幕開け

努力すれば何事も叶う。

何事もどうにかなる。

そう思ったのは中学時代に

夏休みの宿題を4日で

終わらせた頃からだった。


自炊し、掃除をし、洗濯をする。

努力した。

すると、暮らせるようになった。

勉強をした。

すると、成績が良くなり

クラスや学年で上位を叩き出せるようになった。


ある日、数学の授業で

先生が数にまつわる雑談をしていた。

夏の日が照る青春というものの

音がしそうな教室だった。

先生は数をいくつか書き出した。


1、1、2、3、5、8、13、21、34…。


フィボナッチ数列だった。

1つ目と2つ目の数字を足すと

3つ目の数字になるというもの。

魔法だ、と思った。

図書館に潜り数学の本を読んでいると

似たものでリュカ数列という

ものがあると知った。


2、1、3、4、7、11、18、29…。


ルールはフィボナッチ数列と同じだ。

しかし、最初の数字が異なるだけで

後の数もこんなにも異なる。

面白い、と感じた。


数の秘密を見つけてこそ本物の数学だと

多くの本は語っていた。

高校にいる間は解くか解けないかが

数学の世界になりがちである。

仕方のないことではあるし、

その狭い世界の中で

数のことわりを学ぶ。


今の私の世界では解くか解けないか。

この白黒つける他ない潔さが好きだった。

感情なんてもので

曖昧に評価されるものではなく、

理論に沿って決定される。

解けた時、心地よかった。

解けなかった時は悔しかった。

解けずとも、自分は解けなかったと

白黒はっきりつく。

解けなくても数学は綺麗なものだった。


別の日のこと。

高校進学に対してとあることで行き詰まり、

進学したいけれどできない状況に陥りかけた。

学ぶことは好きなのに、それができない。

不条理だ、と思った束の間。

一叶が手助けをしてくれた。

手際よく対処してくれた彼女は

間違いなく大人だと感じていた。

彼女の年齢がいくらか知らなかった。

だから、高校に入学したと

知った時は酷く驚いた。

高校は何歳になってからでも

入学できるところもある。

入学を受け入れる際の文に

「〇〇年中学卒業見込みの者

又は既に中学校を卒業した者」と

記載されているのであれば不思議ではない。


一叶は物知りだった。

特に数学は得意だったようで、

同じ問題を解いても

いつも一叶が先に解答するか、

一叶だけが解けていた。

その逆は稀にしかなかった。

2人ともに解けない問題もあった。

一叶の解答をみると

全く違うアプローチを

仕掛けている時もあって

更に数学と彼女に対して興味を持った。

上には上がいる。

それでも努力すれば彼女に勝てることを

いつか証明したい。


勉強はできる方だった。

だから成山ヶ丘高校に行くことも考えた。

しかし、一叶は横浜東雲女学院に

入学すると言う。

一叶にライバル心を燃やしていた私の脳からは

自然と成山ヶ丘に入学する選択肢は消えた。


そして今年から編入という形で

一叶が私の通う高校である

横浜東雲女学院へとやってきた。

数日前には同じ学生マンションに引っ越して

中学時代の後輩である

杏と仲良くなっている。

縁というものは不思議だった。


先生「それでは学級委員を決めます。その他の委員は学級委員に進行をお願いします。」


誰かやりたい人。

先生がそういうと周囲を見渡す人や

机と目を合わせるものがほとんどだ。

その中、すっと手を挙げる。

人前に立つのは嫌いじゃない。


先生「それでは園部さんお願いします。」


蒼「はい。」


黒板の前に立ち、教室を見渡す。

そこには多くの同級生、

そしてひとつの空席。

根岸古夏の席だった。


縁というものは不思議だ。

私がかつて憧れ目指した彼女が、

古夏が同じクラスなのだから。


放課後になるとまだ4月早々だからか

教室に残って勉強する人はいなかった。

演劇部の部室に向かうと

見知らぬ人が数人。

どうやら新入生らしい。

4月は始まりの季節と言う。

それに倣うように

