緊張の糸切り
うっすらと目を開けると
時計の針はいつもとは
違った位置に留まっていた。
目を細めてぼやけた視界を正そうとする。
見れば午前10時をすぎていた。
湊「やっばい、寝坊…。」
飛び起きるものの
味気ない教室を見て
まだ成山ヶ丘高校もどきの校舎に
閉じ込められていたのだと頭を振る。
新学期が始まって1週間は経た。
それなのにうちはまだ
高校2年生の授業を
これっぽっちも受けていない。
このままでは春休みの延長線。
バイトもない日々のせいで
怠けることが癖になってしまう。
湊「そうだ。」
ゆうちゃんを探しに。
そこまで思い立って
先日ゆうちゃんは吊られたことを思い出した。
人狼をするなら、
彼方ちゃんからは白、
一叶ちゃんからは黒と
別々の占い結果を言い渡された
ゆうちゃんを吊ることが手っ取り早く
ゲームを進められた。
ゆうちゃんもそれを理解しているようで、
意外にもすんなりと
その事実を認めていた。
湊「…ふぁーぁ。」
彼女は良くも悪くも
うちと行動を共にすることが多かった。
まるで何かを見張るように
どこに行くにも
くっついてくる時すらあった。
だからこそ、すんなりうちから
離れると選んだことを
未だに信じられないままでいる。
廊下に出たと同時に、
天井からホワイトノイズが
波のようにしてやってきた。
その場で立ち尽くしていると
一叶ちゃんの声だろうか、
肩で息をしているのか
微かに荒い呼吸が放送にのる。
一叶『みんな体育館に集まって。』
湊「…?」
起きて早々何事か。
視界も明瞭になり切っていないまま
おぼつかない足取りで
艶のある廊下を渡る。
体育館の入り口には一叶ちゃん以外の
皆が既に集まっていた。
湊「おっはよー。一叶ちゃんは?」
いろは「まだだねー。」
湊「そっか。焦ってそうだったし急いで来ちゃったよ。」
杏「寝起き?寝癖ついてる。」
湊「直す時間もなかったくらい寝起き!」
親指を立てて突き出すと
「元気だねー」とのんびりした声が聞こえた。
こう見ると随分と人が減った。
6人だけで体育館を占領するなんて
夢のようと思っていたけれど、
実際そうなってみれば
がらんとしていて物寂しいことこの上ない。
まるで2人用のベッドに
1人で寝転がっているような、
自由に使ってもいいよと言われ
月に放り出されるような、
嬉しいし楽しいはずなのに
心が追いつかない状態に陥っていた。
杏「一叶が来るまで霊媒結果の話でもしますか。」
蒼「そうね。古夏はどうだったかしら。黒だった?」
そう聞くと、古夏ちゃんは
申し訳なさそうに頷く。
霊媒をして結果を伝えるくらい
悪いことをしたわけではないのだし
自信を持てばいいのに、と微かに思う。
いろは「杏ちゃんはー?」
杏「詩柚は白。そりゃあ割れるか。」
蒼「それなら一叶と古夏が同じ陣営、杏と彼方が同じ陣営になるってことかしら。」
杏「そうだね。あとは…うち視点、詩柚は白だったし古夏と一叶は人狼側で確定なんだけど、そしたらあと1人何も言ってない人の中に隠れてるっていうことになる。」
湊「ろぴか、蒼ちゃんかうち?」
杏「そう。」
いろは「古夏ちゃん視点なら、自分が村人陣営だーって言うなら人狼側は3人出てるよね。杏ちゃんに彼方ちゃん、詩柚ちゃん。」
蒼「一叶たちか杏たちか、どちらが本当に人狼なのか私たちなにも役職がない人からはわからないわ。人狼が噛んでいない以上、騎士がいるかどうかも怪しい。」
杏「うちから見ると七、詩柚のどちらかにいた可能性はあるとは思う。でも役職持ちなら吊られる前にひと言言いそうだけど。」
「ほら、彼方みたいに。」と
体育館の壁に凭れながら言う。
先日から人狼をする方向へと
みるみるうちに会話は流れていった。
そのせいで空気が妙に
