お幸せに

「ただいまー」


 玄関から聞こえてくる帰宅を告げるその声は弾んでいる。そんなユウタの声に被さるように二人の子供の元気な声が家中に響く。


「ただいまぁー」

「ママ聞いてー」


 長女のマキと次女のカナ、幼稚園の年長組と年少組の娘二人は今日も全力。いったいあのエネルギーはどこから湧いているのだろう、本当に不思議だ。


「ほら、二人ともお家に帰ったら?」

「おてて洗う!」

「がらがらぺっする!」


 靴を脱ぎ捨てリビングに向かおうとする二人にユウタが問いかけると、まるで台本があるかのように間髪入れず返答する二人。これも毎度のことで、わかっているなら注意される前に実行すればいいのにと思う傍ら、この日常に顔をほころばせてしまう。


 娘二人が仲良く洗面台に並んで手を洗っている間に買ってきた野菜や肉をキッチンに並べ、夕食に使うものだけを残し冷蔵庫にしまっていくユウタ。結婚当初は料理なんてしたことが無かったのに随分と手慣れたものよね。


 新婚の時は二人であのキッチンに並んで料理を教えたなぁ。今ではもしかして彼の方が料理上手かも。手際よく夕食の準備を始めた彼を見ながらふと昔に思いを巡らせていると、我が家の元気娘たちが私の前にやってくる。


 幼稚園で起きた彼女たちにとっての大事件を身振り手振り交えてこれでもかというくらいに大きな声で話す娘たちにしばし耳を傾ける。近所迷惑じゃないかと心配になることもあるけど、幸いご近所さんとの関係は良好だ。


 角部屋の我が家のお隣さんは親世代のご夫婦二人暮らし。長女が生まれたばかりの頃、子供の夜泣きに滅入っていた私に「うちのことは気にしないで、息子たちが生まれたころを思い出して懐かしいくらい」と優しく声をかけてくれたのは本当に助かった。思わず泣いてしまったっけ。


 今日の出来事を一通り話した娘たちは折り紙に夢中だ。すぐに夕食が並べられるように片付けていたダイニングテーブルだったが、彼女たちはそんなのはお構いなし。ハサミ、ノリ、クレヨン、折り紙。乱雑に広げられたそれらを見てユウタは人知れず溜息をつくが、注意はしないようだ。それならば私がとやかく言うこともないか。


「パパー、マキの手袋は?」


 突然何かを思い出したようにクレヨン片手にユウタに問いかける長女。随分と暖かくなってきたからそろそろ手袋はもういらないか、と今朝ユウタが呟いたら大泣きして大変だったものね。マキには少し小さくなった手袋は一年前に私が買ってあげた可愛らしいパステルピンクの手袋。


 いらない、を文字通りに受け取った彼女はイコール捨てると勘違いをして大泣きしてしまったのだ。


「ちゃんとパパのポケットに入っているよ。落として汚れちゃったからね、お洗濯して大切にしまっておこうか」

「うん!」


 どうやら帰宅中に落としたところを親切な人が拾ってくれたらしい。それにしても子供のあしらい方が随分と上達したなと感心する。娘たちの様子をチラチラと見ながら、手際よく料理を進めていくユウタ。


「ほらご飯できたから片付けて」

「はーい」


 一年前に比べて娘二人も聞き分けがよくなったものだ。子供ながらに彼女たちも考え、成長しているのだ。むしろ子供だからこそ環境への対応が早いのかもしれない。


 綺麗に片付けられたテーブルには一つだけ残されたものがある。それは端に置かれた家族四人が並んだ写真。


 丁度一年前に撮った写真ね、みんな笑顔で子供たちは今よりも少し幼い。


 娘たちと協力して食卓に並べられていく料理は三人分。私の分はもちろんない。ちょっと寂しいけど、最早見慣れた光景だ。


 「いただきます」と三人で手を合わせてから食事を始める。私がこの食卓から消えて、いつの間にか習慣になった行動の一つ。


 こうやって私の知らない家族のルールが増えていくのを見ると少しだけ、ううん、心が締め付けられるように寂しい。


 でもね。


 あなた達が幸せになりますように。私はいつも見守っているからね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る