第8話貴族
パリンッ。ガラスが割れる音が響いた。
それと同時にキャッと可愛らしい悲鳴が聞こえ、何事かとキッチンに向かうと、レイナが箒を持って立っていた。
どうやら皿を割ったらしい。
「手伝うか?」
「大丈夫よ。危ないから向こうに行ってて」
未だに家では何もさせてもらえない俺は一応手伝おうといたが、案の定断られた。
何もやる事がないのでリビングのソフィに寝転んだ。
暫くすると、片付けを終えたレイナが戻ってきたので、俺は座り直して隣を譲る。
「あのお皿お気に入りだったのに...」
何処か恨めしそうに言うレイナ。
「なら新しいの買いに行く?」
「そうね。そうしようかしら」
「よし、なら今から行くか!」
「え?貴方も行くの?」
「買い物くらいいいだろ?」
「...まあ、それくらいなら」
相変わらず過保護なレイナによって、家から中々出られない俺はこんなちょっとした事でも気分が上がる。
この生活もそれほど苦に感じない性分であるが、やはり偶には外に出たいと思ってしまう。
珍しくレイナから許しが出たので、意気揚々と2人で買い物に出かける事になった。
◇
世界の中心地にあるエレミア王国。
その国の西側に位置するガレル領と呼ばれる街の端にレイナの家は建っていた。
この付近は比較的治安が良い。出店が並ぶ市場も非常に賑わっていた。
「どんな皿にするんだ?」
「そうねぇ。拘りとはないけど、お洒落なのがいいわね」
俺達は小洒落た店に入ると、目当ての皿を物色する。
こういう技術は発展してないのか、大体が柄も何もないシンプルな見た目をしていた。
その中に、一つだけ目立った皿を見つけた。
「なぁ、これなんてどうだ?」
「あ...そ、それは辞めておいた方がいいわ」
「え、何で?」
この店の中ではどう見てもこれが1番見た目が良かった。
派手すぎず控えめな柄が、上品さを際立たせている。
これの何がダメなんだ?
もしかして、値段が高すぎたのだろうか。
「こ、これセットなのよ」
「あーなるほど」
言われてみれば、同じ柄で色が違う皿が隣り合わせで飾られていた。
確かにセットだとは思わなかったが、それ程問題があるだろうか?
俺は2枚買えばいいのでは?と思ってしまった。
「2枚買うのはダメなのか?」
「......この国ではね、結婚する時に同じ柄の色違いのお皿を買って結婚生活を送る風習があるの」
「つまりこれを買う時に夫婦だと思われると」
「ふ...まあ、そう言う事よ」
なるほど。店員に夫婦だと思われるから躊躇っていたのか。
「何か問題あるの?それ」
「も、問題って...嫌でしょう?私とその、そういう風に思われるって」
このやり取りも何度目になるだろうか。
今までの扱いから仕方ないとはいえ、自分を卑下するレイナを見てると、昔の自分を思い出して溜息が出る。
この場合は自分が嫌なのではなく、相手に嫌がられるのが怖いから一歩引いてしまうのだ。
それが理解出来るからこそ、俺はこういう時多少強引でも押し切る事にいていた。
「そんなの気にしないって」
「で、でも」
「レイナは俺とそうだと思われるのは嫌か」
「わ、私が嫌なわけないわ」
「なら皿の見た目は?」
「お洒落だと思うわ」
「値段は?」
「お手頃ね」
「よしなら買おう」
「あ」
俺は皿を掴むと、レイナの手を取り強引にレジに向かった。
案の定店員からは疑わしげな視線を感じたが、俺は気にせず財布を取り出して商品分の金をテーブルに置く。
勿論、この財布と中身の金はレイナのものだ。
何故俺が持っているのかといえば、レイナよりも俺が会計をした方が店員からのウケがいいからだ。
そうすると、たまに何も言わなくても値引いてくれるからな。
「ふふ、ありがとう」
「レイナが買ったんだけどな」
会計を終えて店から出ると、レイナがお礼を言ってくるが、俺はただ人の財布から金を出しただけである。
それだけでお礼を言われるなんて、どこまでも俺に優しい世界だと思う。
そしてレイナのようなこの世界では醜女と呼ばれる女性達にはどこまでも厳しい。
醜女にとって、生きていくのさえ難しいこの世界で、どのように生きたらレイナのように強くて優しい女性が育つのだろうか。
世界が厳しい分、俺がレイナに優しくしていこう。
そう思っていた俺だったが、その認識がまだまだ甘かった事に気付かされる出来事が起きた。
「お前が噂の男だねぇ」
その声に振り返ると、護衛を数人連れた出っぷりと太った中年女性が此方を見ていた。
服装などを見れば、平民とは明らかに質が違う。
「......貴方は?」
「この方はエレミア王国ブヨント公爵家当主、デブーリ・ブヨント公爵であらせられます」
中年女性の代わりに護衛が答えたが、やはり貴族だった。
「貴族様でしたか。俺のような平民に何かご用でしょうか?」
貴族が一体俺に何の用だろうか。
「何やら醜女がとんでもない男前を囲っていると噂を聞いて来てみれば、いいわねぇ貴方。アタシのタ・イ・プよ」
デブーリと呼ばれた公爵はそう言うと、厭やらしい笑みを浮かべて此方にねっとりとした嫌な視線を向ける。
正直言って気持ちが悪い。
「うっ‥‥‥ご冗談を」
我慢出来ず嗚咽が漏れたが、何とか耐える。
「冗談なんかじゃないわぁ。今まで醜女の相手をさせられてさぞ辛かったでしょう?今日からはワタシが貴方のご主人になってあげるわぁ。感謝なさい」
「申し訳ございませんが、お断りします」
デブーリが俺の元に来た理由はわかった。
だが、俺は間髪入れずに断った。
俺に断る以外の選択肢はない。
誰がこんな気色の悪いババアをご主人にしたがるんだ。
貴族だからと丁寧に接していたが此方にも限界があるぞ。
「‥‥‥なんですってぇ」
「ですからお断りすると言いました。俺は彼女から離れるつもりはないんです」
「貴方に選択権があると思ってぇ?これは強制なのよぉ。お前達ぃ、あの男を捕らえなさいぃ」
「し、しかし公爵様、男性を無理矢理手篭めにした事が王国にバレたら」
「黙りなさいぃ。貴方達はぁ、ワタシの言う事を聞いていればいいのよぉ」
「‥‥‥はっ」
デブーリの号令で、護衛の数人が俺を取り囲んだと思えば、申し訳なさそうな顔をしながら俺を拘束していく。
「男性の方、申し訳ございませんが一緒に来て頂きます」
「は、離せっ」
俺はどうすればいいか分からず只々暴れる事しか出来なかった。
とにかくデブーリの元になど行きたくないと必死で抵抗していたが、突然俺を残して護衛達だけが吹き飛んだ。
「死ね下女共が」
護衛を吹き飛ばしたのは、今まで聞いた事がない程低い声でそう言ったレイナだった。
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