悪魔が魂を代価にする理由

マスク3枚重ね

悪魔が魂を代価にする理由

悪魔が人の願いを叶え、魂を要求するのは地獄からの解放の為。

私は罪を犯し、地獄に落ちた。無限にも思える責め苦に正気を失う。自分の罪を呪い、自分以外の全てを呪う。そうして私は悪魔になった。

自分の胸のあたり、魂の色を見る。黒く濁り混沌と燃える魂は温かみも無く、ただ冷たく揺らめく。私を呼び出し破滅した人間の魂は今、手の上で静かに燃えている。自分のと見比べる。

「大差ないな…」悪魔は静かに呟く。手の上の魂の炎を自分の魂に焚べる。ほんのりと温かさを感じ、魂が揺らめく。何も変わらない。いや厳密には変わったのだろうか、真っ黒になった魂はほんの僅かに白味が指したように見えるような気がする。大海の様な墨に一滴の牛の乳を垂らすようなものだろうか。しかしこれで私の仕事は終わりだろう。地獄に帰らなければならない。私はげんなりとする。悪魔になったとはいえ、地獄は悪魔にとっても地獄なのだ。すると自分を呼ぶ声が聞こえる。私を呼ぶ声、いや悪魔を呼ぶ声が聞こえた。私は次の獲物の元に向かう。




暗い部屋に蝋燭を立て魔法陣を描く、黒いローブを羽織り女は祈るように呪文を唱える。

「バズビ バザーブ ラック レク キャリオス オゼベッド ナ チャック オン エアモ エホウ エホウ エーホーウー チョット テマ ヤナ サパリオウス」すると魔法陣に蝋燭が倒れ火が移り、燃え始める。それをボーっと俯瞰して眺めている。

「私を呼んだのはお前か?」悪魔が唐突に現れ足元の炎をひと踏みし、消し去る。部屋の中がふと暗くなる。だが悪魔は喋り続ける。

「さぁ願いを言え。どんな願いだろうと叶えよう。お前が望む全てを叶えよう。対価に魂を頂こう!」悪魔は地母神の様に手を広げ、甘く誘惑するように囁き、そして対価を要求する。

「ホントに来た…」女がローブを脱ぎ顔を出す。黒い髪に童顔で背は低い、華奢で弱々しい。触ったら枯れてしまいそうな小さな花の様だ。

だが女の魂は強く眩しい光を放ち、悪魔の無い眼球に突き刺さる。悪魔の魂が強く反応する。この魂を焚べなければならないと。

女が暗闇の中、電気の紐を引っ張り明るくなる。

「ごめんなさい。私、願いとかないから」そう言うと女は襖を開け部屋を出ていってしまう。悪魔は1人部屋に残されしばらく佇む。悪魔が頭蓋の頭を揺らし、白い煙へと変わり女を追いかける。女は外で信号を待つ。車が女の前を行き交っている。女の隣りに姿を現すが女は顔色ひとつ変えずにこちらを一瞥し言う。

「今、私を押せば直ぐに魂が手に入るんじゃない?」

「そういう訳にはいかないのだ。願いの代償に魂を貰う。そうでなければ意味が無いのだ」悪魔は信号を無い目で見つめながら言う。

女は「そう」と一言だけいい信号が青になると進み出す。悪魔もそれに習い歩き出す。横断歩道を渡ると閑散とした公園のブランコに女は座る。悪魔も隣のブランコに腰を下ろす。

「いつまで居る気?」女がブランコを軽く漕ぎながら聞く。

「最後を見届けるまでだ」悪魔は身体を微動だにせず口も動かさずに喋る。

女はまた「そう」と一言いいブランコを大きく漕ぐ。空が暗くなり街灯の明かりが灯り始める。公園の前をサラリーマンや子供達が通り、各々の家に帰る。女はブランコから動かない。

「帰らないのか?」悪魔が動かずに聞く。

「帰りたくない」女は下を向き答える。

「帰ったらお父さんに殴られる」そう言う女の襟元の影には痣があった。日常的な暴力が有るのだろう。悪魔は皮膚のない顔をニヤリとする。

「なら、お父さんを消してあげよう。そうすればお前は怖い思いをしなくてすむ」女は首を振る。

「君は毎日暴力に怯えながら生きてきたのだろう?君を苦しめた代償をお父さんが払うだけだ。何、こんな願いで君の魂を取ったりはしないさ。何度でも叶えてやる。さぁ言ってごらん?」悪魔が優しく友達の様に囁く、それでも女は首を縦には降らなかった。



夜中、女がこっそりと玄関の扉を開ける。部屋の中は暗い。父は寝ているのだろう。ゆっくり靴を脱ぎ入っていくと父はお酒の匂いを纏い、酒瓶やビールの缶に埋まったままテーブルで突っ伏し、いびきをかきながら寝ていた。急いで自分の部屋に入り襖を音を立てずに閉める。中では悪魔が立っているが気にせずベットに横になる。

