クマのホットケーキ
「ねぇ、サクラ。サクラも行こうよ、カラオケ! 今日から学生割引キャンペーンだって!」
「えっ、マジ? てかそれって絶対ウチらのこと狙ってね?」
「それな。今日でテスト終わるからってわかってやってるよね。カラオケ天才すぎん?」
学期末の試験は今日で終わり。部活もやってないアタシ達は教室に残り、購買で買ったパンとジュース片手にテストの出来を愚痴っていた。どうせこの後やることもないしと、ミユとヒナがカラオケに行こうと誘ってきたのは、その流れではいつも通り自然なこと。普段なら二つ返事でアタシも一緒に行くんだけど、今日はそうできない理由があった。
「あー、めっちゃ行きたいんだけど、今日ママから頼まれて従姉妹を預かることになってんだよね。しかも幼稚園まで迎えに行かなきゃいけないとか、マジでダルいわ」
「えー、なにそれ。テスト終わりに羽を伸ばす暇も与えないとかサクラママ、スパルタすぎん?」
「でも従姉妹預かるって例の従姉妹でしょ?」
「あー、そうそう。その従姉妹。正直アタシも未だにどう接していいかわからなくて、ぶっちゃけ困るんだよね」
そういえばミユにはその話をしていたんだっけな、と思い出して肯定する。訳あってここ一年くらいは従姉妹のお父さん、つまり叔父さんが仕事で迎えに行けないときはママが幼稚園へのお迎えと叔父さんの仕事が終わるまでの面倒を見ている。
叔父さんといってもママの妹の旦那さんだからアタシと血の繋がりはない。
「えー、なにそれ。ウチも聞いていい話?てかミユだけ知ってるとか疎外感パなくね」
「ちょっと待ってよ。別に隠してたんじゃなくて、たまたまママと従姉妹が一緒のとこをミユが見かけて、アタシに『妹いたっけ』って聞いてきたから説明しただけだから」
「あー、ごめん。私もあんまり言いふらすようなことじゃないって思ったからさ…」
そう言って私に代わってヒナに説明してくれるミユ。何か間違いがあれば訂正しようかと思ったけど、こう見えて成績優秀者のミユはアタシが説明するよりもわかりやすくヒナに説明してくれた。
「…あー、叔母さんが事故で…。そっか、確かにあんまし言いふらすようなことじゃないね。…でもやっぱり疎外感。てことでウチは慰謝料を請求する!」
ヒナの視線の先には菓子パンと一緒に食べていたクッキーの最後の一枚、関西でいう「遠慮のかたまり」だ。どうせいつも最後の一枚は食いしん坊のヒナが食べることになるそれで手打ちにしてあげるという彼女からのメッセージ。つまり、彼女なりの気遣いだ。
ちょっとだけ気まずくなった空気は一瞬で元に戻る。本当はこのまま二人と話していたいけど、まるでアタシを監視しているのではないかというタイミングでママからのメッセージがスマホに表示された。『お迎え忘れないでね』と。
「ってことでそろそろ行くわ」
「うん、またねー」
「じゃねー」
無視するなんて恐ろしいことはできないし、従姉妹をいつまでも待たせても可哀そうだから二人に別れを告げて従姉妹が通う幼稚園に向かう。といっても家の近所なので帰りがけに寄るだけなんだけど。
アタシも小さい頃通っていた幼稚園に着くとお迎えラッシュが丁度終わる頃で、園児の姿は疎らだった。
「あの、アサイマキとアサイカナのお迎えなんですけど」
「あら、ってことはサクラちゃん?! 大きくなったわねぇ。もう高校生よね。ついこの前卒園したと思っていたのに!」
エプロンをした先生らしき人に声をかけると、どうやらアタシもお世話になっていた先生らしい。残念ながらアタシの幼稚園の記憶は朧気で顔を見てもピンとはこない。アタシが迎えに来ることは事前に連絡してくれていたようで、誘拐犯とか言われないかと内心ドキドキしていたアタシはホッとする。
「懐かしいでしょ、さっ、二人はこっちで待ってるわよ」
制服姿の女子高生が迎えに来るのは少々目立つようで、数名の園児のパパママからの視線を集める。なんか気まずい、そしてダルい。
「マキちゃん、カナちゃん、お迎えが来たわよ!」
教室の端、積み木で遊んでいた二人は「お迎え」という言葉で嬉しそうにこちらを向くが、その表情は一瞬で無となる。
二人の思い描く人物でも、想像していた人物でもなかったからだろう。あからさまに私の顔を見て残念がる二人。でもそれは仕方ない。この二人は来るはずのないママのお迎えをずっと待っているんだろうから。
「サクラちゃん! そっか、今日はサクラちゃんのお迎えだ!」
妹のカナちゃんが私に駆け寄ってくる。一瞬残念がった二人だったけど、叔父さんから私が迎えにくると言われていたのを思い出したのかな。姉のマキちゃんは妹の分の荷物を持って少し遅れて私の元にやって来た。
