共同戦線

朝起きてご飯を食べて

することもなく体育館に行っては

たん、たんとバスケットボールをついていた。


七「ほっ!」


中学生の時の体育の時間で習った

レイアップシュートを決める。

ゴールに優しく置きに行くような

イメージで決めるシュートだった。

身長が足りないならその分

ジャンプすれば問題ない。

ボールは慣れたように

ゴールへと吸い込まれていった。


昔から運動は好きだった。

中学時代には既に

探偵を志していたから

部活に入って打ち込むなんてことは

してこなかったけれど、

小さい頃から駆け回っていたおかげで

運動神経はよかった。


たん、たんたん。

相手はいないけれど

ディフェンスがいることを想像して

ぐるりとボールをつきながらターンする。

反対側のゴールへと走る。

試合であれば自陣営への

シュートになってしまうけれど、

1人遊びなら何やっても大丈夫。

そこから2ポイントシュートを決めようと

放物線を描くように

重たい球体を投げ込む。


かたん。

それはリングに当たって

弾けて落下した。


七「あーあ。」


1人で遊ぶのはつまらなかった。

たまたま詩柚ちゃんを見つけて誘って見たけど

何やら急いでるみたいで

すぐに断られてしまった。

次に出会ったのは杏ちゃんで、

相変わらず相手にもしてくれなかった。

誰かと遊ぶより先に

とりあえずバスケットボールがしたいという

欲の方が先に出てきてしまって

今こうして1人でボールをついている。


1人でずっといれる人の気が知れなかった。

寂しいじゃん。

誰かといる方が話せるし

遊べる幅だって広くなるし何より楽しい。

だから話しかけてはいないけれど

美術室でひたすら大の字で横になってる

いろはちゃんや

きっとどこかにいるであろう

古夏ちゃんのことが信じられなかった。

どうして1人でいれるんだろう。

1人が好きだとか

人といたくないとか

理由は色々あるんだろうけど、

それでもやっぱり疑問が勝つ。


1人でいると今の私みたいに

頭がぐるぐるになってしまう。

ぐるぐるしたままでは気持ち悪い。

何故か動けなくなるんじゃないかって

意味もなく校舎の外のような

先の見えない暗闇に

包まれていくような気がする。

こうして動いていると

そんなことは全くない。

もし目の前に敵がいたら

どんな動きをするんだろう。

こうされたら嫌だな。

そんな時はどう攻略しよう。

ゲームのようでどうしようもなくわくわくした。

そう。

こういうのは楽しいの。

考えるのは得意じゃないけど、

目の前のことに必死になってる感じは

頭をちりちりと良い温度で炙られてるようで

ものすごく心が燃えて好き。


だん。

溢れたボールをすかさず広い

もう1度攻撃を交わす想定をして1回転。

そしてシュートをする。

今度は音も少なくするりと

ゴールが決まった。


七「よっしゃ!」


「うまっ。」


七「わ、誰!?」


そう言いながら振り返ると

一叶ちゃんが体育館の扉を半開きにして

顔を覗かせていた。

左右に開けるタイプの扉なもので、

このまま首を挟んでしまいそうな体制に

見ているだけでざわつく。

長い方の髪がぱらぱらと

肩を伝って地面に向かった。


一叶「バスケやってたの?」


七「全然!休み時間とか遊びでとか、それくらい。そんなところにいないで中に入っておいでよ!」


一叶ちゃんは「邪魔になると思って」と

言葉足らずしてそう言いながら入ってきた。

邪魔になると思って入ってこなかったのか、と

言葉を補い終える頃には

彼女がボールを拾った。


一叶「すごいな。運動できる人って憧れる。」


七「そう?簡単だよ。しゅってやってどどどってやってすぱってやるの!」


一叶「えっと…何の説明?」


七「シュートだよシュート!」


見てて!