「愚かな父親じゃないか。娘が夜中まで帰って来ないというのに酒を飲んで泥酔とは」女は黙ってベットに横になっている。悪魔は顔を寄せ耳元で囁く。

「大丈夫さ。私が全て上手くやる。あの男は病気で死ぬだけだ。君は何も悪くない。だからそう願え、私が君を助けよう」女が寝息をたて始める。悪魔が顔を上げため息を吐く。



朝、酒瓶と空き缶だけ残し父親は消えていた。女は赤いランドセルを背負い学校に行く。悪魔も女に着いていく。後ろから小さい男が女に小石をぶつけている。教室に着くと他の女は女を見てクスクスと笑う。机に女をからかう言葉が書かれている。女は黙って消しゴムで消す。その後も無視する、給食に消しカスを入れられる等のイジメを受けていた。女のクラスの教師は見て見ぬふりをしていた。帰り道に悪魔はまた耳元に囁く。

「酷いクラスメイトじゃないか。君をイジメて楽しんでいる。君は悪くないのに教師まで君を見て見ぬふりだ。私が助けよう。さぁ願いなさい。願えば君のクラスメイトを消す事だって、君をクラス1番の人気者にする事だって出来るんだよ?」女は泣きそうな顔で首をブンブンと振る。

「そうかい。それは残念だ」悪魔と女は歩く。

女の家の前に女の父親が居た。父親は女を見るなり鬼の形相になり、女の髪を掴み部屋の中に入っていく。

「ごめんなさい。ごめんなさい」鈍い音と共に部屋からは女の泣く声が聞こえてくる。



暗い女の部屋の中、横たわる女の耳元で悪魔が囁く。

「痛いだろう。苦しいだろう。痛みを取ってやる。願え。そうすれば苦しみを取り除いてやろう」女は腫れた顔を弱々しく横に振る。

「何故だ?なぜ願わない?お前を苦しめる者に復習を望まないのか?痛みや恐怖から解放されたくはないのか?」悪魔が困惑する。今までの人間は何かしらの願いがあって悪魔を呼ぶものだ。小さな願いは叶える内に次第に増長し、膨れ上がった最後の願いで人間は命を落とす。今まではそうだった。だがこの女は違う。なぜ1つも願わないのかわからない。

「私の願いは直ぐに叶う…」そう言い女は寝てしまう。



日が昇る少し前、女は静かに家を出る。治らない痣を髪で隠しながら足を引きずるように歩く、そして登っていく。

近くのマンション屋上に出る。殺風景な景色に回る室外機。屋上の淵まで女が近ずく。日が昇る前の少しヒンヤリとした風が抜け、汗をかいた身体に心地いい。

「お前はここでどうする気だ?」悪魔は女の背中を見下ろす。

「3年前の今日、私のお母さんがここで自殺した」女が痣のある顔で階下を見下ろす。

「お前も飛ぶ気か?なぜそんな無意味な事をする?そんな事をするくらいなら願ってしまえばいい。お母さんを蘇らせる事だって私はできるのだぞ?」悪魔が囁くが女は予想外の事を言う。

「もう願ったよ。でもダメだった。だから私が助けるんだ」女が訳の分からないことを言う。

「願ったとはどういう事だ?悪魔に願いを聞いてもらうために私を呼んだのではないのか?」女が首を振る。こちらに向き直り女がこちらを真っ直ぐに見つめながら言う。

「まだ思い出さないの?お母さん!」その言葉に頭蓋の中に記憶が蘇る。私はここから飛び降りた。夫の暴力に疲れた私は子供を置いて自殺した。悪魔は頭を抱える。

「私、お母さんを蘇らせて欲しいって悪魔にお願いした!でもダメだった!お母さんが地獄に落ちて悪魔になったから無理だって!」女は泣いている。

「だから私、お母さんが天国に行けるようにお願いしたの!そしたら悪魔はお母さんが天国に行く方法を教えてくれた!」女が1歩下がる。

「やめなさい!」悪魔が頭蓋を押さえたまま、手を伸ばす。

「私がお母さんを助けるから…」女は身体をゆっくりと淵の外へと下がる。朝日がゆっくりと上り、女の魂が金色に輝く。輝きがゆっくりと落ちていく。女は中空を漂い金色を放ち落ちていく。女、いやこの子は私の子。

「ユキっ!!!」悪魔は手を伸ばす。金色に向かい伸ばした手は届かない。悪魔の力を使って助けようとするが悪魔は人の願い以外に願いを使えば消えてしまう。それでも願いを使う。私のために手を伸ばす。


マンション下で目を覚ます。天に綺麗な光が登って行く。とても美しいそれは金色を放ち遥か空の上を登って行く。

「これで貴方のお母様は天国に行けたでしょう。悪魔が天国に行く為には人を思いやり、人の為に願いを使わなければなりません」そう言って悪魔が手を伸ばす。

「これで貴方の願いは叶った。私はもう行きます」ユキは悪魔の手で起こされ起き上がる。

「ありがとうございました。私の魂ですよね?」

「いえ、それは出来ません。私は願いを叶えてはいません。貴方自身のお力で叶えたのです。だから、魂は受け取れません」悪魔が背を向け歩く。

「悪魔さんは名前なんて言うの?」ユキが痣を擦りながら聞く。

「私の名前はミカエル。貴方はこれから幾万もの逆境に立ち向かわなければならないでしょう。でも大丈夫そうですね」そう言って悪魔は真白く美しい羽を広げ飛んでいく。

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