この一年で一番変わったのはマキちゃんだろう。妹のカナちゃんが産まれてから赤ちゃん返りをするようになったと二人のママのユカリちゃんから言われたことをふと思い返すが、今の彼女はそんなのは見る影もない、立派なお姉さんをしている。
叔父さんの話だとちゃんと家では甘えるらしいけど、それでもなんだか痛々しく感じてしまう。
家に帰ってからは大人しくテレビを見て過ごす二人。いつもはママが面倒を見ているし、私はちょっと顔を出すくらい。正直なところ、私も二人とどう接していいのか未だに迷っている。だってそうでしょ、どれだけ呼びかけても目を覚まさないママなんて、高校生の私だって立ち直る自信なんてないもの。
ママと妹のユカリちゃんは仲良し姉妹だった。家も近所だからマキちゃんとカナちゃんを連れてよくうちにも遊びに来ていた。その時はもっと二人も楽しそうに遊んでいたはずだけど、今は大人しく手を繋いでテレビを見ている。
「ねぇ、ホットケーキ作ろっか」
突然の提案に首を傾げた二人だったけど、「ケーキ」というワードは子供心を刺激するのには十分だったらしい。「ケーキ!」「ケーキ!」と嬉しそうにする二人。
でもこの提案に正直一番驚いているのはアタシだ。
まるで誰かが乗り移ったのではないかと思うくらいに自分の意志とは関係のない発言だったから。とはいえこれだけ嬉しそうにする従姉妹二人に「やっぱなし」なんて言えるはずもない。
ダルいことこの上ないけどやるしかないか。
ホットケーキミックスに卵と牛乳の他に溶かしバターを入れるのが我が家流。それを混ぜて生地を作って、今はホットプレートを温め始めたところ。ホットケーキミックスの袋が上手く開けられず、キッチンが少しだけ粉まみれになったことは尊い犠牲だった。ママにバレるまえに証拠を隠滅しなければ。
今や今かと生地を落とすタイミングを待つアタシを見つめるマキちゃんと、ソファーで跳ねるのを止めないカナちゃん。ずっと「ケーキ!ケーキ!」と叫び続けているけど、なんだか昔に戻ったみたい。
━ほらね、こうするとクマさんになるの!
いざ生地を落とそうとしたとき、ユカリちゃんの声が聞こえたような気がした。ああ、そうだ。アタシが小さい頃、ユカリちゃんがホットケーキを作ってくれたことがあったっけ。そうか、だから「ホットケーキ作ろっか」なんて口走っちゃったのか。
落とした生地の近くに小さく生地を落とせば、それがくっついてまるでクマみたいになる。味が変わることはないんだけど、それだけでなんだか特別なホットケーキに感じてしまうんだよね。
「ほら見てて、…こうやってっと。クマさんの完成!」
「うわぁ」
「クマさん!クマさん!」
部屋に充満するバターの香りが食欲をそそる。焼きあがったホットケーキにチョコレートシロップで目と鼻と口を描けばクマさんのホットケーキの完成だ。ちょっとだけ歪で思っていたクマさんではないけど、二人は「私も!」と茶色いキャンバスにぐにゃぐにゃとチョコレートシロップをかけている。
最早クマでもなんでもないホットケーキを美味しそうに食べた二人。その後は幼稚園であった出来事を話したり、アタシのスマホに興味を示したりとさっきまで大人しくテレビを見ていた二人とは別人のよう。
ふと時計を見れば随分と時間が経っていたようで、インターホンが鳴った。叔父さんのお迎えだ。
「サクラちゃん今日はありがとね」
「サクラちゃんケーキ屋さんなんだよ!」
「クマさん食べたの!」
迎えに来た叔父さんに駆け寄った二人は笑顔でそう報告する。ホットケーキを作っただけで就職させないでほしいし、アタシは猟師でもない。
「おやつにホットケーキ作っただけだから。クマの形にして」
「クマ…。ああ、クマのホットケーキか。そっか、サクラちゃんが作ってくれたのか。ありがとう」
たぶん叔父さんはクマのホットケーキに心当たりがあるのだろう。ユカリちゃんのことを想ったのか少しだけ、ほんの少しだけ悲しさの滲む声。
「じゃあねー!」
ぶんぶんと手を振り回す二人とぺこぺことお辞儀をする叔父さんを見送ったアタシを待つのは後片付けだ。自分で言いだしたとはいえ、これはかなり面倒くさい。
「はぁ、まずは掃除機かな。ダルすぎでしょ」
嘘偽りのない気持ちを呟いたはずなのに、従姉妹の二人につられたのか笑顔のあたしが窓に映っていた。
「…マジでダルい、けどたまには悪くないか」
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