第44話 あれ、ホントにイリスなのか?!

「私が、今回の『決闘裁判』の見届け人を務めることになった」


 決闘会場の真ん中で、向かい合った二人の幻魔に近寄ってきたのは、美しい黒髪の『冷淡公』ナティエだった。


「『慈愛公』イリス・ラ・スルス。『暴食公』レオノ・コルハーロ。双方ともに準備はよろしいか?」

「いいよ。ナティエちゃん」

「ああ。出来てるぜぇ。『冷淡公』」


 ナティエの一言に、イリスとレオノがそれぞれにうなずく。


「……うむ。それでは存分に死合しあいたまえ。双方に健闘を期待する」


 ナティエはそれだけ言って、遊色の唇に華やかな笑みを浮かべた。その姿が一瞬にしてかき消えて、次の瞬間には王のための特等席に現れた。


「今より魔の王陛下の代理として、『冷淡公』ナティエ・フィレスの名において、こたびの『決闘裁判』の開催を宣言する。原告、被告代理ともに死力を尽くせ!」


 ナティエの号令で、観客たちが一斉に沸く。そして、『決闘裁判』が始まった。




「行くぜぇ!」


 先手はレオノが取った。右の拳を振りかぶり、上から叩きつけるようにイリスに向かって振り下ろす。イリスはそれを左手で受けた。イリスの腕が、次第に変化する。どちらかといえば華奢な印象さえある腕が、白い鱗に覆われ、筋骨隆々とたくましく盛り上がる。イリスの『能力』は『変身メタモルフォーゼ』。その肩も胸も背中も足も、レオノより一回り大きく変わっていく。それは、ドラゴンの姿よりは小さいが、人型の生き物としては巨大だった。

 いつもは優しい笑みを浮かべる顔は、爬虫類はちゆうるいか竜のように鋭く長く伸びた。遊色の角、茶色に緑のが散った瞳はそのままに。そこにいたのは、強大な力を持った竜人だった。




「アレが、イリス、なのか?」


 ムッキムキな姿に変身したイリスを、泰樹は呆然として見つめた。

 こりゃ、もう、マンガかアニメか特撮か。とにかくフィクションの世界のそのものだ。泰樹は一度ドラゴンになったイリスを見てはいたが、他の姿に変身した所を見たことは無い。イリスが、こんなかっちょいい姿にもなれるとは。


「ああ、そうだ。人型でも竜でもない、竜人姿のイリスだ」


 アルダーは、竜人姿のイリスを見たことがあるのか。落ち着いて、決闘の成り行きを見守っている。




 初撃を受け止められたレオノは、身の危険を感じたように腕を引いた。単純な筋力勝負になるかと思っていた。それは間違いだった。


「……君は、タイキを誘拐したし、アルダーくんを殺しかけた。だから、もうゆるさない。手加減はしない!」


 山が動く。竜人姿のイリスが、おもむろにレオノに近づいていく。獣人としてのカンが、この生き物には敵わないと告げている。それでも、この闘いを投げ出すわけには行かない。その気持ちだけが、レオノの歩みを支えていた。


「脇が甘いのが悪いんだぜぇ!! イリスぅ!!」


 恐怖を振り払うようにレオノは叫びながら鋭い爪で、イリスに迫る。うっとうしいハエでも追い払うように、イリスは腕を振り回す。レオノの爪はイリスの鱗に阻まれて、傷を残すことが出来ない。


「君こそ、守れない約束なんてしないでよね!」


 レオノの腕を捕まえて、イリスは軽々と投げ飛ばす。レオノは猫類のしなやかさで着地。そのまま攻勢に転じる。

 少しでも爪が通る場所を探して、攻撃を繰り返す。イリスは鷹揚おうように、それを受け止め、あるいは受け流し、ついに二人は組み合ったまま膠着状態になる。

 がっぷり四つ。両手で互いの両手を捕まえて、純粋な筋力を比べ合う。

 当然のように。レオノは押されている。土を盛った会場の床に踏ん張る獣の足が、ずるずると後退していく。


「そんなに大事なら、箱にでもしまっておけよぉ!」


 言いながら、レオノは『夢幻収納インフィニティー・ストレージ』にイリスを放り込もうと試みるが、なんどやってみても上手くいかない。やはり、だめか。イリスは大きすぎる。


「タイキもアルダーくんも、モノじゃない!!」


 イリスは、怒りに任せてレオノをブン投げた。今度は上手く着地できず、観客席と会場の境の壁にレオノは背中から直撃した。


「ぐ、あ……ク、ソ……ぉっ!!」

「……降参する?」


 口の中を切ったのか、唇の端から流れる血をぬぐってレオノが立ち上がる。

 レオノは、ファイティングポーズをとった。


「オレはまだ死んでねぇよぉ。これは死合いだろぉ?」

「……ラルカくんのためになんて、戦うことなんて無いのに」

「そんなの、もうどうでもいいよぉ。オレはお前に勝ちたぁい!」


 レオノの瞳に闘志が宿る。強敵に相対して、心が震える。ただ簡単に、負けるなんてイヤだ。勝ちたい。それがどんなに難しいことであっても、コイツに勝ちたい!


「……そう。それならかかってきなよ!」

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