現世の蓋

天気がすぐれない今日も朝に起きる。

入学してから数日以来、

約1週間ぶりの登校となった。


杏「あー…。」


昨日は多めに眠ったはずなのに

声からして疲労が取れていない。

一叶のところにも

蒼のところにもいかず、

1人先に登校して授業を受けた。


心のままに言えば

レクリエーションをしたみんなと話すのは

気まずいことこの上なかった。

悪いことはしていない。

ただ、人狼を強行しようとしたことには

変わりはない。

とはいえ人狼賛成派は

意外にもいたことだし、

全てがうちの責任ではない。

授業と授業の間の休み時間に

言い訳を探しながら歩いていると、

棟の間の渡り廊下で

黄昏ている人影があった。

2つのお団子から垂れた髪の毛が

ゆわりと揺れている。

静かに隣へ向かい壁に凭れた。


杏「彼方?」


彼方「は?……あぁ。」


杏「何々その反応。」


彼方「まぁ同じ学校だし会うよねってだけ。」


杏「うちは彼方と会えて嬉しいけどね。」


彼方「きっも。」


杏「つめたっ。なんでそんなこと言うんすか。」


その返事はなく、ため息だけが風に流れた。

一間置いて彼方が口を開く。


彼方「役職何。」


杏「うち?普通に人狼だったっす。」


彼方「マジ?」


杏「マジ。ちなみに相方は詩柚だったって見ました?」


彼方「見てない。」


杏「昨日みんなが役職公開してたよ。」


彼方「あぁ、うるさくて見てなかった。」


杏「確かに一斉発信してたしね。実は偽占いが上手いことささってたんだよ。流石にわくわくした。」


彼方「へえ、惜しい。そのあとどうだったの?」


杏「それがね、ほんとに聞いてほしい。」


身を乗り出して彼方へ向かう。

彼方、七と吊られて以降

人狼をする流れになったこと、

まず初めにうちが

偽の霊媒として名乗り出たこと。

人狼をしないという話だったが、

本物の占い師である一叶は

毎回占いをしており、

七は白、詩柚は黒、いろはは白と言ったこと。

その後何故か時間をおいて蒼の誘導の元、

本物の霊媒師である古夏が名乗り出たこと。


同じ人狼陣営だったからか、

それとも占い騙りをしていたし

人狼をするやる気があると知っていたからか、

彼方と話すには緊張も気まずさも感じなかった。

意気揚々として話していると

彼方はくすりと笑った。


彼方「運悪。」


杏「嫌になっちゃう。自暴自棄。まさか一叶が占いで出てきて詩柚を占ってるとはね。詩柚が吊られた次の晩から噛もうと思ってたところ、謎が解けたって感じ。」


彼方「もし占いが黒側をぶち抜いてなかったら、もしくは蒼って人の手助けがなければ割といけてそう。」


杏「そうなの。多分どこかで蒼と古夏は仲良くなっただかなんだかで話をしてたんだと思う。もしそれがなかったらうちが真の霊媒として信じてもらえてたのに。」


彼方「そしたら次の吊りはとりあえず一叶になるでしょうし、残りは杏といろは、湊、蒼、古夏。」


杏「黒1に白4か。きついな。」


彼方「その前に1回は噛むチャンスがあるから、白は3人じゃない?でもあんたが真霊媒として見られてるんなら白側が勝手にやり合うでしょ。」


杏「そこで白吊れてたら次に噛んで終わりか。古夏がどのタイミングで名乗り出るかって感じだけど。」