そう言ってボールをトスしてもらい、

そのまままた反対側のゴールへと駆ける。

たん、たんたん。

特有のリズムと足の運びをして

またレイアップシュートを打った。


七「ね!簡単でしょ?」


一叶「見てるだけだと簡単そうに見えちゃうね。」


七「一叶ちゃんもやってみて!すぐできるから。」


一叶「あぁ…いいや、私は」


七「ほら、ボール!」


投げて渡すのも危ないかと思い

彼女の元に駆け寄って渡す。

やや無言の時間があった後、

一叶ちゃんは諦めたように笑って

肩をく、と小さくあげた。


一叶「後悔させてあげる。」


七「え?」


一叶「私にボールを渡したこと。」


もしやできないできないといいつつ

実はものすごく上手だったみたいな

流れでは、と察する。

テスト勉強全然してないよといいつつ

高得点を叩き出すあれだ。

ごくり、と生唾を飲んだ。

そして次の瞬間。

彼女はすぐ近くのゴールにシュートをした

…ように見えた。

近くだったというのに

縦も横も飛距離が足りず

重力に負けるようにしてたん、たんと

ボールが落ちてきた。

一叶ちゃんはもう1度それを拾い上げ

別の方向から投げてみる。

また飛距離が足らない。

むしろ真上にあげている。


七「…。」


今度は強すぎてボードにぶつかり、

ころころと壇の方まで転がっていってしまった。

それならば、と思ったのだろう。

壇の下からシュートする格好を見せた。

前に倒れてしまいそうな

不安定なフォームで投げる。

次はほぼ真横にボールが飛んできた。

たまたまキャッチできそうだったので

バウンド越しに手に取ると、

一叶ちゃんは何故か涼しい顔のまま

駆け寄ってきた。


七「えっと…ごめん。」


一叶「もう1回。」


七「え?ごめん!」


一叶「あ、違う違う。ボール貸して。」


七「そんなに苦手とは思ってなかった…。」


そう言いながら渡す。

今度はゴールの近く、正面に立って投げる。

フォームが悪かったのか、

正面に立っているはずなのに

大きく右へ逸れていった。


一叶「今さらっと酷いこと言ってなかった?」


七「後悔させてあげるってそういう…。」


一叶「どう。」


七「伸び代は100万点!」


一叶「あはは。フォローありがとう。」


もうちょっとかっこよく

シュートくらいできたらな。

一叶ちゃんは辿々しい動作で

ボールをついていた。


七「そしたら私が教えるよ!1回は入れよ!」


一叶「え?」


七「ボールもう1個持ってくるね!」


体育倉庫からボールをひとつ持って

床につきながら一叶ちゃんの隣に並ぶ。

まずね、と彼女に教えると

まるでアヒルについていく子供のように

全く同じになるよう真似てくれた。


それからシュートを入れる練習をしたり

気ままにボールをついたり、

足の下を潜らせたり。

時間を潰すように遊ぶ中

一叶ちゃんはずっとシュートをしていた。

初めてそれが入った時は

本人も目を輝かせて喜んでいて、

私も嬉しくなってハイタッチをする。

乾いた音が体育館に響いた。


楽しくなってきたようで

彼女は疲れ知らずで

ボールをついては投げていた。


七「上手くなってきてる、上達早いね!」


一叶「教え方が上手いんだよ。」


七「え、初めて言われた。」


一叶「最初は…うん、祇園が多くて訳わからなかったけど、ちゃんといちから説明もできるんだなって。」


七「見直したってこと?」


一叶「まあ。まだまだかな。」


七「えー!そんな杏ちゃんみたいに意地悪いうじゃん!誰か甘やかして欲しいー!」


一叶「杏とは知り合いなの?」


七「おんなじ中学校だったの。蒼先輩もそう!」


一叶「蒼とも?」


七「一叶ちゃんこそそこの2人とどういう繋がりなの?」


一叶「もともと蒼とは中学のころに知り合っていて、私今年シノジョに転校したんだけど、その引っ越した先の学生マンションのお隣さんが杏だった。」


七「ん?なんかよくわからないよ。」


一叶「つまり私と蒼、蒼と杏が知り合いだったって感じ。」


七「あ、蒼先輩と杏ちゃんは部活が一緒だったっけ。」


一叶「そうそう。だから杏とは先々週くらいに会ったばかり。」


七「そうなんだ。蒼先輩を中心に繋がったみたいな感じかあ。」


一叶「そうだね。七こそ蒼とはどういう繋がりなの?部活一緒?」


七「ううん、帰宅部だったし違うよ。蒼先輩を初めてみたのはね、生徒会長候補か何かの演説の時だったんだ。壇上でシャキッとしてて、堂々としてて。それでかっこよく他己アピールしてて。もうびびびっときたの!」


