第4話醜女
意識が覚醒する。目に入った情景は見覚えなのない所だった。
此処が何処か分からない。昨日の事も上手く思い出せない。
混乱する頭を抱えていると、ふと気がつく。
今まで自分が寝ていたであろうベッドは、体が沈む程柔らかく、サイズも大きい。
どう考えても高級品だ。
昨日寝た宿屋のベッドも悪くはなかったが、今寝ているものよりは質が悪かった。
何故身に覚えのない所で寝ているか分からず、そんなどうでもいい事を考えてしまった。
そうしていると、不意にいい匂いがしてきた。
何の匂いか気になって、俺はその匂いを辿っていくことにした。
「あ、起きたのね」
「......あ、あんたは」
知らない人がエプロンをしてキッチンに立っていた。
そして何故か仮面をしていた。
「......っ」
「え、覚えてない?‥‥‥困ったわね」
仮面を見て色々と思いだしてきた。
そうだ、昨日の夜あいつらに薬を盛られて、仮面の人に助けを求めたんだ。
という事は、この人が俺を助けてくれたのか。
俺は、どうしましょう。とオロオロしている仮面の人をジッと見つめる。
「あ、あのね。私は貴方を無理矢理連れてきた訳じゃないの」
「ああ、分かってる。俺を助けてくれたんだよな」
俺に見つめられて怪しまれていると思ったのか、慌てたように言い訳し出した。
俺が覚えている事を伝えると、安堵したように肩が下がった。
「よかった。忘れて騎士団にでも駆け込まれたらどうしようかと思ったわ」
「そんな事はしない。俺の恩人だからな」
「お、恩人。ま、まあ、とりあえず朝食を作ったから食べて?」
「いいのか?ありがとう」
正直腹が減っていたので助かった。
うん、滅茶苦茶美味い。
俺が多少がっついて食べていると、彼女は何故か嬉しそうに此方を眺めているが、俺はそういえば、と話題を振る。
「それで、あの後どうなったんだ?」
「あの人達?騎士団に突き出したわ。ただ、私の証言だけだと証拠不十分で釈放されるかもしれないから、貴方にも騎士団に言って証言してほしいの」
「それは勿論やるけど、証拠不十分?」
「......この仮面でわかるでしょ?私、醜女だから」
「‥‥‥ああ」
そういえば、ソフィアも昨日醜女がなんだと言っていたな。
なるほど、やはり仮面を被った人達はこの世界では醜いとされて、立場も弱いという事か。
「別に俺は気にしないから取っても問題ないけど」
「い、嫌よ。嫌われたくないもの」
改めて彼女を見る。
銀色の長い髪は艶がありサラサラとしていて美しく、体つきは出るとこは出て引っ込む所は引っ込んでいる。
正直、顔を見なくても彼女が美しいと分かる。
見たい。滅茶苦茶顔が見たい。
だが、仮にも恩人に無理を強いる訳にはいかないので、泣く泣く諦めるしかなかった。
「......まあ、無理に取れとは言わないよ」
「言われても取れないわ」
頑なに取ろうとしないので、きっと俺の前で取る事はないんだろうな。残念だ。
そうこうしているうちに、朝食を食べ終わった。
「それで、どうするの?騎士団の詰所には今から行く?」
「そうだな。早い方がいいよな。それで、その、俺あんまり此処に詳しくないから、出来れば着いてきてほしいんだけど‥‥‥いいかな?」
「......まぁ、仕方ないわよね。あんまり行きたくはないけど」
「すまない、ありがとう」
そういう事で、俺達は騎士団の詰所に向かう事になった。
◇
「それでは、彼女達に薬を盛られて襲われかけた事は事実で間違いないですか?」
「はい、間違いないです」
詰所に着くと、憲兵が数人居てどうしたのかと聞かれたので、俺は昨日の事を説明した。
「分かりました。あいつらは、以前にも何度か問題を起こしていたみたいなので、恐らく犯罪奴隷という扱いになるでしょう」
「奴隷...」
やはり異世界だけあって奴隷がいるんだな。
多分奴隷を持つ事はないだろうけど、やっぱり気にはなるよな。
やはり美人の奴隷は男のロマンだ。
「それで‥‥‥その後ろの方とは、どういった関係ですか?」
「ああ、彼女は昨日俺を助けてくれたんです。今日も此処の場所が分からないので案内してもらいました」
