第7話 夜行性の生き物だから、日陰者。
「ウィリー見て! これよ、これ! これが欲しかったの~!!」
暁美さまは今まで見たことがないほど顔を輝かせて、たった今手に入れた電子文房具を嬉しそうにパッケージごと抱き締めていた。
何しろこの電子文房具は文房具マニアの間で大変話題の商品らしいが、販売初日に手に入れられなければ以後はなかなか購入が難しくなってしまうような代物だったようだ。
今回の購入の際も、混雑と混乱を避けるため、購入希望者はまず店側から整理券をもらわなければならず、購入可能時間帯を指定された状態で買いに行かなければならないようになっていた。
暁美さまが受け取った整理券には、恐らく最終ブロックだろうと思われる時間帯が記載されていた。
指定された時間まで二、三時間はあったので、暁美さまと私は近場の店でウィンドウショッピングをしたり、カフェで過ごしたりして楽しんだ。
そしていざ指定された時間帯に店へと赴いてみると、同じ時間帯の購入希望者の行列がすでにできていたので、暁美さまと私は慌ててその列に加わったのだった。
そうやって暁美さまは何とか無事に目当ての商品を購入することができたのだ。
踊り出しそうなほどはしゃいで喜ぶ暁美さまを見て、私もつい嬉しくなる。
暁美さまはこの商品が公に発表されてからずっと発売を心待ちにしていたことも、待ち時間の際に教えてくれた。
暁美さまは透明のパッケージに収められている電子文房具を時折うっとりとした目で眺め、そしてやはり胸の前で大事そうに抱き締めて、まさに幸せの最中のようだ。
あまりに嬉しそうなので、「良かったですね」と私が言うと、暁美さまは歯を見せるほどの笑顔で
「うんっ! ありがとう、ウィリー!」
と礼を言ってくれた。
家の中ではなかなか感じられない、外気をたくさん含んだ風が暁美さまの髪を揺らした。
普段暁美さまは外出もされないから、このまま少し外を歩かせてあげたい気もする。
……しかし、と私は自分の楽観的な思考をすぐに取り消した。
しかし、やはり時間帯は夜。それも大分遅い時間だ。酒に酔った人間も通りに多いし、自分の身体を商品にしていると思われる女性たちも、道のそこかしこに立っている。
彼らが悪いと言うわけでは決してないが、……暁美さまをあまりこの場に長居はさせない方が良いだろう。
私が、暁美さまを危険にさらす何もかもから守ってあげられれば良いのだが、あいにく私は護衛用アンドロイドではない。会話と家事だけが得意な家庭用アンドロイドだ。
……『守れなかった』、なんて、そんなこと思ったって、その時にはもう遅いのだ。
私は暁美さまへ、そろそろと帰宅を促そうとした、……その時だった。
「――……アッレぇ?
突如暁美さまの背後の方から、いやに馴れ馴れしいまでの声色が投げかけられた。
(柏木霊……?)
私はその呼び名に嫌な引っかかりを覚え、眉をひそめた。
私も一緒に立ち止まったが、反射的に振り返った暁美さまの方がその声の主を見つけるのが早かった。
暁美さまが振り返った先には、暁美さまと同い年と思われる少年少女が四人立っていて、暁美さまをいかにも見下すような、そんな目線を四人の全員が寄越していた。
「あ……」
それまで輝いていた暁美さまの顔が、一気に蒼白に染まったのを私は目にする。
同じく暁美さまの表情の変化を見た少年の一人が、意地悪そうに顔を歪めて、
「ああーそっか、霊は夜に起きてるんだっけかァ。そーぉだよな! 霊だもんな! え、で、なに、学校は行かねーで、夜遊びしてんの?」
と鼻で笑いながら言う。
隣の少女がそれを受け「霊、良ーいご身分ー!」とゲラゲラと笑う。
どうも先ほどから少年たちが口にしている『霊』というのは、暁美さまのことを指しているようだった。
あまり聞きたくはなかったが「暁美さま、ご友人ですか?」と念のために確認すると、暁美さまは青ざめたまま「く、クラスメイトなの」と震えた小声で返した。
少年少女たちは暁美さまの肩を掴み、そして一気に取り囲んでしまった。
あまりに良くない気配を感じて、私が慌てて「暁美さま!」と声を上げると、少年のうち一人が「『あけみサマ』! だってェ!!」と嘲笑した。他の三人も含めて、一気に大笑いだ。
