第8話 リベンジはトナリの町

「こンのバカ! マジでなんでこんな流れになってるんだよ、俺を巻き込むな!」

「君は毎日欠かさず格闘術の鍛錬をしていた。おれが皿を割りまくり服を破りまくり一日のスケジュールを台無しにした日だって、だ。そんな君が彼らに負けるはずがない」

「馬鹿じゃねぇの?! 昨日の夜話しただろ、俺は2年前あいつらに完膚なきまでに負けたんだ。魔法も使えない俺があいつらに勝てる訳ねぇだろ、しかも相手は5人だぞ!」 

「……じゃあ、2年前から今日まで一日も欠かさず武術の鍛錬を行っていた? どうして、その荷物入れにグローブとブーツを入れた?」

 カヴァリに持っていたカバンを指さされ、ヌーラの身体がギクリと強張る。師匠サーヘラが弟子のためにこしらえた魔法道具、魔道グローブ(仮)改7.5と魔道ブーツ(仮)試作改9。試作品に師弟で改修を重ねたそれは、着用者の膂力脚力を増強させる補助道具の一種である。元はと言えば、トナリの町の学校で酷く侮辱され一時は自分の部屋に閉じこもったヌーラを元気づけるために大魔女サーヘラが作ったものだった。

「魔法以外でも戦う方法はあるし、戦うこと以外でも強さは示せる」

 そう言った養母からの贈り物は成長に合わせて作り変えられた。2年前もヌーラはこの魔道具を装着して戦い、そして負けた。

 カヴァリの琥珀色の目に見つめられ、ヌーラは視線を逸らした。 

 一方町の人々は、町役場の正面で何やら試合の準備のようなことを始めだす若者たちに気づいて足を止める。そして、若者たちの顔を確認すると互いの顔を見合わせて口々に言う。

「ヴァトじゃないか。エレドナにユーリカ、タダン、テポもいる。将来の団長候補がみんな揃ってどうしたんだ?」

「なんでも、ヌーラと戦うらしいよ。例の行き倒れが彼の味方をするらしいけど」

「ま、ヴァトたちがヌーラを嫌がる気持ちは分からねぇでも無いけどな。ワタニー城がこのトナリ地区の魔法石の採掘場を狙って襲撃してくるかもしれねぇんだ。その、ヌーラじゃちょっと……」

「自警団の団長たちはどこにいるんだ、止めろよこんな同じ地区内の人間の争いなんて」

「でも、魔法も使えないヌーラが大魔女サーヘラ様の守護役代理というのはやっぱりちょっと不安だわ。ヌーラの実力を見たい気もする……」

「でも2年前のはやりすぎだったよな。顔なんてパンパンに腫れてさ、後で聞いたけど骨にヒビ入ってたらしいぜ。あれじゃリンチだ」

「ヴァトは王都の騎士団志望だったから、なにか思うところがあったんじゃないかしら。……でも、あの時のヌーラにはちょっと勇気づけられたわ」

「え?」

 そこで群衆の声が途切れた。苛立たしげなヴァトの声が響く。

「おいヌーラ、いつまで喋ってる気だ!」 

「ちょっと黙ってろヴァト! 今はカヴァリと喋ってる!」

 だが負けじとヌーラが言い返す。その語気の強さと言えば、思わず周囲の者がひるんだほどだ。だがたった一人、カヴァリだけが怯まない。真正面からヌーラの肩を掴んで確信めいた口ぶりで言った。

「彼らに一番勝ちたがっているのは君自身だ、ヌーラ!」

 僅かな沈黙を挟んでヌーラは心底悔しそうに「くそッ!」と罵り、そのままカヴァリの胸ぐらをつかんだ。

「記憶喪失のくせに良く回る口だ」

「その分、君のことはよく記憶している」

「……お前がそこまで必死になる理由がわからねぇな」

 言い合いでは分が無いと断じたらしい。ヌーラは無理やり話題を変えて、カヴァリの強引さを言外に咎める。だが彼は悪びれる様子もなく、肩まで伸びた金髪を揺らし、若獅子のような精悍な顔立ちに自身をみなぎらせて言い放った。

「おれはおれの尊敬している人を侮辱されて黙っていられるほど穏やかな男ではないのだ」

 それで、ヌーラは抵抗をやめた。2年前、敵わないことを知りながらも彼がヴァトたちとの勝負に臨んだのは大魔女サーヘラを、尊敬する人を侮辱されたからだ。「魔法も使えないヌーラなどに自身の代役を任せるなど大魔女様はどうにかなされてしまったとしか思えない」などと。