彼方「あり得た未来臭するわ。」


杏「騎士が蒼だったらしいんで、もし運良く先にそこを潰せたら勝ちの未来あったかなぁ。」


彼方「昔からのよしみでしょうよ。同情が勝つんじゃない?」


杏「自分のためなら先輩でも噛むよ。」


彼方「ふうん?守りたいもの結構ごりごりあるんだ。」


杏「あるっすね。」


彼方「誰かのために守りたい秘密?」


杏「いいや、自分のため。」


彼方「じゃあうちらとはちょっと違うか。てかなんで最初から噛まなかったの。占い師くらい普通に動くって思わなかった?」


杏「それね、初日の晩に詩柚と話したんだよ。占いが動くことも想定した上で「もし確実に全員の秘密が守れる方法が見るかるんならそれを選びたい」って言ってた。」


彼方「へえ。なるほど。」


杏「なんかわかったの?」


彼方「微妙。ただ謎解きは正味解けるか解けないかって不明瞭だったし、かと言って人狼は白黒つく。」


杏「蒼が人狼をするべきって言ってたのも、謎解きは確実性がないからだろうし…。」


彼方「そこで詩柚が引っかかってたのは湊のこと。」


杏「湊?」


彼方「そこまでは話してない?」


杏「話してないっすね。様子見ようかって話で流れたから。」


彼方「詩柚は湊の秘密も確実に守れる方法を探したかっただけ。結局1人犠牲ルートっぽかったし、はなから噛めばよかったのに。人狼をしたくないって言った湊の意見に揺れたね、あれは。」


杏「確かに人狼を続けたら詩柚と湊は陣営が違うし、どっちかは暴露だもんね。」


彼方「湊は守りたい、けどそれ以上に自分の秘密の方を守り抜きたいって感じっぽ。」


杏「詩柚の秘密がそもそも湊を守るためのものだったりして。」


彼方「ややこし。そこまできたら狂気。」


杏「自分以外に守りたい存在がいると強くなれるけど脆くなるのがよくわかる。」


彼方「自分以外に、ね。」


杏「彼方と詩柚とは違って。」


彼方「自分のためであり続けるとか弱いし脆いよ、それ。」


杏「あはは、言うねえ。」


ふい、と彼方はそっぽを向く。

違うと言うなら

彼方と詩柚は誰かのために

守りたい秘密があったのだろう。

しゃがんだまま1歩詰め寄る。

1歩分離れられた。


杏「なんすかなんすか。」


彼方「詩柚何時くらいに来るの。」


杏「定時制って言ってたっけ。夕方くらいじゃない?」


彼方「黒組いい相性してると思うよ。」


杏「集まってお疲れ様くらい言うか。」


彼方「あり。」


その返事に意外だ、と思う。

彼方のことだから

人との交流は避けるのではと

思っているところがあった。

詩柚に対しては似てるところがあると

彼方も感じているようだし、

その関係で近づきたいと

考えているのかもしれない。


うちには2人の考え方はわからないけれど、

面白そうと思う他なかった。

日が暮れる時間帯に期待を込めて

その日の授業は適当に受けることにしよう。





○○○





七「一叶ちゃん、一叶ちゃん!」


2年生のクラスに突撃すると、

先輩たちが一斉に振り返った。

先まで別のクラスで

同じように名前を呼んでいたら、

通りすがりの先輩が

「一叶ちゃんは向こうのクラスだよ」と

親切なことに教えてくれた!