中心に置かれた暁美さまだけが、怯えたように笑っていない。
少女のうち一人が暁美さまと私を交互に見て、嘲りの気持ちを隠すこともなく鼻で笑う。
そして、俯き続ける暁美さまに向かって言葉を放った。
「良ーいよねぇ、霊はさァ。眠ってサボってばーっかのくせに、こんなアンドロイドまで持っててさァ」
少女の言葉に、暁美さまが強く唇を噛んだ。それを見た私は堪らず、
「暁美さま、もう帰りましょう」
と、少年少女たちから奪い返すように暁美さまの手を取った。
その場を去ろうとした私たちだったが、しかしそれは、……今度は少年の一人によって阻止されてしまう。
暁美さまの手から、かの電子文房具が取り上げられてしまったのだ。
「返して……ッ!」
暁美さまの悲鳴のような声が上がる。
「お、コレ最新型のヤツじゃん。なんかの広告で見たわ。霊こんなのまで持ってんの? さっすが~」
少年の声は明らかに嘲りだった。
少年は何の断りもなく透明パッケージをバリバリと破いて捨て、電子文房具を取り出してしまった。
そのまま少年は手の中でひどく雑に電子文房具を扱いながら、必死に手を伸ばす暁美さまを避け続ける。
「返してよぉ……!」
暁美さまはどうにか取り返そうとするがそんな必死なさまを見てまた、意地の悪い笑いが巻き起こる。
そして次に少年はニヤリと笑ったかと思うと……、暁美さまの電子文房具を、人が多く往来する道の方へと向けてポイ、と放り投げてしまった。
「あ……っ!」
暁美さまは泣きそうな声を発して、それを追う。
しかし往来の人の多さが邪魔をして、すぐには発見できなかったようだった。
暁美さまが地面を必死に探すその姿を見て、少年少女たちはゲラゲラと笑った。
少女の一人が暁美さまを見下した目で見て言う。
「夜に出てきて地べた這ってさァ、もう霊っていうかゴキじゃん。あいつ名前今度から『ゴキ霊』で良くね?」
少女の発言に、どっと笑いが起こる。
「ゴキ霊! ひでぇ! 良いじゃん!」
「キモすぎてマジあいつにピッタリ~!」
相変わらずゲラゲラと笑い続ける。
……彼らは何が面白いのか、私にはさっぱりわからないがそれは私が機械だからというわけではないだろう。
私は彼らを何らかの方法で糾弾してしまいたい衝動に駆られたが、どうにか気持ちを落ち着けてそれを堪えた。
家庭用アンドロイドがそんなことをしてしまったら、契約主である柏木家に迷惑がかかってしまう。
たとえ、今すっきりした気分になれたとしても、後々暁美さまが責められてしまう要因にもなりかねない。
それでは、相手の思うつぼだ。
地面を探し続ける暁美さまを横目に、飽きたとでも言わんばかりにその場を歩き出す少年少女たち。
ようやく解放してくれると思ったが、少女の一人がわざわざ振り返って口を開いた。
少女は往来で涙目になっている暁美さまに向かって、やけに仰々しく息を吸った。
「ちゃぁんと日中起きていられるようになりましょーねぇ、『居眠りサボりの柏木』サン!」
と、少女はあまりに聞えよがしな大声を言い放ったのだった。
他の少年少女の誰かが「あんたセンセのモノマネ上手すぎ!」と笑い声を上げた。
そのまま少年少女たちは、相変わらずゲラゲラ笑いながら雑踏の中に消えて行った。
私が暁美さまのもとへ駆け寄った時には、暁美さまはすでに地面を探してはいなかった。
じっと下を向いて、唇を強く噛んで拳を震えるほどに握りしめていた。
――いけない、
私の中のAIの壊れた部分が透明な悲鳴を上げて警鐘を鳴らした。
私は急いで暁美さまの手を掴もうとした。
でも。
……私の合成ビニール素材の手は、震えるやわらかなその手まであと四ミリメートル距離が足りなかった。
「暁美さま……ッッ!!」
私の呼ぶ声は、夜陰に吸い込まれてしまって暁美さまへ届かない。
暁美さまはその滴った涙を振り切るように。
……一人きりで、夜の中へ駆け出して行ってしまったのだった。
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