新入生たちの目は随分と潤っていた。

所謂青春をするのだろう。


青春、という言葉があまりよくわからなかった。

全てを恋愛に捧げることが青春という人もいれば

部活に勤しむことをそう呼ぶ人もいて、

はたまた家に引きこもり

ひたすらゲームすることを

そう呼ぶ人もいるらしい。

青春は曖昧だった。

とにかく何かに熱中していれば

青春と呼ぶのだろうか。


部活を終え校門に向かうと、

ふとふわふわのクラゲヘアが目に入る。

門のところで誰かを待っているようだ。

気温も高くなり

外で過ごしていても

何ら不都合ない季節になったと実感する。


蒼「一叶。」


一叶「…?あ、やっときた。」


蒼「え?」


一叶「蒼待ち。一緒に帰ろ。」


蒼「ええ、良いわよ。」


一叶「やった。帰りにコンビニ寄っていい?パン買いたい。」


蒼「どうせ菓子パンでしょ?体にいいもの食べなさいよ。お豆腐とかヨーグルトとか野菜とか」


一叶「わーわー、うるさいなあ。お母さんじゃないんだから。」


蒼「粗末な食生活してるからよ。」


一叶「それは杏にも言ってあげてよ。」


蒼「どうして?そんな酷いのかしら。」


一叶「さあ。でも多分私と杏、似てるよ?」


蒼「数日の間でそんなに仲良くなったんなら通じるところがあったんでしょうね。」


一叶「ね。んで、寄っていい?」


蒼「駄目。作り置きしたものがあるからそれを食べてちょうだい。」


一叶「えー、やだぁ。」


一叶はぶうたれながらも

コンビニに寄らずそのまま

私の家へと足を運んでくれた。


家に入ってすぐ

靴の中に消臭剤を入れたり

カーテンを閉めて加湿器をつけたりと

日々ルーティン化されたことをこなす。

適当に座ってと彼女へ言うと、

緩やかな返事と共に

食卓の椅子の上で体操座りをした。


一叶「帰ってからよくそんなにテキパキできるね。」


蒼「やらないと気が済まないの。」


一叶「毎日やってるの?」


蒼「出かけた時はそうね。」


一叶「うげえ。」


蒼「そのまま足あげててちょうだい。さっと床拭くから。」


一叶「今日はどうしても無理って時はどうするの?」


蒼「最低限のことだけは手をつけるわ。」


一叶「たとえば?」


蒼「今やってることかしら。」


一叶「え、それ以上にすることがあるの?」


蒼「料理や洗濯、それから自己メンテ。」


一叶「人間じゃない。」


蒼「何もしていない方が不思議よ。一叶も自分に厳しくあればわかるわ。」


一叶「じゃあ蒼も3日間何もしなければ私の気持ちがわかるよ。」


蒼「何もしないなんて無理ね。途中で気になるわ。」


一叶「それと一緒だよ。私も気にできなくなって辞める。あれだね。蒼ってお風呂をサボることもしなさそう。」


蒼「え、するの?」


一叶「これだから完璧人間は。」


ふう、と息を吐く

彼女の真下を掃除道具が通る。

同じ数学を得意とする人間でも

こんなにも違う。

それはどれに対しても言えることだった。

人間である以上、

白黒つかないことも多い。

曖昧なことがたくさんある。

私の中にももちろん。


一叶「クラスはどうだった?友達と一緒だった?」


蒼「いいえ。今回は別よ。」


一叶「ああ…残念だね。」


蒼「でもその代わり、憧れの人と一緒だったわ。」


一叶「憧れ?」


蒼「ええ。」


掃除を終え、冷蔵庫に入っている

作り置きしたご飯を

電子レンジへ放る。

一叶の声が電子音に塗れて

聞こえづらかった。


一叶「どんな人ー?」


蒼「さあ。最近の彼女は知らないわ。はるか昔に憧れだったと言うべきかしら。」


一叶「昔?」


蒼「ええ。私が演劇を始めるきっかけになった人よ。」


一叶「ものすごい大きい影響与えてるじゃん。演劇って中学の頃からやってるでしょ?」


蒼「そうね。その人、昔子役をされてて、その演技を見たことがあったの。役を見た後に素の彼女がテレビで取り上げられてて、それが全く違ったのよ。同い年なのにこんなことができてすごいって思った。それから演劇の世界に入っていったわ。」


