第11話 強襲!ワタニー城!


 翌朝、朝食を終えたところでカヴァリは改めて妹と共に父親に呼びだされた。

「それで……トナリ地区の魔女の家に入り浸っていたと?」

 鋭い目に睨みつけられ、ビクリとカヴァリの身体が緊張する。昔から、父の子の目が苦手だったことをカヴァリは思い出す。ワタニー城に帰還した彼は、最低限の身なりを整えて当主である父の前に立っていた。当主である父親の執務室は黒く、執務机のそばには古めかしい甲冑と、ワタニー家の四肢の紋章が飾られている。壁には歴代当主の肖像画が飾られ、カヴァリを見下ろしている。この部屋もカヴァリは昔からずっと苦手だった。

 口をつぐんだカヴァリの代わりにレオナが答える。

「兄上は大魔女サーヘラの弟子、あの魔法の使えないヌーラと一緒にいました。挙句の果てにそのヌーラのことを強い、などと」

「あの国王陛下さえ一目置く大魔女サーヘラの弟子が魔法の使えない子を弟子にしたと聞いたときには、心底呆れたものだ。まったく、我らワタニー家も舐められたものよ」

 ふぅ、とため息をついて、黒衣に身を包んだワタニー家当主は首を横に振る。胸についた金獅子の紋章がぴかぴかと光っている。

「カヴァリよ、反抗期もほどほどにしなさい。お前はこの栄えある軍人貴族ワタニーの後継、その自覚を持て。お前は誰よりも強くなければならない。国王陛下の剣となり盾となるべく、何人をもねじ伏せる強さをな」

 生まれてから何百回と聞かされた言葉だ。曰く、カヴァリはそのために生まれたのだそうだ。父は負けることなど許さなかった。負けるたびに鞭打たれ、殴られ、それが嫌でカヴァリは必死に勝ち続けた。勝ったら父でなくとも誰かが褒めてもらえるだろうと思っていたのに、母は腫れた頬で「褒めて」と泣き笑いする息子を不気味がり、父は勝って当然だと言った。敵を倒して殺す魔法を鍛え上げ、そうして入学した貴族学校でカヴァリに敵う者などいなかった。ひとつ勝つたび賞賛と共に、侮蔑と恐怖の眼差しを注がれた。誰もが彼を遠巻きに眺め、その魔法の苛烈さに顔をしかめた。最終的にカヴァリが勝利の果てにたどり着いて手にしたのはそんな虚しいものだった。

(虚しい強さだ。今までおれが追い求めていたものは)

 だが、次期当主任命を拒んで父と戦い、大敗を喫して逃げた先で見たヌーラは「強さ」はそんな虚しさとは無縁だった。

 カヴァリは奥歯をかみしめ、そして父を睨みつけた。

「敵をねじ伏せる強さ? それが何だって言うんだ。ヌーラはおれなんかよりももっと強いぞ!」

「愚かなことを」

「おれたちがこれまで戦って、どれだけの部下を、どれだけの敵を傷つけて殺した! だけどヌーラは衝突を避けようとする。壊すだけの魔法を振るって誰かを怖がらせるおれとは違う。傷を治して、ありがとうって言われて、頼りにされるんだ。それは、ただ誰かを傷つけて、何かを壊すよりもずっと価値のあることだ! 自分よりも強い奴に、勇気を振り絞って立ち向かえるんだ! おれが、貴族学校で負け無しだったおれが、あんたに逆らえず怖がってばかりだったおれが出来なかったことがヌーラにはできるんだ。それは、おれよりもっとずっと強いってことだ!」

 ワタニー家当主は呆れたようにまたため息をついた。その手に炎の剣が握られている。思い出す。そう、自分は父譲りのこの魔法が大嫌いだった。

 燃える剣先が鞭のようにしなりながらカヴァリの胸元にあてがわれる。

「カヴァリよ、お前はまさか自分が強いとでも思っているのか? そんな強さも、そんなあり方も、圧倒的な力の前には無力なのだ」

 得物が高く振り上げられてカヴァリを打ち据えんとする。その瞬間。

「旦那様、大変です! 今しがた、城内にトナリ地区の輩が……!」

 駆け込んできた警備兵の言葉が最後まで発せられることは無かった。後ろから派手な爆発音が聞こえ、わぁわぁと混乱したような声がしている。

「何ッ? 城内に?」 

 当主と妹レオナは焦ったように窓から外を見る。城からトナリ地区へはだだっ広い野原を挟んで目と鼻の先だが、仮にも騎士が務めるこのワタニー城にそうやすやすと侵入できるはずがない。