一叶「でも普通生徒会長を決めるのって前年度の仕事じゃない?あんまり4月になるイメージないけど。」


七「えっと、応援演説みたいな感じ。この人を推薦します!みたいな。」


一叶「推薦される側を見てないのって斬新だね。」


ふふ、と笑って

疲れたのかついに床に座った。

私もボールをつくのをやめて

あぐらをかいて足の間にそれを乗せる。


一叶「それで知ってたんだ。」


七「それから廊下ですれ違うたびに話しかけてたの!」


一叶「何て?」


七「蒼先輩かっこいいです!また演説聞きたいです!って。」


一叶「あ、あははー…そりゃあ蒼も困るかな…。」


七「それで先輩の卒業前最後の演劇も見にいってさ。それはそれでよかったんだけど、うーん。」


一叶「面白くなかったの?」


七「いいや、何でいえばいいんだろう、蒼先輩のはずなのに蒼先輩じゃなかったから、かっこいいとか素敵とかそういうのじゃなくって。あ、違う人なんだなって思ったの。」


一叶「そのくらい上手ってことだね。」


七「うん。でも、蒼先輩を見にきてたから、ちょっと違ってね。だから、その舞台が終わった後の部員への声掛けとか、みんなをまとめ上げる感じがキリッとしてて好きだったな!」


一叶「へえ。憧れなんだ。」


七「そうなの!私にはできないことをやるの、ものすごく簡単そうに!だからかっこいい!」


一叶「そっか。じゃあ少しでも近づきたいって感じ?」


七「うんっ!」


容易く越えられる壁でないことは

容易にわかる。

私はといえばいつも

落ち着きがないと言われた。

蒼先輩とは正反対だった。

けれど少しでも近づきたい。

かっこいいって言われてみたい!

安直だけど、私にとっては

とても大きなテーマだった。

探偵はいつだってかっこいい。

謎をシャキッと解いてみんなを助ける。

実際パパのところに舞い込んでくる依頼は

不倫やら何やらが多いけれど、

きっと誰かを助けてる。

依頼者はもちろん、その周囲の人もきっと。


一叶「そういえば、今日は誰も噛まれていないみたいだったよ。」


七「ん?」


一叶「人狼の話。昨晩本来であれば人狼が動く日だったでしょ?」


七「あ、そうだったかも。みんないたってこと?」


一叶「うん。ちゃんと確認した。もしかしたら人狼は実は動いてて、たまたま騎士が守ったってこともあり得るけど…。」


七「そんなことないよ!きっと今までの話を聞いてやめてくれたんだよ!」


一叶「そうだね。」


一叶ちゃんもどちらかといえば落ち着いていて

蒼先輩に似ている気がする。

こうやってシュートが決まるまで

練習するところも、

努力を惜しまない蒼先輩にそっくりだ。

今こうして私の話に

相槌を打ってくれる彼女は

大人びているように見えた。


夜になって今日は投票だからと

盛大に放送を入れる。

すると、10時ごろになって

わらわらと人が集まり始めた。

タブレットを中心に置く。


『2/7回目の投票です』と記されている。

みんなの中には眠そうな目を

擦って座っている人もいた。

ぐるりと顔を見ながら声を上げる。

私たちは決めなきゃいけない。


七「あのさ、昨日のルール説明を見てずっと考えてたんだ。私、みんなの秘密が暴露されることなく平和のまんまここから出たい!」


いろは「うんうん。」


七「だからね、話し合えばわかるんじゃないかなって思うの。人狼の人は名乗り出て、んで役職を見ながら現世に送る。現世に行った人は謎を解くよう尽力する。学校に残った人たちは人狼ゲームのバランスをとる。どうかな?」


