第16話 少女トリエッタ

「それにしても、腹減ったなあ……」


 わたしは自分のお腹をさすりながら、そう呟く。


「今日の朝ご飯は何にしよっかなあ。肉もいいし、魚もいいし、野菜もいいし、ご飯もいいし、パンもいいし、麺類もいいし……はっ!」


 わたしは思わず立ち止まった。


 見れば、目の前には――わたしがこの町で最も推しているケーキ屋・ハシュティエルが!


 にやりと笑いながら、パチンと指を鳴らす。


「……甘いものも、勿論いい」


 わたしは頷いて、ハシュティエルへと足を踏み入れた――


 *・*・


「ありがとうございましたー!」


 店員さんに見送られながら、わたしは店を出る。


 右手に持っている箱には、甘くて美味しいショートケーキ、ほろ苦で美味しいチョコレートケーキ、濃厚で美味しいチーズケーキが入っている。


 何故三つかというと、一つは自分用、一つはラナさん用、一つは第二の自分用という訳だ。


 ラナさんには既に大変お世話になっているので、このケーキで感謝の気持ちを伝えたい。

 今朝は長めに眠るとのことだったので、まだ朝ご飯を食べてはいないだろう。仮に食べていたとしても、食後のデザート枠ということで。食べ切れなかったらわたしが余りを食べればいいし。


 そう考えながら、わたしは店の扉を閉じた。


 そのままラナさんの家に向かおうとして、


「ふっ、ふええええええん、ふえええん……」


 ――店の前で、めちゃめちゃに泣いている少女の存在に気付いた。


「え、だだだ大丈夫ですか!? なにごとぉ!?」


 わたしは驚きの余り、すぐに声を掛ける。


 少女は顔を覆っていた両手を下ろして、わたしを見上げた。


 歳の頃は十歳くらいだろうか。

 真っ白な前髪の下で覗く大きな翠色の瞳は潤んでいて、頬には今も涙が零れ落ちていた。


「ど、どうしたんですか? ええと、取り敢えずハンカチ……って持ってねえ! 自分の女子力の低さを忘れていました!」


 あたふたするわたしに、少女は首を傾げる。


「おねえさん、だれ……なのです?」


「ああすみません、自己紹介がまだでしたね! わたしはシャロンです。端的に言うと魔法での英傑です。貴女は?」


「……トリエのお名前は、トリエッタ、なのです」


 少女――トリエッタさんは、涙を拭きながらそう言う。


「トリエッタさんですね、よろしくお願いします! で、何があったんですか? 転んだりしましたか?」


「ううん……でも、かなしいことがあったのです」


「ふむ、悲しいことですか。お聞きしてもいいですか?」


「うん……じつはトリエ、今日、ケーキをよういしなきゃいけないのです」


「ああ、なるほど。だからケーキ屋の前に」


 わたしは頷いた。


「でも、トリエ、ぜんぜんお金ないのです。だから、かなしくて……」


「ふむ、なるほど。それなら、わたしが買ってあげましょうか? 実はわたし、金持ちなんです。しゃららら〜ん」


 そう言いながら、なんかかっこよさげなポーズを取ってみる。


 ちなみに金持ちというのは本当だ。この一年強、依頼をこなしまくった甲斐があった。


「うう、それはごえんりょするのです……」


「エエエッ! 何故ですか!?」


「トリエは、自分の力で、ケーキを手に入れたいのです」


「自分の力で、ですか……どうしてそこに拘るんですか?」


 わたしの疑問に、泣き止んだトリエッタさんは、少しだけ俯く。


「じつは今日、おかあさんのおたんじょう日なのです」


「エエッ、そうなんですか! おめでとうございますー!」


「うん。だから、自分の力で手に入れたケーキと、自分の力でかいたお手紙でおいわいしたくて……お手紙は、すでにかけているのです」


「あああ、なるほどです……」


 合点がいった。確かにそういう事情なら、その気持ちもわかる。


 でも、お金がないならケーキは自力で手に入らなくないか……?


 ……いや、待て。


 そんなことはないぞ!


「トリエッタさん!」


「ど、どうしたのです?」


 わたしはトリエッタさんに顔を近付けて、微笑んだ。


「そうしたら、こういうのはどうでしょう。素敵なケーキを、自力でつくるというのは!」


「うう、でもトリエ、ケーキのつくり方、わからないのです……」


「ふっふっふ、ご安心ください。実はね、わたしの友達にいるんですよ!」


 わたしはまた、パチンと指を鳴らす。



「――――ケーキのつくり方を知っている、最高のパティシエさんがね」

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