騎士の矜持

 王国がその技術力と錬金術の粋を結集し創り上げた対ネフィリム決戦兵器、魔導鎧装騎。

 特殊な錬金合金による装甲は防御のみならず、騎士の魔法を増幅することで攻撃力向上にも寄与し。

 蒸気機関を活用した駆動系により生み出される動力は巨大な兵器を携行使用することを可能にした。


 魔鎧騎はネフィリムとの戦いにおいて欠かすことのできない戦力として認められ、魔鎧騎を操る騎士は通常の魔女とは一線を画した存在として重用された。

 何故なら騎士となるためにはただ魔法が使えればよいというわけではなく、特殊な才能と技能が必要とされたからだ。


 特殊な才能とは、魔鎧騎を飛ばして動かすのに必要不可欠である飛行魔法、水属性魔法、火属性魔法という異なる三つの魔法への適性。


 そして特殊な技能とは、自分の身体よりも何倍も大きい魔鎧騎の体躯を、複雑な駆動系の仕組みを理解し精密に操作する技術である。 


『――はァァアアアアアッ!!』


 気迫の籠もった一閃。

 紅色の魔鎧騎が振り下ろした大剣は、黒の黎明の魔鎧騎を真正面から両断した。

 しかし残る敵は仲間の死にも動じず攻撃を重ねてくる。


 横合いから放たれた大口径のライフル弾を大剣の側面で弾き逸らし、次いで迫り来る二発、三発目も僅かに剣身の角度を変えて防ぎながら、四発目を翻って躱す。


 そしてデュッセルドルフが移動したことで生じた隙間を縫うように、一発の弾丸が敵の魔鎧騎胴部を撃ち抜いた。

 僅かな一瞬に的確な狙撃。

 相手に死の瞬間を悟らせず撃破した魔鎧騎は装甲を琥珀色に燦めかせる。


『――…………』


 そしてその破壊の余韻も残さず、次の獲物はどこだと雄弁に空を舞う。


 アルベルニアの精鋭たる白鳩騎士団が誇る騎士は、白亜の英雄ルシル・シルバだけではない。


 卓越した騎体理解と加減弁操作で人体よりも滑らかに魔鎧騎を制御し洗練された格闘戦闘を得意とする、鉄斬血鬼ルート・フォン・カレンベルク。


 伝信魔法を通して味方の意識や呼吸を理解し、その他感応系魔法による知覚で戦場全体を把握し掌握してしまう、旋律無音ロザリ・サン=ジュスト。


 王国でも五本の指に入ると評される二人は、ロンドンの空を埋め尽くさんばかりの敵数も、物の数ではないかのように立ち回っていた。


 既に破壊した魔鎧騎は十騎以上。

 その間、二人が受けた損害はほぼ皆無。


『やはり今日は気合が入っていますね、ロザリ中尉』

『……!』

『嬉しいですか。確かに、私達このところ活躍できていませんでしたから、ね……っ!』

『……? ……っ!』

『ああ、なるほど、そっちですか……』

『…………』

『まあ、確かにっ! ……そうですねぇ』


 ロザリからの思念を受けルートは一人で小さく笑う。そして気合を入れ直すように宣言。


『それに魔鎧騎での戦闘は私の得意分野……。譲るわけにはいかない領域。この道一つで身を立ててきた騎士の矜持というものを、教えて差し上げます……ッ!』


 ルートの気迫は、単純なものではない。

 いつもは冷静かつ温厚な彼女も今回の戦いには並々ならぬ闘志を燃やしていた。


 騎士として優秀な魔女が、では魔鎧騎無しの生身で戦っても優秀なのかというと、そういうわけではない。

 何故なら生身で戦う場合と魔鎧騎に乗って戦う場合とでは、求められる能力が異なってくるからだ。

 例えば普段から生身で戦闘をしている白鳩傍付き隊の魔女達と同じ条件下で戦った場合、自分は敵わないであろうことをルートはよく理解している。


 ルシルは時折「魔鎧騎が無い程度で戦えなくなるようでは騎士として二流」と語っているが、彼女ほど生身でも魔鎧騎でも強い魔女はそういない。

 無論ルートとて生身でもそこそこは戦えるという自負はあるものの、あくまでそこそこ。

 彼女の本領はやはり、騎士としての魔鎧騎戦闘なのである。


 故に、騎士として飛ぶ戦場では絶対に負けられないという矜持がある。


 そつなくなんでもこなせるルシルや、そんな彼女と似たタイプだったアイラ。

 そして伝信という希少な魔法の適性を持ち戦場での連絡中継役を担うロザリとは違い、ルートには魔鎧騎での戦闘以外何もできないという引け目があった。

 騎士としての能力は彼女が精鋭揃いの白鳩騎士団において自らを立脚するための要。

 そこで負けては己の存在価値など無くなると言っていい。


 にも関わらず、彼女は一度負けた。

 ルシルとアイラ不在のドーバーで、不意打ちとはいえ、ネフィリムではなく魔鎧騎に撃墜されたのだ。