杏「謎解きで解決を狙うってことか。」


七「そう!そうすればみんなハッピーエンドで」


詩柚「それは難しいんじゃないかなあ。」


七「どうして?」


詩柚「謎解きってハイリスクハイリターンなんだよねえ。私らはその謎がどんなものか、どんなレベルかも知らない。」


七「でも謎というからには解けるはず!」


詩柚「謎解きってあんまり知らないから適当に話すけど、例えばもし現地に行って何かを確認して来いってものがあったらどうするの?」


七「行くんだよ!行って確認する!」


詩柚「例え海外だったとしても?この短い日数で行ける?」


七「行こうと思えば!それにそうするしかないのならするでしょ!」


蒼「現実的に考えると本当に海外であったり、日本の関東圏以外であったりするのであれば難しい話ですね。」


湊「でも、解ける謎かもしれない。今まさにシュレディンガーの謎と化しているってわけですな!」


いろは「もし成功したらみんな隠したいものは守られるんだね。逆に人狼をするのであれば犠牲になる人が出てくる。」


彼方「引き分けは。」


一叶「そう言えば何も書いてなかったよね。人数が多い方が勝ちとか?」


蒼「ならば自然と村人陣営は有利になるんじゃないかしら。」


彼方「そうなれば人狼側も黙っちゃいないってわけね。」


いろは「勝敗はつくと踏んでるんだろうねー。」


七「…っていうか!みんな秘密ってどんなことなの?そんなに守りたいことなの?」


前のめりになりながら質問する。

すると、刹那時が止まったような、

凍える大地を思わせる雰囲気が

漂ったような気がした。

別にみんなの表情が変わったとか

視線を集めたとかそういうことではない。

むしろ視線を外したり落としたり、

はたまた動かないままだったり。

ただ誰も話さなくなっただけ。


湊「秘密とは言え人にはいろいろあるわけじゃん?どの秘密が当てはまるかわからないって場合もあって、どれが暴露されるかわからないって怖さもあるのだよー。」


七「なるほど!確かにそれは怖いかも。」


自分自身、秘密にしていることが

あまりすぐに思い浮かばなかった。

だからみんながもし

たったひとつを思い浮かべているなら

それはもしかしたら

後悔している大きな

出来事なのではないかとふと思う。

後悔していなければ、

後ろめたく思っていなければ

秘密に思う必要もないだろうから。


蒼「結局他の方法が…みたいなことも書いてあったけれど見つけられなかったわね。」


いろは「あ、それなんですけどー。」


湊「見つけたのかい?」


いろは「ちょっと気になるなー、くらいのものなんだけどね。もしかしたらその他の方法は鬼ごっこなのかもって。」


一叶「何でそう思ったの?」


いろは「図書室にやたらと鬼の本が集められてるところがあったんですよー。」


彼方「元の成山知ってるからわかったけどあれは異常。意図的すぎる。」


いろは「それで、伝記とか研究まとめ本の他にも鬼ごっこの上達本みたいなものもあったの。だからそれかなって。」


杏「だとしても鬼は誰なんだって話ですしなんか足りない感じ。」


いろは「そうなんだよねー。」


湊「他に何か、こりゃあ変!みたいなのあった?」


一叶「……それでいうと部室棟の奥…。」


七「あ!」


そういえば2日目、

部室棟へと探索に向かった時

一叶ちゃんが一室を見ていたことを思い出す。





°°°°°





ひょいと彼女に近づいてその窓を覗く。

そこには、一体何なのだろう、

黒い靄がそこにあった。

地面から煙のように揺らめいているが

消える様子もなく

はたまた靄が大きくなる様子もない。

まるで映像表現を見ているよう。

部屋の隅で蹲るようにして

もくもくと靄が生きている。


窓の外は他の部屋と違い

その奥に何かが見えそうな気がした。

僅かに何かしらの輪郭が

あるように見える。

床には変色した跡がいくつかあった。

