第2話 美少女の家にお呼ばれ

「お邪魔しまーす!」


 わたしは意気揚々と、ラナさんの家へ入っていく。

 ギルドから十分くらいのところにある、オレンジ色の屋根とクリーム色の壁が可愛らしい小さな一軒家だ。


「少し散らかってるんですが、気にしないでくださいね。シャロンさん」


「ああ、全然気にしませんよ? わたしの部屋の方が散らかり具合で言えば確実にやばいですし……ああ、それとそうだ、言い忘れてました!」


 わたしは振り返って、ラナさんへと人差し指を突き出す。


「敬語じゃなくてオッケーです! 全然お気軽に、タメ口で喋ってください!」


「あ、その方がいいんですか……じゃなくて、その方がいい?」


「はい、その方がいいです! あと、できればでいいんですけれど、えーと、そのですね……シャロンちゃんって呼んでほしいなあ……みたいな?」


「ほ、ほんと! そうしたら、そう呼ぶよ! えっと……シャロンちゃん! ふふ、ちょっと恥ずかしいね」


 ラナさんはそう言って、一億点満点の微笑みを零す。


「え……ええっ、シャロンちゃん!? どうしていきなり、床に倒れ込んだの!? だ、大丈夫!?」


「だ、大丈夫ですよ? ちょっと、余りの尊さにノックアウトされただけなので……」


 わたしは立ち上がって、ラナさんに向けて笑顔で親指を立てた。


「余りの尊さ……? よくわからないけれど……あっ、そうだ! シャロンちゃんも、敬語じゃなくて全然大丈夫だよ!」


「あ、わたしは女の子に対して敬語を使うようにしているので、このままいかせてください」


「そ、そうなの? えっと……女の子に対して、ってことは、男の子には違うの?」


「はい、男にはバリバリタメ口です」


「な、なんか、思想を感じる……! シャロンちゃんから、今すごく思想を感じたんだけれど、気のせいかな!?」


「気のせいです、気のせいです!」


「そうかなあ……あ、リビングはこっちだよ! ついてきてね」


「ついていきます。たとえ地獄の果てでも」


「何だか物騒だなあ……」


 ラナさんは困ったように笑った。可愛い。


 彼女の背中を追うように、わたしは廊下を進んでゆく。


 ラナさんが突き当たりの扉を開くと、そこにはぽかぽかとした陽だまりのリビングがあった。


 家具はそこまで置かれていない。

 特筆すべきは、備え付けられた大きなキッチンだろう。

 広々としていて、様々な調理器具まで用意されている。

 この家の内装自体はシンプルな印象なのだけれど、このキッチンだけは高級感が漂っていた。


 期待感に包まれたわたしは、ごくりと唾を飲む。


「えっと……確かシャロンちゃんは、ジャムクッキーが食べたいんだよね?」


「ええ、そうです!」


「そうしたら、そこのクッションに座って待っててくれるかな? 何回もつくったことあるし、今家にある材料でできると思うから!」


 ラナさんは両手をグーの形にしながら、頑張るぞ! という感じの微笑みを浮かべた。


「ひゃあ! ま、またシャロンちゃんが床に倒れ込んじゃった! だ、大丈夫……!?」


「大丈夫ですよ? ちょっとまだ、仲良くなりたてで耐性が付いてないだけですので……多分……」


 わたしはのそのそと起き上がり、思い出したように口を開く。


「ところでラナさんは、どんなジャムを使う予定でしたか?」


「ジャム? 買ったばかりの美味しい苺ジャムがあるから、それを使おうと思ってたよ!」


「なるほどです……それも魅力的なんですが、できれば今日は、ジャムからつくっていただきたいんです」


「ジャムから……! 全然大丈夫だけれど、ちょっと時間が掛かっちゃうかも」


「幾らでも待ちますので! ありがとうございます、その際に使があるんです」


 わたしはそう告げて、空間操作魔法を唱える。

 すぐに、空気中に真っ黒な穴が生まれた。


「え……ええっ!? それってまさか、空間操作魔法……!? すっごく難しくて、使える魔法使いはほんの一握り、って聞いてるけれど……!」


「ふふ、わたしは訳あって魔法を極めようと思っているんですよ? えーと……お、あったあった」


 わたしは真っ黒な穴から、用意しておいた例の苺をすっと取り出した。

 もう一度空間操作魔法を唱え、穴を消失させる。


「はいっ、この苺です! 今朝、幻死まぼろしの森で摘んできた新鮮なやつです」


「ええっ、えええっと、ちょっとシャロンちゃん、ツッコみたいところが二つほどあって!」


「んあ? 何ですか?」


「一つ目としては、空間操作魔法とかいう超高度な魔法を、食べ物の貯蔵に使ってるの!? ということで!」


「いやこれ、すごく便利なんですよ? 簡単によくわからん異空間と繋がるんですが、どうしてかめっちゃ寒いので、冷蔵庫代わりになるんです」


「多分使い方間違ってると思うの! そして二つ目としては、幻死まぼろしの森って、入ったら二度と帰って来れないって噂の、すごく危険なところだよね!? あ、危ないよー! 危ないよ、シャロンちゃん!」


「いやでも、ここの苺が一番美味しいんですよね。あとあの森の雰囲気が好きなので、よくお散歩してるんです。そよ風が気持ちいいんですよ? まあ時々、植物に擬態したモンスターがわたしのことを食べようとしてきますけれど」


「危ないよおおおおおお!」


 ラナさんが頭を抱えている。そんな姿もキュートだ。


 彼女は大きな溜め息をついて、「まあいいや……」と呟いた。何かを諦めたらしい。


「そうしたら、この苺を使って、シャロンちゃんにジャムクッキーをご馳走するね! 待っててね!」


「はーい。ありがたやです!」


 わたしは期待に胸を高鳴らせながら、先程言われた通りクッションに座って待つことにした。


 ジャムクッキー、楽しみすぎる……!

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