四章【導きの光】

首都決戦

 黒の黎明による掌握から一夜明けたロンドン。

 未だ太陽が上り始めて間もない明け方ということもあるが、街を出歩く人の姿は無い。


 政府や軍関係の施設は制圧され、女王陛下も殺害された。

 人々はこの国がこれからどうなるのか、自分達がどこへ向かっていくのかを案じ、家の窓から空を見上げる。


 そこにはいつも通りの暗い雲。

 防衛排煙機構や軍事産業工場、首都防衛設備から排出される薄汚れた黒い煤が空を覆い、暗澹としていた。


 それが普段よりも更に見る者の心を重くさせるのは、昨夜の放送、黒の黎明主宰による演説の内容が尾を引いていたからだろう。


 ネフィリムが人間を襲う理由。

 王国が奴らからの襲撃を受ける理由。

 驚くべき話だった。


 一夜明けた今でも、胸の中で消化しきれていないのがわかる。

 この国を、人々を、根本から揺るがすような衝撃。


「――だからって、どうすればいいんだ……」


 一人の男は呟く。

 暗く重い空を見上げたまま。

 この国の行く末に、想いを馳せて。


「――……?」


 ふと、視界を何かが横切った。

 黒い上空を真っ直ぐに駆け抜けていく三つの人影――いや、人にしては大きく無骨な影。


 男はそれを知っていた。

 新聞の紙面で幾度となく目にしたことがある。

 ネフィリムという異形の脅威から国を守る騎士と魔鎧騎。


「ああ……」


 白黒の写真で見るよりも更に純黒な先頭の一騎が一際目を引いた。

 黒い空を背に飛びながらそこに融け込むわけではなく異彩を放つ圧倒的な漆黒。

 そこには力強さがあった。

 何者にも呑まれないと声高に宣言しているようであった。

 威風堂々と駆ける姿はある種の神々しささえ纏っていた。


 男は、固唾を飲んで見守る。

 国の行く末が決まろうとしているような、そんな漠然とした予感があった。


 ◇◇◇


 普段とは違う騎内。

 座席の角度も、硬さも、感触も。

 ペダルの重さも、レバーの位置も、弁の締まり具合も。

 計器の数も、バイザーの広さも、操縦席の狭さも。

 長年かけて慣れ親しんできた雷雪のものとは違う。

 けれどそこには、言いようのない安心感のようなものがあった。

 魔鎧騎内に、彼女の存在を感じる。匂いが、雰囲気が、暖かさが。

 アイラという少女を彷彿とさせる。


「……あなたとも、久し振りね、ブラックロード。いえ、今はもう、ブラックロード・リベレータ・冰華……だったわね」


 そっと手を触れ、語りかける。

 もう随分と古い騎体。

 いくつもの戦場を越え、幾度かの改修を経て、アイラ専用騎としてカスタマイズされるに至った騎体。


 結局その完成を彼女は見ることなく散り、巡り巡ったブラックロードは、最初の持ち主であったルシルの下へと戻ってきた。


 黒騎士という言葉は元来、主君への忠誠を誓わずに戦場へ身を置く騎士を指すという。

 王冠への忠誠など無くただ自分自身の為に戦っていた、ルシルの原点。

 今では白鳩の騎士だとか白亜の英雄だとか清廉で潔白な名で呼ばれるようになった彼女は、当時の自分へ想いを馳せる。


 そして当時、このブラックロードと共に出会った彼女のことを。


「……私はあなたの主のように氷魔法なんて使えないけれど……。共に見せつけてやりましょう。冰華繚乱の戦いを」


 彼女が世界に遺した想いは自分が受け取り自分が繋ぐ。

 ルシルにはもう、迷いは無かった。


『――団長。前方バッキンガム宮殿……、敵影です』


 ロザリの伝信魔法を通したルートの警告。

 直後、魔鎧騎用の長大なライフルから放たれた無数の弾丸が三人の騎士を迎え撃つ。


「エンゲージッ! 各員散開せよ!」


 三つに別れる白鳩の騎士。

 それを迎撃すべく上昇してくる敵魔鎧騎の数は、十や二十では足りない。

 まるでルシル達を待ち構えていたかのような、鋼鉄の軍勢。


『見慣れない、黒の黎明の魔鎧騎……だけではありませんね。近衛騎士団のクラウン・パラディンや司令部付のゴールウェイ・ウィッチーズの姿もあります』

「既に兵器一式も接収済みというわけね。もっとも、あれだけの魔鎧騎を動かせる魔女が黒の黎明にいたというのが驚きだけれど」

『…………っ』

「……ロザリ中尉、なんだかやる気ね?」

『恐らく、気に入っているゴールウェイをいいように使われているのが許せないのだと思いますが……団長。黒の黎明の魔鎧騎は兎も角、あれら全部まとめて、破壊してしまっても?』

「一向に構わないわよ。こんな内地を守る戦力、これが終われば如何様にでもなるわ」


 伝信を通じて、二人の部下の闘志が伝わる。

 やる気なのはいいことだ。

 こんな圧倒的数的不利の状況において、全く萎縮していない。

 まったく頼もしい限りである。


 次々と飛び上がってくる敵魔鎧騎隊は、バッキンガム宮殿への征く道を塞ぐように接近してくる。

 国防有線通信を使用して国民へ真実を届けるというこちらの目的を察しているのか。

 あるいは、宮殿に黒の黎明主宰など重要な幹部でも居座っているのか。


 どちらにせよ、邪魔立てするものは排除するのみだ。


『まさかロンドンの上空で、しかも魔鎧騎同士で戦うことになるなど考えたこともありませんでした。これは歴史に残る戦いでしょうね、団長』

「大変結構。この国を脅かさんとすればどのような報いを受けるのか――人の歴史に刻み、後世にまで轟かせましょう」


 この今を過去にするために。

 決して、今日この日を人類最後の日にしないために。


 決戦の幕が、切って落とされた。

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