「それが、トナリ地区侵攻のための準備で人手が足りておらず……!」

 向こうの方からボカンボカンと続けざまに爆発音がして、濛々と煙が立ち上って来る。

「それに何だ、この奇妙なにおいは」

 レオナが顔をしかめる。妙に青臭いその匂いに覚えがあって、カヴァリの琥珀色の瞳が輝きだす。

「父上、レオナ、そこを退いて頂く」

 そう言った彼の手に、炎の剣が握られている。そのまま抜刀の動きで炎が噴き出す。その凄まじさに、さしものワタニー家の猛者たちも目の色を変えて己の剣でそれを受け止める。反撃の隙を与えないまま続けざまに斬り込んだが、当主は悠々とした動きでひとつ大きく武器を振った。燃え盛る炎が四肢の形になってカヴァリを頭から飲み込まんとして襲い掛かる。だがカヴァリは引くことなく、むしろ一歩踏み込んで己の炎の剣を構えた。

「我が息子ながら、なんと愚か! 敵わぬことも分からず自ら死に飛び込むか!」

「……こんな弱いおれを、ヌーラは信じてくれたんだ」

 父の言葉に対して、カヴァリの言葉はむしろ囁くようで。けれどそれは確かに彼の耳に届いていた。

「お前は弱くなんかないぜ。なんたって、俺みたいな偏屈をを味方につけてこんな無茶をさせたんだからな」

 耳馴染みのある声がいたずらっぽく言ったかと思うと、爆発音など目にならぬほどの激しい破裂音が部屋中に響いた。これにはいかに古強者ワタニー家当主と言えどたまらない、集中を切らし、炎の獅子は急激に姿を崩す。ワタニー家当主が突然の闖入者の姿を確認する暇などない。隙をついてカヴァリは剣を構えなおす。それが色を変え、形を変え、黄金に輝く炎の獅子となって父と妹を一度になぎ倒し、そのまま誇らしげに鬨の声を上げた。

「き、貴様、大魔女の子か!」

 父親の言葉に、闖入者は手元の爆竹をもてあそびながら包帯や湿布だらけの顔でニンマリと笑う。そこで他の侵入者たちも追いついて、カヴァリの無事を確認した。例の自警団の若手5人組に、自ら侵入に立候補した面々だ。

「くそ、カヴァリ! こんな2人がかりで私と戦ってそれで勝ったなどと思っているのか!」

「思ってるよ。こんなに怪我してるのにおれの味方をしてくれたり、一緒に戦ってくれる人がいる。それがおれの強さだから。そういう強さを持っているのなら、おれは世界で一番弱くていい」

 そう言って、カヴァリはヌーラに近寄って彼を抱きしめた。それがあまりに力強かったので、全身傷だらけのヌーラは痛い痛いと文句を言って、身体を引きはがし、そのままカヴァリの手を引いた。

「……行くぞ」

「どこに?」

「トナリ地区」

 言うが早いが、トナリ地区から侵入した者は素早く窓から飛び降りた。自警団ヴァトが氷のスロープを作って、全員がそこから草原に滑り降りる。草原に待機させていた馬を口笛で呼び寄せると、そのままトナリの森の方向へと駆けていく。その一団を見下ろして、ワタニー家の父親は執務机を叩いて声を荒げさせた。

「くそ、カヴァリめ! どこまでも私に逆らうと言うのか! だがトナリ地区のやつらも愚かなことだ」

 震える声に笑いを滲ませ、執務机の傍の甲冑に歩み寄る。

「貴族子弟の誘拐ということであれば、こちらがトナリ地区に堂々と攻め入る根拠ができる。レオナよ、騎士団に出撃の準備を」

「お待ちください、父上、あれを!」

 レオナが声を張り上げ、窓の外の一点を指さす。剣ダコのできた指が示すそこに揺れているのは、青地に銀糸で刺繍された狼の紋章。それが意味するところを知らぬものはこの王国に一人もいない。

「あのトナリの町に掲げられているのは国王陛下の紋章です!」

 ワタニー家当主が愕然と立ち尽くした。それだけでその顔が10ほど年老いたようになる。ガクガクと震える膝を必死に支えながら、貴族の当主はその当たり前の事実を確認した。

「つまり……トナリ地区が王国直轄領トナリ領になった、と?」

「その通りさ」

 返事は女の声だった。窓の外、空飛ぶホウキに腰かけた黒い三角帽子の女が楽しそうに笑っている。

「そう、ついさっきまでトナリ地区と呼んでいたあの一帯は今この瞬間から国王陛下が直々にお治めする天領となった。それの意味することが……分かるね?」

 女はにこりと笑う。他の貴族が治める領土に、領主の許可無しに武力を侵入させてはならない。それが国王の領土であればなおさらだ。ワタニー家によるトナリ地区の武力での接収はここに、完封されたことになる。ワタニー家当主は唸り声をあげ、感情のやり場を求めて女を罵った。

「貴様、サーヘラ、お前の差し金か! 国王陛下を味方に付けて自分の地を守るなどと!」

「ふふふ、強いだろう? 私の弟子は。あれはうちのヌーラの考えさ。そりゃあ最後にちょっとばっかり陛下に御口添えはしたけどね。もともとトナリ地区なんていう、貴族の領地でもないし自治区でもない微妙な立ち位置のトナリの土地を陛下たちは持て余していたんだよ。それを利用しただけさ」

 それじゃあね、と軽やかに笑って大魔女サーヘラはホウキに乗って王国旗のひるがえる方へと飛んで行った。

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