 そしてそれが遠因となり、アイラを死なせてしまったと言っても過言ではない。


 失態だった。

 今更後悔しても遅い、取り返しの付かないほどの失態。今でも自分が許せない。


 だからこそ、彼女は戦う。

 自分が死なせてしまった戦友の分まで。

 天国にいる彼女を安心させられるよう、せめて自分の得意分野で、自分にできることをする。

 心の定まった彼女には、もはや一部の隙も無かった。


 そして、それはロザリも同じだった。


 彼女はルートと自分が撃墜されたあの日、最初のルートへの奇襲を阻止できなかったことを悔いていた。

 戦場での彼女の役割は伝信魔法を使った連絡中継役。

 戦闘中は他の騎士や傍付き隊より一歩引いて補佐の役回りに徹することが多い。

 もっともそれは伝信などの感応系魔法で味方の精神状態を含めて戦場の状況を把握している彼女の得意分野でもあった。

 誰よりも冷静に、誰よりも的確に戦場を見通すことを彼女は自身に課している。


 そんな彼女が、ネフィリムを討伐し戦闘が終了したかに思われていたとはいえ、忍び寄る敵に気付かず奇襲を許してしまった。

 他の誰が気持ちを緩めても、自分は最後まで油断をしてはならなかったのに。

 奇襲の気配を察知し、身を挺してでもルートを守るべきだった。

 その結果例え自分が離脱しても、ルートさえいればあの場で敵魔鎧騎は撃墜できただろう。

 そしてあの場で撃墜できてさえいれば、その後ルシルとアイラが襲われることもなく、今もここにアイラがいたのかもしれない。

 そう考えるとやり切れなかった。


 幼い頃にネフィリムの脅威を目の当たりにしその心的外傷で失声症を患った彼女は、自分が満足に意思を伝えられない分だけ相手の意思を汲み取ろうと、人の思念に対して敏感な人間へと成長した。

 わざわざ魔法で心の中を覗かずとも、大抵のことは察することができるほどに。

 故に彼女にはわかっていた。

 白鳩騎士団着任当初からアイラが胸に秘めていたルシルへの強い想いも。

 アイラがいなくなったことでルシルが抱え込んだ深い哀しみも。


 わかるからこそ、やり切れない。


 ロザリは白鳩騎士団という居場所が好きだった。

 集う団員は皆どこかがズレていて、どこかが歪み、欠けている。

 にも関わらず、一つひとつのピースがしっかりはまったパズルのように、すっきりと心地よく一つにまとまっている。

 そしてアイラは、その大切な一員だった。

 そんな彼女を奪った黒の黎明に対して、ロザリには怒り以外の感情は無い。


 彼女にしては非常に珍しい思念。

 沸々と燃え滾るその激情を胸の奥のある一定の線で抑えて溢れ出る分は敵にぶつける。

 その絶妙な精神状態が彼女に本来の能力以上の力を発揮させていた。


「……どうしたものかしら。出番が無いわ」


 たった二騎で黒の黎明の魔鎧騎隊を蹴散らしていく部下の姿に、ルシルは呆れたように息を吐く。

 自分にも鬱憤を晴らす場を与えてもらわないと困ると注意をしようとしたその瞬間。


「――ッ!?」


 地上から轟いた砲撃音に、瞬間騎体を旋回させる。

 直後襲い来る砲弾の嵐。

 しかしその数は尋常ではない。

 ドーバーの列車砲による対空砲火を凌ぐほどの火力。


 本土決戦となった際にロンドンの街をネフィリムから防衛するため過剰なまでに設置された対空兵器、防空陣地。

 それが一斉に火を吹いたことにより生み出されたのは、弾幕というよりももはや砲弾の壁。

 回避するどころの騒ぎではない。

 魔鎧騎では最早足止めが叶わないと悟り、残る味方も巻き込む覚悟で次の手を切ってきたか。


「――葬演武踏リーパー・ストラッターッ!」


 敵の砲弾を操作しようと試みるも、数が多すぎて一部を操るのが限界だ。

 咄嗟に操れた一部を近くの砲弾に衝突させると、弾種が榴弾だったのか、誘爆。

 ロンドンの空を焼き尽くすような爆発。

 こんなもの街中で放ってくれるなと声を荒げる余裕も無く上空へと退避してなんとか一旦事なきを得る。


 しかしロンドンの防空性能がこれほどまでとは驚かされる。

 流石はネフィリム相手を前提とした設備。

 魔鎧騎を駆る騎士とはいえ、人の身でこれを突破するのは不可能とさえ思えた。


 ロンドンという巨大な街そのものを相手取って戦っている感覚。

 今は自分達こそがこの国を脅かす異端側なのだと、そう感じさせられた。

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