「......本当に?もし脅されているようなら、此方が守りますので正直に教えて欲しいのですが」
「いや、本当ですよ。脅されてませんから!」
......どうやら、本当に仮面の彼女の立場は弱いようだ。
最初入ってきた時も彼女を見て顔を顰めていたが、側にいるだけで脅されていると思われる程なのか。
「......だから嫌なのよ」
......いや、本当に申し訳ない事をした。
俺の認識が甘いせいで彼女に嫌な思いをさせてしまった。
その後も暫く聴取は続き、解放されたのは昼過ぎだった。
その間、仮面の彼女は居心地が悪そうにしていたので、また俺は申し訳ない気持ちになり謝る事にした。
「あのさ。本当ごめんな」
「え?」
「いや、居心地悪そうだったから。俺が着いてきてほしいって言った所為で」
「い、いや、貴方のせいじゃないから!」
それでもやはり申し訳なく思う。
俺も前の世界では似たような扱いを受けていたから、気持ちは分かる。
本当は近づきたくもなかっただろうに、俺の為に一緒に着いてきてくれたのだと思えば、仮面の彼女には感謝しかない。
ああ、そういえば。
「あのさ、名前教えてくれないか?」
「ああ、まだ言ってなかったわね。レイナ・ラーヴァンテよ」
「レイナか。俺はシュナイダーだ。宜しく」
「っ!」
「?」
いつまでも仮面の彼女と呼ぶのも失礼なので名前を聞いたのだが、お互い自己紹介した後握手を求めるように手を差し出せば、レイナは驚いた様子で俺の手を息を呑んで見つめるだけだった。
「......いいの?」
「......ああ」
レイナが同意を求めてきて、やっと理解できた。
恐らく、醜女は基本触れられる事を嫌がられるのだ。
だから、俺が握手を求めてもすぐに応じる事が出来なかったのだろう。
「だから俺はそういうの気にしないって。ほら、握手」
「あ、ありがとう。こう?」
「っあ、ああ。これから宜しく」
「ええ!宜しく」
そうして握った手が、予想以上の柔らかさで滑らかな手触りに、今度は俺がドギマギしてしまった。
俺だって前まで女性に触れるような人生を歩んでこなかったのだ。
今は自分が好意的に見られていると自覚してるので何とかなっているが、根っこ部分ではやはり女性に不慣れだ。
「シュナイダーは、これからどうするの?」
「‥‥‥そうだな。宿屋に戻ろうかな」
というか、それしかない。
ギルドに行って依頼を受けるという選択肢もあるが、昨日のあんな事があった後という事もあり、そういう気分にはならなかった。
折角、恐らく美人なレイナと知り合えて帰るのは惜しい気もするが。
「あ、あの!もしよかったら、このまま私の家に住まない?」
そんな事を考えていると、レイナからそんな申し出があった。
「‥‥‥いいのか?」
正直言ってありがたい。
どこもかしこも不細工ばかりで、昨日の事もあり1人で居ても不安で仕方がなかった。
レイナと居るのは全く苦に思わないから、一緒に住ませてもらえるならその方がいいかもしれない。
勿論、レイナが美人かもしれないという下心もあった。
「貴方がいいなら私は勿論。それに、私料理は得意なの。掃除や洗濯もこまめだし、こう見えてお金も結構持ってるのよ。言ってくれたら幾らでも渡すし、貴方には何不自由なく生活させられるわ」
いや、料理が得意なのは朝食を食べてから知ってるけど。
レイナは早口で捲し立てるが、段々とんでもないことを言い出した。
そんな事しなくても俺としては一緒に住みたいと思うが、勿論レイナに分かる訳もない。
幾らでも金を出すって、悪い男に騙されて貢ぐ女みたいだな。
いや、強ち間違ってないのか。
......そうか。俺はこの世界ではモテるんだよな。
未だに早口で俺を説得しようとしてるのかしてないんだか分からないレイナを見て、俺の中の悪魔が囁いた。
「なら、住ませてもらっていいかな?」
「っ!ええ、勿論!」
こうして、俺はこれからレイナの家で世話になる事になった。
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