、目を伏せた。


「おとうさんがいなくなって、トリエがないているとき、おかあさんがだきしめてくれて、すごく、あったかかったのです。

 でも、もしかしたらおかあさんも、あのときなきたかったんじゃないかなって、おもうのです。

 ……だから、たまには、ないてほしいのです。

 そうしたら、こんどはトリエが、だきしめてあげるのです。

 大すきなおかあさん。本当に、いつもありがとうなのです!

 トリエより」


 読み終えたトリエッタさんは、お母さんの方を見る。


 ……お母さんは、目からぽろぽろと涙を零していた。


 トリエッタさんは、そっと屈んで……それから、お母さんを優しく抱きしめる。


 お母さんは泣きながら、微笑んだ。


「ありがとうね、トリエ……」


「ううん。トリエこそ、ありがとうなのです」


 見れば、ラナさんの頬にも一筋、涙が伝っていて。


 優しい子だなと思いながら、わたしは少しだけ滲んだ視界を元に戻すように、目の辺りをそっと擦った。


 *・*・


 お誕生日会は無事に終わって、わたしはラナさんと別れて家に帰り。


 窓の外に広がる夕焼けを見つめてから、色のついた小さな水晶を手に取った。

 これには通信魔法が掛けられていて、と繋がるようになっている。

 そっと、起動した。


「……もしもし? わたしだけど」


「うん、楽しくやってるよ? ちなみに、お母さんは側にいる? ……そう、それなら、二人で聞いてほしいんだけど」


「来た? うん、よかった。それじゃあ言うよ? その、さ……」


「……わたしのこと、いつも気にかけてくれて、ありがとうね」


「え、変なものでも食べたかって!? 食べてないよ! ありがたいことにめちゃめちゃ美味しいものばっか食べてるよ最近! ああもう、それじゃまたね!」


 勢いに任せて、通信を切る。


 息をつきながら布団にもたれこんで、水晶を手の中に収めながら、わたしは少しだけ微笑んだ。



――【永遠の花畑と記念日のフラワーケーキ】編 fin.


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 第三編までお読みいただき、ありがとうございます! 作者の汐海です。


 本作品は、「第6回ドラゴンノベルス小説コンテスト」に参加中です!

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 次編では美味しいパスタをお届けする予定です。個性強めな新キャラも……! ではでは!

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