第5話 真夜中の昼食、お日さまの味。

 暁美さまの生活は思ったよりもずっと規則正しいものだった。

 ……ただし食生活の方面を除いて、ではあったが。

 

 暁美さまは毎日夜の十八時きっかりに目を覚ます。

 そして夜中に家事などをこなしつつ、勉学も毎日欠かさずきちんと勤しむ。

 ……ちなみに勉学の合間には愛読の雑誌や図録(どれも文房具関連らしい)を端末で読みふけっている。

 その後、次の日の朝方七時になったら必ず就寝する、といった生活サイクルだった。

 昼と夜が逆転してしまったことと、手軽にインスタント食品で済ましがちだったという食生活以外、生活が乱れているようなところは私の目からは窺えないほどだった。

 同じく私も、朝方の八時から夕方の十六時を基本的な充電時間と設定している。

 毎日暁美さまの就寝を見届けて、最後に残っている簡単な家事を済ませてから、自分も充電椅子へと向かうという生活を送らせてもらっていた。

 私に家事を任せられるようになったので、今まで平日の家事をこなしてきた暁美さまは最初、どこか手持ち無沙汰な気分になってしまったようだった。

 でもその分、勉学にあてたり、趣味の時間を増やしたりできたようだった。

 暁美さまは日に日に、私に笑顔を見せてくれることが多くなっていった。

 


 ……そして、私が柏木家へ来て一ヶ月ほどが経ったある日のことだった。

 柏木家の玄関に、いつもより大きな箱の宅配便が届いた。

『いつもより』というのは、柏木家では生活の都合上、日用品から食料まで大抵の買い物を通信販売で賄っており、宅配便の箱が届くのはほぼ毎日のことだからだ。


「今日は随分と箱のサイズが違いますね。どなたか、大きな買い物でもなさったのでしょうか」


 受け取った宅配便の箱をリビングへ運び、私が首を傾げていると、ちょうどリビングに顔を出した暁美さまが駆け寄って来た。

 箱を目にした暁美さまの顔がぱっと輝いた。


「あっ! 今日の宅配便来た? えへへ、今日はお父さんとお母さんに頼んで良いモノを買っちゃったんだよね~」


 今回何か買い物をなさったのは、どうやら暁美さまだったらしい。

 届いたのが相当嬉しいのか、箱の梱包を解きながら「ウィリーも見て見て~」とかなり上機嫌だ。


「じゃんっ!!」


 と、暁美さまは満面の笑みで箱を開ける。

 その中に入っていたのは……。


「――……これは、『オイルスープ』?」


 私は箱の中に大量に入っていたものを目にして、思わずその通称を口にする。

 暁美さまは至極嬉しそうに「そうそう!」と私の言葉を肯定した。


『オイルスープ』とは、いわばアンドロイド用の『経口摂取用オイル』のことだ。

 ルクルト・フレール社が初めに開発したが、今は様々な企業が売り出しており世界中で随分と普及している商品でもある。

 ……『ご家庭のアンドロイドが、“人間らしく”食事ができるように』、そんな謳い文句で発売された商品で、形状が液状のためスープに見立てられることから、世間では『オイルスープ』と通称がついている。

 アンドロイドの口から流し込まれたこのオイルは特殊なメンテナンスオイルとして機能し、さらにそうやって持続的に摂取することで、アンドロイド管理者のメンテナンスにおける負担を、多少軽減することができるという代物だった。


「私、ウィリーと一緒に食事がしたくって」


 暁美さまは上機嫌のままそう口にする。

 

 その言葉に私は一瞬、かつての主人が『一緒に食事をとりましょう、ウィリー』と、やわらかな微笑みを向けてくれたのを思い出した。


 自分の中に内蔵された時計を確認すると、夜中の0時の少し前を示していた。

 暁美さまの『昼食』にはちょうど良い時間帯だった。

 私はキッチンに用意していた暁美さまの昼食をテーブルの上へと並べる。

 横で暁美さまが箱から『オイルスープ』を一つ取り出して封を切り、大きめのスープ皿へと注いだ。

 それを嬉々として自分の席から見て正面の席へと暁美さまは置く。

 ご丁寧にスプーンまでスープ用のものを用意してくださった。


「さ! ウィリー、一緒にごはん食べましょう!」


 言って、暁美さまは私が自分の正面の席に座るのをきらきらとした目で待った。

 何だか久しぶりの行動に若干の気恥ずかしさを覚えつつも私が席に着くと、暁美さまはとても満足げな表情を見せた。

 私たちは向かい合って食卓に着き、揃って「いただきます」と手を合わせ、そして向かい合って食事を口にした。

 時刻は深夜の0時すぎ。

 窓の外は真っ暗で、時折聞こえる車の音以外、しんとして静まり返っている。

 そんな中、私と暁美さまは真夜中の『昼食』を一緒に楽しんだ。


――『食事は、誰かととるのが一番よ。人間も、アンドロイドもね』……。

 

 私は、かつての主人がそう言っていたのを、ふと思い出す。

 私は、大きめの皿に湛えられたスープをスプーンで掬って、ゆっくりと口から体内へと流し込む。

 残念ながら私に味覚に相当する機能は備わっていないので、スープの本当の味はわからなかったが、それでもきっとこれは甘くて、ほんのりしょっぱいのだろうと思った。


「じつは私、このスープは大好物なんです。……とっても、美味しいですね」


 自然と笑みが零れた。……私も、暁美さまも。

 夜がひしめく世界の中で、このリビングの中だけがお日さまのもとのような、そんなあたたかさで満たされているような気がした。

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