微細な電気が流れている。
昨日も学校を歩いていて、
1人でいる人が多いように見えた。
かく言ううちも
あまり人狼の話をしたくなくて、
気を紛らすために
ふらりとコンピュータールームに入ってみたり
音楽室に入って吹奏楽部が使っているのだろう
木琴や鉄琴を鳴らして遊んだりしていた。
協力することで何も起こらず
無事終えられるのであれば
それが1番いいじゃないか。
争う必要なんてないのに
どうして秘密を守るために
嘘をついてまで話すのか。
その答えを知りたかった。
あまり話し合いに参加するつもりがないまま
地べたに座っていると、
少しして一叶ちゃんがやってきた。
一叶「ごめん、お待たせ。」
杏「どこ行ってたの。」
一叶「まだ自分の部屋にいる人がいないか確認してきたんだけど、杞憂だったみたい。」
今度は壇上へと走り
タブレットを持ってくる。
大切そうに抱えて、
そしてぱ、とその画面を見せてくれた。
投票は翌日だし一体何なのか。
そう思って覗くと、そこには。
『謎が解かれました。
よって参加者全員の秘密は守られました。』
全員が息を呑むのがわかった。
本当に解けたのか、と
訝しむ音であると同時に
やっと終わるんだ、と安堵する音だった。
え、それじゃあ。
そう声を上げようと思っても、
長いこと無意識のうちに気を張っていたのか
どっと疲労が押し寄せ声にならなかった。
一叶ちゃんが画面を1度タップする。
すると、画面が切り替わった。
『自室の布団にて横になり目を閉じてください。
これにてレクリエーションは終了します。
お疲れ様でした。』
それだけの言葉を残して
タブレットは唐突に光を失った。
束の間、無音が広がる。
何をどうすればいいのかわからない。
そう言った空虚さに小突かれた。
みんなと目を合わせるも、
その全員がきょとんとしているのがわかった。
湊「本当に終わったの?」
いろは「そうなんじゃないかな。レクリエーションは終了ってあったし。」
湊「ほんとのほんとに?」
一叶「多分…?」
湊「…!やったー!」
蒼「声が大きいわよ。」
杏「…あはは、ひりついた。」
湊「もう本当に!肌までぴりぴりしちゃってやだったんだから!」
いろは「平和主義だったもんね。」
湊「そうよん!よかった。現世に戻ったみんなが頑張ってくれたんだ。」
一叶「信じるって最強だね。」
湊「ねー!」
蒼「こうなったらみんなの役職も知りたいわね。結局誰が人狼だったのか、霊媒も占いも2人出たせいでわからなかったのだし。」
いろは「確かにー。」
一叶「まあまあ。一旦戻ってからじゃない?」
杏「無事に帰れるかってのはまだ決まったわけじゃないしね。帰るまでがなんとやら。」
杏ちゃんも古夏ちゃんも
疲れた顔をしていた。
役職持ちとして名乗り出た人たちは
相当頭を捻ったことだろう。
深くため息を吐いていることから
その疲労がうかがえた。
各自部屋に戻る。
皆布団に潜ったのか
今となってはわからない。
すぐに現世で合流できることを願い
地震が起きた直後のように
うちも布団の中へと駆け込む。
よかった。
何度この言葉を頭の中で吐いただろう。
湊「解決かぁーっ。」
うんと伸びをする。
この数日間気は張り詰めた。
居心地が悪く抜け出したい話し合いもあった。
けれど終わってみれば、
案外呆気ないと感想が漏れそうになる。
今はただこの安堵に
溺れていいのだと言い聞かせた。
結局靄のことも深くわからないままだけれど、
それも帰ってから考えることにしよう。
タブレットにあったように目を閉じる。
校舎の窓から見える景色と同じ色。
少しの間微睡んだ。
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