 ヌーラは黙ってカヴァリの手を握る。そして深呼吸を一つして言った。

「勝つぞ」

 ただ一言、決然としたその響きにカヴァリは大きくうなずく。自警団の若者たちはそれが我慢ならないようで頭に来たとばかりにヌーラたちを罵るが、当人はそれを無視してカバンの底に仕舞っていた魔道具を装着する。鎧を模した魔道具を腕と脚に装備して、カヴァリと共に並び立つ。それが戦闘開始の合図だった。

 すでに武器や杖を構えていたヴァトたちが一斉に魔法をけしかける。単純だが圧倒的な質量で押し迫る氷と風の壁。周囲にいた誰もががわっと声を上げて防御の姿勢を取りながら、この一撃でヌーラとカヴァリが大ダメージを負うと予想した。

 だが。

「見ろ、氷が溶けてる!」

 誰かが指さした先で、炎が燃えていた。それは術者自身を包みながらも眼前に押し迫った氷だけを溶かしている。驚くヴァトたちを空から強襲する影がある。影、否、ヌーラが繰り出すのは強烈な蹴り。防御が間に合わず倒れこんだのは後衛のダタン。起き上がるのを阻むように炎が飛び込んでそれを制した。カヴァリの炎である。着地したヌーラにヴァトが斬りかかるが、ヌーラは素早い身のこなしでそれを躱して立ち上がる動きのまま、ヴァトの腹部をめがけて拳を打ち込む。だがそれを許すヴァトではない、防御のために剣をかざす。だが拳の勢いを殺すことはできず、刃にひびが入った。

「なんだ、その力は……!」

 信じられないとばかりに呟いたヴァトが大きく後退する。ヌーラの追撃を阻むように倒れたダタン以外の三人が、三方から魔法や武器を構えて襲い掛かる。

 不意に、バチバチと炎の燃える音がした。ゴウと啼いて横薙ぎに振るわれた炎の剣が、ヌーラの後方にいた自警団員テポに打ち付けられた。それと同時にヌーラは素早く屈んで地面に手を突き、足を振り上げて右手から斬りかかるユーリカの首をしたたかに蹴りつけた。だが、ひときわ大柄なエレドナがヌーラの足を掴んで振り上げてカヴァリの方に勢いよく投げ飛ばした。2人そろって体勢を崩して倒れこむ。だが二人がそのまま倒れ続けるわけにはいかなかった。周囲の空気が冷えはじめ、彼らをめがけて巨大な氷の剣が突っ込んだ。ヴァトの操る魔法である。

「ヌーラ、跳んで!」

 とっさに反応したのはカヴァリだった。ヌーラの身体を掴んで彼を立たせる。ヌーラは投げ飛ばされた衝撃に半ば呆けながらも魔道具で強く地面を踏みしめてカヴァリを抱えて跳び上がる。その足元を巨大な剣が滑る。だが、目標を失った巨大な氷塊はそのまま術者の意思を反映し、空に浮き上がったヌーラたちを追いかけ始めた。

「とりあえず避難だ!」

 ヌーラがグッと宙を蹴って、町役場の屋根に立った。さすがに町の施設を巻き込むことを恐れて、氷の剣は彼らを照準にとらえながらも動きを止めて滞空した。

「あれは直撃するとまずいな。くそ、詰んだか? 今回は良い線いったと思ったんだが……」

 ヌーラが眉間に皺を刻んで悔しげに呟く。だが、カヴァリはいつものように笑って言った。

「なに弱気になってるんだい。こんなの一時的撤退、戦略的撤退。勝ちに行くための手段の一つだよ。……でも、どうしたものかな。おれたちがここを出て攻撃に転じた瞬間、一気にあの氷が襲い掛かって来るぞ」

 首を傾げ始めたカヴァリをしばし黙って見つめていたヌーラだったが、不意にポンとひとつ隣の屋根に飛び移って身を丸めた。追尾して彼の上半身を狙っていた氷の剣は、狙いどころを失ってまた宙に浮いて待機状態に戻る。魔道ブーツで屋根を蹴ってカヴァリの隣に戻ろうとしたところに、下から強風が吹きつけた。

「やば……ッ!」

 身体が不自然に浮き上がり、ヌーラの足が屋根から転げ落ちそうになる。けれど間一髪、カヴァリの腕が伸びて彼をとっさに抱き留めた。

「大丈夫か?!」

「平気だ、それより出るぞ!」

「作戦は?」

「……せっかくデカい武器をあっちが用意してくれたんだ。利用させてもらう」

 ヌーラがにやりと笑った。 

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