その教室の真ん中の方で

はっとして私を見つめてくる

ふわふわの髪の毛が目に入る。


七「こっちこっち!」


声をかけると急いで

教室の出入り口にまできてくれた。

その頃周囲はみんなして

元の自分達の会話へと戻っていく。


一叶「元気だね。」


七「うん!いつもそう!」


一叶「風邪引かなそう。」


七「インフルエンザとかは長年ないよ!」


一叶「あはは、健康すぎ。それで…何か用事?」


七「今みんなに声かけてるだけ。蒼先輩にはさっき会ってきてね、おはようございますって挨拶してきた!」


一叶「そうなんだ。みんな無事そうだね。」


七「あと古夏ちゃんと会えてなくてね。蒼先輩が「特別教室にいると思うわー」って教えてくれたの!」


一叶「そっか。古夏と蒼は同じクラスだっけ。」


七「特別教室ってどこにあるの?入学してすぐに成山にいたからこっちの教室わかんない!」


一叶「あはは…知ってる?私も編入したばっかり。」


七「え?そうなの?」


一叶「そうそう。だからこの高校経験は同じ1年生なんだよ。」


七「なーんだー。じゃあ適当に聞いて行ってみる!ありがとね一叶ちゃん!」


一叶「はーい、またね。」


隣にいた先輩に特別教室の場所を聞き、

一叶ちゃんに手を振ってその場を離れた。


たん、たたんと靴音が鳴る間に

他の音がいっぱい挟まってくる。

ものを落とす音、人の話し声、

誰かが走る音、呼吸の音。

それが嬉しくて仕方なかった。


あの校舎の中は明らかに異常だった。

けれど、結局それが何なのか、

どこにあったのかはわからないまま。

そこも解明できたらいいな。

現世に戻ってきてすぐに

謎解きのための情報を集めていると、

みんなから奇妙な反応をされた。

みんな、というのは

一緒に校舎にいたみんなのこと。

たくさん話したじゃん、

人狼が、と話しかけても

気味悪がられてそそくさと

避けられてしまった。

1番しょんぼりしたのは

古夏ちゃんに話しかけた時。

声が大きかったのか

走って近寄って行ったのか

何が悪かったのかわからないけど、

声をかけた瞬間ぎょっとした顔をして

走って逃げられてしまった。

それが何と数回。

流石に寂しかった。


のちにわかったことなんだけど、

どうやら吊られた人以外は

Twitterのアカウントが変わった等の

記憶がないみんなだったらしい。

ある人によっては世界線が違う、

ある人によってはドッペルゲンガーだ、と

Twitterでは様々な憶測が飛び交っている。


謎解きを解決して以降

みんなの記憶も戻り、

日常へと戻っていった。

ドッペルゲンガーと噂されていた

自分の分身は跡形もなく消え去った。

私の代わりに私の生活をしていたのだから

お礼くらい言いたいところだった。

パパやてるに話しても

「何を言ってるんだお前は」で

片付けられてしまった。

家族の言葉を信じないなんて酷すぎる!

その日はお米を一合食べて

炊飯器の中をすっからかんにしてやった。


階段を駆け降りて1階へ。

そして何度か角を曲がり

特別教室と書いてある札がある

教室にたどり着く。

ひと呼吸置く間もなく

すぐに扉を開く。


七「すみません!古夏ちゃんいますか!」


近くにいた先生が振り返る。

びっくりさせてしまったらしい。

目を見開いていた。


先生「根岸さんのクラスの子?」


七「いいえ!でも友達です!」


先生「そうなのね。奥の方の机にいるわよ。」


今は昼休みだからか

特別教室に人はおらずがらんとしていた。

パーテーションで教室を

2分割にしているようで、

その奥の方へと向かうと

席がいくつか並んでいた。

そのひとつの席に古夏が座っている。

声で私だとわかっていたようで、

じっとこちらを見つめていた。

小動物みたいで逃げ出しそうだったけれど、

でもまだ逃げだしていない。


七「おはよ、古夏ちゃん!」


古夏「…。」


古夏ちゃんは目線を少し泳がしては

困ったように笑い手話をしてくれた。

何の手話か分からなかったけれど、

とにかく古夏ちゃんは

私と話をしてくれた!

それが嬉しくてたまらず

彼女の席まで行って机に手をつく。

前のめりになると

古夏ちゃんはびっくりしたのか

ややのけぞっている。


七「あのね、あのね!」


古夏ちゃんたちが戻ってくるまでに

いろんな不思議なことがあったんだよ。

全部解明したいね。

そんな話をしたかった。


4月も半分を過ぎた今日。

普通に学校に通って

普通に友達と話す。

それが、ようやくできた。

普通に、だけどちょっと刺激のある

謎だらけの高校生活。

この先何があるのかと思うと

わくわくが止まらない。

春風がぶわりと吹いた。












黄昏 終

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