ポイ捨てが嫌いな男

広川朔二

ポイ捨てが嫌いな男

 私はポイ捨てが嫌いだ。


 どれくらい嫌いかというと歩きタバコをする阿呆と同じくらい嫌いだ。歩きタバコをする馬鹿には後ろから飛び蹴りをかましてもいい、という法律をつくりたいくらいに嫌いだ。


 何故ゴミを平気で捨てられるのか奴らの神経がわからない。あいつらは自分の家にゴミを不法投棄されてもなんとも思わないのだろうか。ああ、本当にあのゴミカスは今すぐ躓いた拍子に縁石に頭を強く打って死んでしまえばいいのに。


 街に捨てられたゴミが目につき、そんな悪態を頭の中でつぶやく。


 くそっ、そんなことを考えていたら前方から歩いてくるおっさんが歩きタバコをしている。最悪なことにこちらは風下だ。ああいう奴は大抵吸い殻をポイ捨てするんだ。つまり、歩きタバコとポイ捨ての二重奏だ。全く美しくない音色を奏でている。


 捨て違いざまに顔面を殴ってやりたい衝動を抑える。おい、俺の右手よ、今はその殺意を抑えるんだ。来たるべき時に備えて。


 来たるべき時なんて一生やってこないけどな。


 注意してやりたいが情けないことにそんな勇気はない。だがここは喫煙禁止区域だ。正義は我にあり。ということで心の中で歩きタバコのおっさんが不幸になるように願う。禿げろ、と。いや、もう禿げているか。


 そして精々すれ違いざまに盛大に舌打ちでもするとしよう。突然舌打ちされたら不快だろう。だが、俺はあんたのタバコの煙で既に不快な思いをしている。目には目を、不快には不快を、だ。


 大丈夫、私は一般的に見れば体格はいい方だし、顔も強面の類だ。実は休日にお菓子作りをするのが趣味で喧嘩なんて一度もしたことがない家庭的な男だとはわかるまい。


 もし喧嘩を売られたら、すぐに警察を呼ぼう。そう心に決めて盛大に舌打ちをする。実際相手に聞こえたかはわからないが、大丈夫。きっと不快になったはずだ。


 はぁ、これだから家の外は嫌いなんだ。


 そしてしばらく歩けば、少し大きめの信号で信号待ちだ。私の歩み止めるとは、信号如きが生意気だ。


 そしてここにもつぶれた空き缶やお菓子のゴミ、そしてタバコの吸い殻が落ちている。私に魔法が使えるのなら、これを今すぐ持ち主の元に送還する魔法を発動してやりたい。どうせポイ捨てするような奴は常習犯だ。今まで捨てたゴミによって今すぐゴミ屋敷になってしまえ。


 そんなことを考えているとチャイルドシートに子供を乗せた男性がゆっくりと前を横切った。別にどうということのない日常の一コマだ。精々、後ろに乗った子供が歌っているのでご機嫌なのだろうと感想を持つ程度。


 しかし、その時は突然訪れた。


 子供が手に持っていたナニカを投げ捨てたのだ。あろうことか私の足元に。


 それはピンク色の可愛らしい手袋だ。


 一瞬、もしやあれは悪名高い軍手を片方落とす組織の構成員かと思ったが、まだ子供であるという点でそれはないと判断。私は足元の手袋を掬い上げ、全力で自転車を追いかける。


 許さんぞ、私の前でポイ捨てをするとはな。しかも相手は子供だ。仮に殴り合いの喧嘩になっても完全勝利する自信がある。


「す、すみません!」


 突然追いかけてきた男が呼びかけたものだからか、自転車をこいでいた男性の足が止まる。呼びかける声が裏返っていたかもしれないが、気にしない。なぜなら正義はこちらにあるからだ。しかし、こういう時に「すみません」と謝罪する言葉が出てしまうのはなぜだろうか。いや、今はそれどころではない。


「あ、あの、これ(を今、お宅のお子さんがポイ捨てしましたけど一体どういう教育されているんだ。この手袋はバイオマス原料から作られているからやがてバクテリアによって分解されるとでもいうのか)」


 あまり長々と話すのは得意ではないので一瞬だけ相手の目を見て、言外に伝える。


「あっ、ありがとうございます! ほら落としちゃ駄目だろう」


 手渡したその手袋を見て、何故か満面の笑みで返事をする男性。解せぬ。


 笑顔というのは時として最強の武器となる。何故かその幸せそうな男性の笑顔によって心にダメージを負った私は「いえ」と返事とも何とも言えない言葉を残して交差点へと戻った。


 しかし、私によってポイ捨てが一つ減ったのは事実。そしてあの子供には男性からしっかりと注意がされた。あの年齢の子供だ、根性のねじ曲がった大人に比べて矯正は容易いはずだ。二度とポイ捨てなどしないだろう。





 お気に入りの手袋を失くした子供が泣きじゃくる光景なんて想像したくもない、なんてこれっぽっちも考えてはいないからな。

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