まるで何かを溢したような跡。

凹んだ掃除ロッカー。

まるで何かが暴れた後のよう。


その時だった。

ふと靄がゆらりと動いた。

まるでその場で横たわった獣のよう。


七「…っ!」


一叶「動いた?」


七「う、動いた…!」


一叶「たまに動くんだよ。最初ものすごく気味が悪かったんだけど、気になって観察してたんだ。」





°°°°°





七「私も見た!もやもやのやつ!」


詩柚「あったねえ。私も確認済みだよお。」


湊「え、そんなのあったんだ。怖い系…?」


一叶「ちょっと。」


湊「ひえぇ。」


いろは「…?もやもやだったの?」


七「うん。真っ黒でもやもやでたまーに動いてたけど…何だったんだろう、あれ。」


あの時は獣みたい、と表現したけど

今思えば煙を吐くグッズのようなものが

あったのかもしれないと思う。

けれど黒い煙であれば

あの狭い部屋は換気扇がなければ

すぐ真っ黒になってしまう。

なら別の何かか、と思うも

その先まで辿り着かない。


唸っているとふと

彼方ちゃんがいろはちゃんを突いた。

いろはちゃんが小さく頷くのが見える。


いろは「図書室で見た本には夢鬼っていう都市伝説があって、夢の中で鬼ごっこをするというのがあったんですよー。それが他に人からしたら鬼は黒い靄に見えるみたいで。」


蒼「なるほど。」


いろは「その都市伝説では呪いやら何やらが関係してたけど、レクリエーションとしてあり得そうなのは鬼ごっこなのかなと。」


彼方「ただ最後の1人がどうなるかわからない。1人だけ秘密暴露大会なのか、別の罰か。多分暴露でしょうけど。」


七「駄目だよ、犠牲を出さずに頑張ろうよ!」


彼方「最終手段、人狼をせざるを得ない状況になったら鬼ごっこをして犠牲を1人に抑える方法もできるけど?」


七「やらない!」


詩柚「その時になったら考えようよお。」


七「やらないし、そんなことしなくても私たちは抜け出せる。だから犠牲とか考えない。現世に出て謎を解いて、みんなで助かるんだ!」


一叶「あはは、心強い。いいね、できる限り頑張ろう。」


七「よし、じゃあ1人…1人まずは選んで吊ろう!」


吊る、というと

悪い言葉のように聞こえるけれど、

今回に限ってはそんなことはない。

一種希望の光のようなもの。

だから大丈夫、と何度目だろう、繰り返す。


蒼「現世に戻ったらまずは謎を確認。それから、ないとは思うけれどもし可能であれば知り合いや友達の謎を確認する。」


湊「謎ねえ…頭が切れる子を送ったほうがいいとかあるのかね?」


いろは「ありそうー。」


杏「まあまあまあでも、一旦は各々思うが間に投票でいいんじゃないすか?」


杏ちゃんはタブレットを手に取り、

操作をして次の人へ回す。

一周を終えて結果を眺む。

しばらく静寂の間をおいて、

そこには

『藍崎七、渡邊彼方で

決選投票を行なってください』と

見たことのない言葉が並ぶ。


いろは「決選投票?」


杏「2人以外に投票できないやつですね。今は9人だしちゃんとどっちか決まる。」


七「私!私、私!」


杏「あんたにつとまるかね?」


七「できるもん!」


威勢よく口にして前のめりになる。

が、そういうシナリオが

書かれていたかのように

『今晩、渡邊彼方が吊られることになりました』

と浮かび上がった。

すぐにいなくなるわけではないようで、

その日付を超えたら

現世に戻る旨が記載されている。

私たちは翌日に

彼方ちゃんがいなくなったかどうかを

確かめられるというわけだ。


湊「なるへそ。じゃあ彼方ちゃんに一旦は託されたってこった。圧かけちゃうみたいだけど、頑張ってって言わせておくれ!」


彼方「うちは別にいいけど、みんな頭から抜けてない?」


蒼「何のことかしら。」


彼方「普通人狼は夜から始まるって話。」


詩柚「言ってたねえ。」





°°°°°





