第2話 町の自警団との確執

 トナリ村から魔女の家に続く森の中の道を荷車がゆっくりと進んでいく。荷車を引くのはヌーラと新聞配達のリュカ、それからリュカの父親の3人だ。荷車にはヌーラと同い年くらいの、体格の良い金髪の青年が眠っていた。シャツとズボンを身に着けた姿だが、服はあちこちが焦げて破れてその下にガーゼや包帯が見えた。村長たちが応急手当をしてくれたらしい。

 その荷車を引きながら、リュカの父が僅かに息を弾ませながら苦笑した。

「悪いなぁ、ヌーラ。行き倒れを押し付けちまって」

「構いません。俺だって、コイツみたいに行き倒れてたところを魔女の家で保護されたんですから」

 大魔女サーヘラの養い子の言葉にリュカの父親は苦笑して、魔女の家の前につくと荷台で眠りこけている行き倒れの青年を担ぎ上げた。鍛冶屋らしく頑強な身体でそのまま青年を家の中に運び込む。すかさずリュカが家の中に滑り込んで、ヌーラの指示で応接間の奥の部屋にあるソファベッドの準備をする。とりあえず行き倒れの青年をその上に寝かせると、ヌーラは客人たちにハーブティーを振舞った。

 しばしの沈黙の後に、どこか落ち着きのない様子で口を開いたのはリュカだった。

「なあヌーラ、来週はトナリの町に行く日だろ? オレも付いて行って良いか?」

 突然の申し出にトナリ地区の相談役が顔をしかめて少年の父親の顔を見た。

「最近リュカが町の自警団に弟子入りしたいって言ってるんだ。たまに一人で町まで行こうとしてるんだが、リュカはまだ8歳だ。さすがに一人じゃ道中が危ないから、自警団の詰め所までの送り迎えを頼みたいんだ」

 そこまで言って父親が気まずそうに頭を掻く。子供なりの自立心が芽生え始めている息子は、保護者同伴で憧れの場所に立ち入るのを嫌がっているようだった。

 自警団。その言葉にヌーラはますます苦い顔になって唇を引き結び、視線をそらして無理やり話題を変えた。

「この行き倒れが目を覚ましたら村に連絡します。あとこれ、さっき渡し忘れた魔獣除けのお香です。いつも通り陽が沈む前に村の出入り口で焚いてください。それからこの包みをサットさんに渡してください。あまりよく眠れていたいみたいだったので、安眠とリラックス効果のあるポプリです」

 ラベンダーの香りのする小さな布袋を受け取って鍛冶屋の男は深く頭を下げた。

「ありがとう、妹が喜ぶよ。季節の変わり目だからか、疲れ気味みたいでな」

 鍛冶屋は爽やかに笑い、息子の手を引いて立ち上がった。けれどリュカはするりと父親の手から離れて、一人で戸口の方にかけていく。ヌーラは口ごもりながらその横顔に声をかけた。

「自警団までの送り迎えだけど、ちょっと考えさせてくれ」

 一瞬ムッとした少年だったが、考える仕草をすると仕方ねぇなぁ、と胸を張った。

「良いぜ、待ってやるよ。俺はいつか大魔女サーヘラ様みたいな強い魔法使いになる男だからな、カンヨウさも持っているんだ。他には優しさとか、ええと……なんかそういう感じのやつも!」

「寛容さ?」

「オレ、強くなりたいんだけどさ。諦めないこととか優しさとか、なんかそういうのも強さだって父ちゃん言ってたから」

 手を振って村に戻っていく仲睦まじい親子を玄関から見送りながら、ヌーラは自嘲気味に笑う。

「……でも、どれだけ諦めなかったとしても最後に勝てなきゃ意味がないだろ」

 自分を守るように背を丸めた彼が思い出すのは、大魔女サーヘラに拾われて数年経ち、6歳になった時のこと。トナリの町にある学校に通うことになったが、魔法を使うことができないヌーラはトナリ町の子供たちの嘲笑の対象になった。誰もが知る大魔女の養い子だということが彼への侮蔑をいっそう苛烈にした。

 誰もが「できる」ことが「できない」。大多数の「できる」人間に合わせて構築される社会は、ごくわずかな、この場合は数万人に一人という確率で生まれてくる「できない」人間を社会から遠ざけた。得意不得意以前に「不可能」であるという事実はヌーラを深く傷つけ、彼は自らの意思で学校を去った。以来徹底してトナリ町を避けていたヌーラだが、旅に出たトナリ地区相談役にしてトナリ地区守護者たる大魔女サーヘラの代理とあってはトナリ町にも定期的に顔を出さなくてはいけない。だが町の自警団は魔法が使えないヌーラが大魔女サーヘラの代理となることに強く反発した。

 その自警団に、かつてヌーラをこっぴどく嘲笑した者たちが所属しているのだから、彼らが対立するのにそう時間はかからなかった。魔法も使えない決闘騒ぎになったうえヌーラはそれに大敗した。

「勝つこともできないんじゃ、どんな強さを持ってたって意味ないじゃん」

 自嘲気味に呟いたヌーラの青い瞳が僅かに潤む。鼻をすすって日の当たる玄関に座り込もうとしたとき、奥からどんがらがっしゃん!という派手な音と一緒に若い男の声がした。

「うぉぉぉ、痛ってぇー! というか全身痛ぇ、特に足首! というかどこだここ!? 誰かいますかー? って、あああしまった、床散らかしてしまった! すみませんこの家に住んでる人、いま片づけるんで!」

 件の金髪の行き倒れが目を覚まして、そのままソファベッドから転がり落ちてしまったのだろう。一人でもよくしゃべるその騒がしさに、ヌーラはさっきまでの悔しさも涙も忘れてポカンとした。なんとか片付けようとして余計にあたりに物を散乱させているらしい物音が聞こえてくると、この家の住人はため息をついてソファベッドをおいている部屋に顔を出した。家主を見たとたん、行き倒れの青年は金色の髪を揺らして散らかった床で居住まいを正した。座っていても分かる体格の良さに、若い獅子を思わせる爽やかで勇ましい風貌。行き倒れていたのが不思議なほどの美丈夫である。

 金髪の美丈夫は、ヌーラと目が合うとてきぱきとした所作で頭を下げた。

「何やら大変なご迷惑をおかけしたようで申し訳ない、家主殿! おれの名はカヴァリ、カヴァリ……あれ、ええと……おれの名字、なんだっけ?」 

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