第45話 でたらめな強さだぜ!

「んっ……痛いよ!」


 無造作に拳を払われた。そのままレオノの身体が吹っ飛ぶ。どうにか、着地。先ほど殴られた腹をかばいながら、レオノはどうにか立ち上がる。痛いとは言っているが、イリスは小揺るぎもしていない。なんてヤツだ。


「はあ……はあ……でたらめだよぉ……アイツぅ……っ」


 ぺっと血を吐き出して、レオノはかけだした。渾身こんしんの力で飛び上がり、イリスの顔をめがけて右手の爪を振り下ろす。

 イリスはとっさに角を突き出した。その先端が、レオノの手のひらに深々と刺さる。


「ぐぎゃああぁぁ!!!!」


 レオノの悲鳴が、会場に響き渡った。

 イリスが雄牛のように頭を振ると、レオノは吹き飛ばされて地面に転がった。

 よろよろと、レオノが立ち上がる。その右手からあふれ出た血が、ぽたりぽたりと落ちる。

 服の一部を裂いて、レオノが即席の包帯を作って手のひらに巻いた。『決闘』のルールでは勝敗が決するまで、他者が治療を出来ないことになっている。傷が増えていくほど、そちらが不利になっていく。

 レオノが止血する間、イリスは黙って待っていた。それが、余計にレオノのしゃくに障る。


「……ふんっ。余裕かよぉ……っ」

「今のうちに降参すれば? 別に僕は君の命まではいらないよ」

「命乞いなんかぁ! するかよぉおお!!」


 レオノは怒りを雄叫びに変える。

 巨体に似合わぬ素早さで突進。身をかがめて、イリスの拳を避ける。そのまま伸び上がり、アゴを殴り抜けようとして拳を伸ばす。


「きゃあ!」


 しかし、無意識に身をひねってかわしたイリスの太い尻尾が、横ぎにレオノの横っ腹を直撃する。


「ぐ……っぁ……っ!」


 竜の尻尾の一撃は、いっそ拳よりも強烈で。

 地面に叩きつけられたレオノは、脇腹を押さえてうずくまってしまった。


「はあ……はぁ……っそいつは……飾り、じゃ……ねぇのかよぉ……」

「ああ、びっくりした! 尻尾もちゃんと動くんだよ、レオノくん!」


 確かに、イリスは腹を立てているのかも知れない。だが、その声にも態度にも、闘志は微塵みじんも感じられない。自分がひどく空回りしているような感覚に陥って、レオノは苦笑を漏らす。


「クソっがぁ……やってられねぇやぁ。こんなのぉ……勝負になる、かよぉ……っ」


 レオノは地面に座り込んで、足を投げ出した。勝てるビジョンが浮かばない。勝てるプランが浮かばない。そんな相手が、子供のように「きゃあ」と悲鳴を上げるのだ。もう戦意など、どこかに行ってしまった。


「はあ……はあ……オレはぁ……もう、肋骨ろつこつが何本が肺に刺さってるぅ……このままだとぉ……死ぬぅ……もう、降参だぁ。オレは『苛烈公』何かのために……死にたくねぇ」

「うん。それなら僕の勝ちだね。タイキとアルダーくんに謝ってくれる? レオノくん。治療、した後で良いから」


 にっこりと、イリスが笑う気配がする。竜の面は表情筋が硬いのか、はっきりとは解らないが。


「はあ……っ……良いよぉ。今度こそ、約束、するぅ……悪いこと、しちまった、からなぁ……」

「うん。ありがとう。……さあ! レオノくんは降参したよ! 僕の勝ちだね! ナティエちゃん!!」


 イリスは両手を広げて、観客と見届け人、それから被告に高らかに宣言する。




「やったー!!!!」


 関係者席で泰樹たいきは喜びを爆発させて、アルダーに抱きついた。


「やったな!!」


 アルダーも、珍しく興奮している。二人は手を取ってイリスの勝利を喜び合う。


「……え、あ……イリス、様……めちゃくちゃ……強ええ……」


 呆然ぼうぜんと、シャルがつぶやく。改めて、とんでもない主人を持ってしまったモノだとでも思ったのか。その瞳は、会場のイリスに釘付けになっている。


「……言っただろう? イリスが負けるわけがないと」


 アルダーが、当然だとでも言いたげに笑う。


「うん、うん! イリス、スゲえ!! 最高!!」




 泰樹たちと同じように観客は興奮している。だがそれはイリスの勝利を喜ぶと言うよりは、消化不良を訴えるモノだった。瀕死ひんしの重傷とは言え、レオノは死んではいない。流血が足りない。

 この『決闘裁判』は華麗な死合しあいと言うよりは、一方的な児戯じぎだった。それは観客たちに不満を抱かせる。


「殺せ!」


 誰かが、最初にそう叫ぶ。


「殺せ!」

「殺せっ!」

「殺せぇ!!」


 たちまち、会場中は大合唱。生贄を求める群衆は、拳を突き上げる。


「そうだ! 殺してしまえ! そんな役立たず!!」


 会場の一角で、叫んだのは『苛烈公』。それをイリスは聞き流さなかった。


「うるさい!! みんな黙れ!! レオノくんはもう戦えない。もう十分だ! 僕は殺さない。そんなこと、僕は望まない!」


 大音声で、イリスが叫ぶ。それは竜の咆哮ほうこうにも似て、人びとの耳を打つ。しんと、会場は静まりかえった。


「……ラルカくん! レオノくんは君のために戦った! それをなんだ! 君が、彼を『役立たず』なんて言う資格は無い!!」

「だがそいつは負けた!! 勝たなければ、意味など無い!!」


ラルカの反駁はんばくに、イリスはぐらるるる……と低くうなる。


「そんな事言うなら、君が戦えば良いだろ! おりてこい! 僕は相手になるよ!!」

「誰が……お前のような化け物と戦うか!! 半竜人が!!」

「……この上、まだ僕をあなどるのか、『苛烈公』。もう、絶対に、許さないっ!!」

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