第20話 ケーキづくり(ラナ視点)

「うんしょ、うんしょ……」


 そう言いながら、テーブルの上で一生懸命に生クリームを泡立てるトリエちゃん。


 私は彼女の少し遠くに、切り分けた様々なフルーツを並べたお皿をことりと置いた。


「あ、ラナさん。クリームのちょうし、見てほしいのです!」


「いいよー!」


 私は、トリエちゃんが持っていた泡立て器を貸してもらう。


 泡立て器に付いた生クリームが、するすると流れ落ちていく。


 これだと、まだ六分立てくらいかな……。

 スポンジに塗るためのものだから、八分立てくらいの方がいいだろう。


「もうちょっとかな? 少し角が立つくらいがいいと思う!」


「つのが、たつ……?」


「ああごめん、わかりにくかったよね! えっとね、今泡立て器でクリームをすくうと、こうやって落ちていっちゃうでしょ? もっと混ぜると、落ちないでまとまるようになるの! それが、『角が立つ』っていう状態」


「ふむふむ、なるほどなのです……!」


「ただ、混ぜすぎちゃうと今度はぼそぼそってなっちゃうから、やりすぎも禁物。取り敢えず、もうちょっと泡立ててみよっか!」


「うん、がんばるのです!」


 トリエちゃんは、花が咲いたように微笑んだ。


 私が泡立て器を手渡すと、彼女はまた一生懸命に生クリームを混ぜ始める。

 その姿が可愛らしくて、無意識のうちに笑顔になってしまう。


 それにしても、トリエちゃんはお菓子づくり初心者らしいけれど、そうは思えないほど手際がいい。

 才能があると思うし、これを切っ掛けに料理の楽しさを知ってもらえたら嬉しいな。


 ふと私は、『料理の才能』という言葉につられたのか、シャロンちゃんのことを思い出してしまう。


 今、永遠の花畑までティリューゼルを摘みに行っているけれど、大丈夫だろうか。

 心配だから一度は止めたけれど、平気の一点張りだし……。

 まあ、確かにシャロンちゃんなら、無事に帰ってくるはずだよね。


 それにしても、シャロンちゃんと出会ってからまだ数日しか経っていないけれど、本当にすごい子だなあと思う。


 勿論魔法の天才なのもそうだし、それだけではなく、私が既にこんなにものが、不思議だ。


 私は人と打ち解けるのに時間が掛かるタイプなのだけれど、シャロンちゃんの前だと気付けば笑顔になっている。

 それも、つくり笑いではなく、心の底から溢れ出た笑顔だ。


 それはきっと、シャロンちゃんがとっても面白くて、そして……優しい人だから、なのだと思う。


 泣いている私に、最高の料理人だ、最高の女の子だって言葉を掛けてくれて。


 やっぱり私は、シャロンちゃんのそういう温かさに、救われてしまったのだ。


「ラナさん!」


 トリエちゃんに声を掛けられて、私の意識は現実へと引き戻される。


「どうしたの、トリエちゃん?」


「クリーム、いいかんじになってきたとおもうので、見てほしいのです!」


「おっ、やったね! 見るよー!」


 私は再び泡立て器を手渡される。


 クリームを確認してみると、確かに丁度いい泡立ちになっていた。


 私はトリエちゃんへと笑いかける。


「うん、すっごくいい感じ! そうしたら、次の工程に移ろっか」


「わーいなのです!」


 万歳のポーズを取って喜ぶトリエちゃん。


 その姿に、何だか私まで嬉しくなってしまった。


「ケーキの完成まで、もう少し! 一緒に頑張ろうね」


「うん! ……ラナさん、ありがとうなのです」


「えっ? 急にどうしたの?」


 私の質問に、トリエちゃんはそっと俯いた。


 真っ白な前髪に隠れて、彼女の表情は余り見えない。


「トリエ……おかあさんのおたんじょう日、ぜったい、いわいたかったから。だから、なのです」


 彼女の声音は、どこか切なげに響いて。


 その理由はわからなかったけれど、私は優しく頷いた。


「ふふっ、どういたしまして!」


 少しして、トリエちゃんが顔を上げる。


 彼女の微笑みはとても温かくて、でも少しだけ、寂しそうだった。

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