彼方「てかさ、人狼って普通夜の時間から始まるよね?」


蒼「世間一般的にはその方が多いわね。」


彼方「話し合いから始まるとかおかしくね?」


七「どういうこと?」


彼方「つまり一般的の通り行くならば、昨晩既に夜の時間だった。人狼は動けないし何も起こってないようには見える。」


七「えーっと、なるほど!じゃあ人狼に襲われる可能性があるのは今日の晩じゃなくて明日の晩ってことだ!」


彼方「……はぁ。」





°°°°°





彼方「言いたかったのは襲われる日を間違って認識してることじゃない。占い師や騎士は動いただろうってこと。」


なるほど。

改めて彼女を見る。

あの時やけに落胆したように

ため息を吐いていると思ったが、

意図と間違ったものを拾われたからだったのか。

ともなれば自ずと彼女の話は見えてくる。


彼方「話し合う前だったし能力を使ってても不思議じゃない。悪いことじゃないし。その占い結果、結構大事じゃない?」


詩柚「なるほどねぇ。」


彼方「んで、言わせてもらいます。羽元詩柚は人狼ではありませんでした。」


一叶「…まあ、ものすごい置き土産。」


彼方「言わずして死んだらなったことになるでしょうが。うちだって秘密は守りたい。そのためにももし謎が解けな言ってなった場合、念の為人狼に移ることも考えて言わない選択肢はなかった。」


彼方ちゃんはいつもみんなの輪から

少し外れたところにいて

わいわいと話す感じではなかったけれど、

きっとものすごく

ものすごく考えているのだと思う。

現世に行くには適任だ、と

自分の負けを認めるようによぎる。


彼方ちゃんは1人向こう側へ行く。

寂しいかもしれない、

相談だってできないかも。

そう思ったら体が勝手に動いていた。


ば、とその場を立つ。

そして片腕を天井に向かって伸ばした。


七「決めたっ!」


湊「なんだいなんだい!」


七「私たち仲間じゃん?ここからみんなで平和に抜け出すための仲間!だからそのためにもまずは仲良くなろう!」


いろは「…?というと?」


七「名前で呼び合う!先輩とか後輩とかなしに、フラットにやってく!どうかな。」


皆が顔を合わせるのがわかる。

少しの間、また無音が襲ってきた。


杏「うちは先輩方がいいならいいっすよ。生意気1年生ってことになりますけど許してもらえるんならぜひ呼びたいっすね。」


湊「だねだね。うちはさんせーい!」


詩柚「どっちでもいいよお。」


蒼「仲良くなる必要はあるのかしら?」


七「もちろん!だって今回のことは信用があってこそバランスは成り立つと思うの。だから仲良くなって、その人を知って悪いことは何もない!」


蒼「そういう約束をすればいいだけじゃないかしら?」


一叶「多分ね。蒼みたいにできる人もいるけれど、秘密が関わってきて冷静に判断できない局面が来るかもしれない。」


杏「その時に相談できる相手とかいたら変わるかもしれないですし。」


蒼「あなたはただ単に敬語を使うのが面倒なだけでしょう。」


杏「あはは。」


一叶「悪くない提案だと思うよ。合わなかったらまたその時変えればいい。ただ、無理に合わせなくていいとも思う。」


七「うんうん!」


蒼「ふぅ。…一旦はわかったわ。」


七「やったー!古夏ちゃんはどう?」


古夏「…。」


古夏ちゃんは肩を縮めた後

何と目を合わせて頷いてくれた。

目を合わせてくれたことに

嬉しくなって小さくジャンプしては

くるんとその場でターンをする。

話し合いも投票も終わったからか

みんなその場をゆるりと立ち始めた。


七「題して!共同戦線編、開幕!」


1人先に部屋に戻ろうとする彼方ちゃんや

口元をパーカーで隠す詩柚ちゃん。

それからにこにこしてたり

呆れたように笑う人もいた。

けど、悪い空気じゃない。

それだけは感じ取っていた。

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