第19話 永遠の花畑

 ――――永遠の花畑。


 それは、淡い色合いの花々が咲き溢れる美しい場所。


『永遠』の名を持つのには、二つの意味がある。


 一つは、枯れることなく咲き続ける永遠の花――ティリューゼルが、密やかに眠っている地だから。


 もう一つは、まるでティリューゼルを守る番人かのように彷徨くモンスターによって、冒険者が永遠に帰らぬ人となるから。


 人は言う。

 ティリューゼルの存在を知っても、それを一目見たいと思っても、永遠の花畑には近付くな――と。


 *・*・


「来ちゃったなあ、永遠の花畑……」


 わたしは辺りを見渡しながら、大きく深呼吸する。


 花々の甘い芳香が、濃く感じられた。


「にしても、確かに危なそうな場所だねえ……」


 わたしは花畑を歩きながら、そう呟く。

 強そうなモンスターの気配が、既にひしひしと伝わってくるからだ。


 まあ危険であることは別にどうでもよくて、わたしがこの花畑を訪れたことがなかったのは、単純に花に興味がないからだ。ここが『永遠の果樹園』なら、多分余裕で来ていたと思う。美味しいは正義。


 では何故わたしが現在ここに来ているかというと、話は少し前に遡る。


 *・*・


「シャロンさんが、さいこうの花ハンター……?」


 不思議そうに瞬きを繰り返すトリエッタさんに、わたしは「そうですよ?」と微笑んだ。


「つまりわたしが、花を摘んできちゃおうってことですよ? ふっふっふ、お任せあれ!」


「えっ……えええー! い、いいのです……?」


「勿論です! 折角のお祝い事、わたしも何か力になりたいですし」


「わああ……あっ、でもそれだと、自分の力でよういしたことにならないのです……」


 しゅんとするトリエッタさん。やはりそこは拘りのポイントみたいだ。


 わたしは少し考えてから、提案する。


「じゃあ、こういうのはどうですか? わたしが花を摘んでくるので、後はトリエッタさんが自力でラッピング! ね、よくないですか?」


「た、たしかにそれだと、トリエの力も入っているのです!」


「よし、そしたらそうしましょうか! それじゃあ、ちょっと待っててくださいね……」


 わたしは、空間操作魔法を起動する。


 それから、その穴へと上半身を突っ込んだ。


「えーと、この本でもないし、この本でもなくて……どこに置いたっけわたし……んーと……あっ、ありました!」


「ちょ、ちょっと待ってえシャロンちゃん!」


「んあ?」


 目的の本を取り出したわたしに、ラナさんからストップが入る。


「どうかしましたか、ラナさん?」


「いやどうかしましたか、じゃなくて! もしかしてシャロンちゃん、空間操作魔法を食べ物の貯蔵だけでなく、本棚代わりにも使ってない!?」


「そうですよ? わたしの手持ち異空間は五個あるので、そのうちの一つは本置き場にしているんです。魔法の本とか、モンスターの本とか、図鑑とか、冒険者やってるとどんどん増えちゃうんですよねえ……」


「手持ち異空間とかいうパワーワード! そして、やっぱり魔法の使い方がおかしい気がするのー!」


 頭を抱えているラナさんに、わたしはきょとんと首を傾げる。


 それから、トリエッタさんの目の前に、持っている本を置いた。


「これ、何の本なのです……?」


「花図鑑ですよ? 身近な花から珍しい花まで、何でも載っているという訳です! さ、トリエッタさん。どの花が欲しいか、わたしに教えてください!」


「わ、わかったのです……!」


 トリエッタさんは、目をきらきらさせながらパラパラとページを捲っていく。


 その手が、とあるページでぴたりと止まって――


 疑問に思ったわたしは、そっと図鑑を覗き込んだ。


 *・*・


「にしても、ティリューゼルに興味を惹かれるなんてお目が高いよねえ……お母さんの花好き遺伝子を継いでるのかもな?」


 わたしはそうひとりごちながら、目の前に現れた二体の花を模す怪物ニーフィルンデを見つめる。


 毒々しい赤色の花弁を持つ花の頭に、細く長い手足を持つモンスターだ。基本的に、自然の多いところに生息している。


 こいつらはそもそも強いのだが、特に手足から伸びる蔦攻撃が厄介で、掠ってしまえばすぐに毒が回る。


 わたしは一瞬で解毒できるが、パーティーに相当な回復魔法の使い手がいない場合、全員毒にやられて捕食エンドだ。嫌なモンスターだなと思う。美味しくないし。


 ――まあそんな花を模す怪物ニーフィルンデにも、一つ大きな弱点があって。


 わたしは迫り来る蔦の攻撃をひらりひらりと躱しながら、高度破壊魔法〈水属性〉を唱える。


 二体の花を模す怪物ニーフィルンデの頭が欠ける。金色の血液が、花畑に降り注いだ。


 花を模す怪物ニーフィルンデたちはそのまま、ばたりと倒れた。わたしはふうと息をつく。


 ――そう、このモンスターは水属性を弱点とするのだ。


 花っぽいモンスターだから一見水属性が効く訳なさそうなのだが、何故かめっちゃ効く。逆に「花だし焼けるでしょ!」と思って炎属性を使うと、反射されてこっちが焼ける。この辺りも嫌なモンスターポイントだ。初見殺し。


「えーと、ティリューゼルは多分こっちの方で……」


 探索魔法を使いながら、わたしは花畑を進んでゆく。


「あ……あれっぽくないか?」


 思わず立ち止まった。


 少し遠くに纏まって咲いている花々の色彩が、先程図鑑で見たそれとよく似ていて。


 わたしは嬉しくなって、その場所へと駆け出そうとする。


 ――そのとき。


 背後から強い殺気を感じて、わたしはばっと振り返った。


 そこに立っていたのは、一回り大きな花を模す怪物ニーフィルンデ


 ……けれど頭の花弁は今までのような赤色ではなくて、暗い深海のような濃い青色をしていた。

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