一叶「そうなんだ。その人も蒼も多才だね。」


蒼「私はできるように努力したまでよ。」


一叶「でも蒼を例に挙げれば、数学と演劇って全然違うと思うけど?」


蒼「どちらも言葉を扱う点では同じじゃない。それに、コツを掴めばできるようになるのは多くのことに共通してることじゃないかしら?」


一叶「言葉を扱う?数学は数字でしょ?」


蒼「数字ももちろんだけど、それ以前に言葉あってこそよ。証明も定義も全て言葉でおりなされている。」


一叶「確かに。まあともかくとして私のいう多才は分野の幅の話だよ。」


一叶は掃除したての床を指さして

「寝転がっていい?」と聞いた。

良いわけないでしょ、せめてソファにして。

1人がけのソファを指差した。


レンジが鳴り、温め終えた合図が届く。

お皿に盛り付けている間、

一叶はソファでくつろぎながら口を開く。


一叶「その憧れの人に声かけた?」


蒼「かけないわ。そのくらい節度はあるから。」


一叶「んん…?話が見えてこないよ。」


蒼「同級生とはいえ私が一方的に知っているだけなのよ?それに彼女、教室にはいなかったから無理だわ。」


一叶「なら明日とか。」


蒼「憧れは憧れであるから良いの。推しに近づきすぎる自分は解釈違いというのと似てるわ。」


一叶「なんだ、ただのオタクか。」


私だったら憧れの人と話せるって

これ以上ない機会だと思って話すかも。

そう言ってソファで伸びをした彼女は

スカートを皺くちゃにしたまま座っている。


夕食をとり終えると

一叶はおろおろと冷蔵庫に近づいた。

まだ食べ足りないのか、と

華奢な背中を見て思う。


一叶「なんかお菓子ない?」


蒼「クッキーがあるわよ。今出すわ。」


一叶「やったー。」


蒼「甘党よね。」


一叶「うん。甘いものは正義。蒼は…あー…食べなさそう。」


蒼「和菓子は好きよ。」


一叶「置いてあるのはクッキーだけど。」


蒼「日持ちするのよ。」


一叶「効率的だね。」


蒼「前々から思ってたけれど結構大食いよね。会った時いつも驚くくらい食べてる気がするわ。」


今日も2食分ほどの作り置きを食していた。

一叶とは稀に外食することもあった。

ファミレスに行けば

いつも1人では食べきれないような量を食べる。

太らない体質というのは

本当にあるらしい。

彼女には食べ放題という言葉が

どの言葉よりも輝いて見えるらしい。


蒼「食費とか高くつくんじゃない?」


一叶「その代わり1日1食だし、世間一般の人とあんまり変わんないよ。」


蒼「1食!?体に悪いわ。」


一叶「効率的って言ってよ。」


話している間に、いつ見つけたのか

抹茶の袋を取り出しては

お湯を沸かして溶かしていた。

そこにメープルシロップを

少々足すと美味しいからと

横からそれを足す。

いいね、一叶はにっこりと笑った。


今日は一叶もいることだし、と

クッキーを分けてもらいながら

夕方の終わり際のニュースを見る。

昨日が酷い雨だったことや

最近地震が多いことなど

様々な出来事が報道されている。


15分後にお風呂の掃除をする。

時計を見て定め、

空いた時間何をしようかと思い

スマホを開いた。

Instagramで節約術を眺める。

そろそろ春服の着こなしも

見ても良い頃合いになったものだ。

ふと、思い出したかのように

Twitterを開いた。


杏と一叶の2人が越してきてすぐに

3人で荷解きをすることがあり

その時に話題にあがったのだ。

Twitterのアカウントを持っていないなんて

まるで昔の人みたい、と。

流されるのも癪だけれど、

見てみることは悪くないと思い登録した。

言葉の多い場所だった。


Twitterでは今日も

何万、何億という人が言葉を発している。

人々は会話をするつもりでその場にいたり、

独り言を言うつもりでその場にいたり、

何かを取得するだけのために

その場にいたりすることがわかる。

SNSはまるで大きな1つの

教室のようだと思った。


ちら、と一叶が

私のスマホを覗いてくる。

そして同時に息を呑んだ。


一叶「え、蒼もじゃん。」


蒼「も、って?」


一叶「見てみて、私も1週間くらい前に変わっちゃって。」


そう言って見せてくれたのは

私と同じようにどこかで

盗撮されたらしい写真のアイコンと

本名の乗ったTwitterだった。


一叶「噂では9人集まるだろうって言われてる。蒼がその9人目…なのかも。」


蒼「他は誰なの?」


一叶「他はー」


そう言って、一叶はフォロー欄を見せてくれた。

そこには杏や古夏さんの名前もあり、

何故、と思う他なかった。


アカウントが勝手に変化するなんて非科学的だ。

人の手が加わっている。

悪戯だろうか。


そのフォロー欄の下には

藍崎七の名前も見かけた。


一叶「杏がSNSの人に何をどうすれば回避できるのか聞いてたみたい。でも、その時になるまでわからない、どうしようもないって言うのが今の所の回答。」


蒼「私たちにできるのは待つだけってことかしら。」


一叶「きっとね。」


何が待ち受けているのか予想もつかない。

悪い想像で言えば誘拐拉致監禁。

殺人。

そんな言葉ばかりよぎる。

不意に玄関を眺む。

鍵はかかっていた。


夜も更けてくる前に

一叶は家を後にして

自分の階層へと戻っていった。

習慣になった行動を済ませたら

後はもう眠るだけ。


蒼「…。」


もし何かがあったとしても

一叶にはお世話になっているし、

彼女がいなくて困るのはきっと自分だ。

最悪の事態さえ避けられれば。

そんなことを願いながら

微かな光も入らない部屋で

静かに眠りについた。





***





「…ーい。」


「……おーい。」


「おーきてー。」


誰かが呼んでるみたい?

声がする。

ママじゃない。

でも、女性の声。

お姉ちゃんが帰ってきたとか!

もうー、てるってば

それならそうとひと言伝えてくれたら

よかったのに!


「おきるのだー。」


「おきないとー学校おくれちゃうよー。」


「おきる魔法ー!ぱららー。」


けれど、聞き覚えがない声な気がする。

間延びした、というか。

気の抜けた、というか。

のほほんとした声に覚えがない。


けれど、私はどうやら

学校に遅れちゃうらしい!

その言葉だけに反応して

がばっ、と体を起こした。

飛び退く人の影を視界の隅で捉えた。

勢い良すぎてぶつかりそうだったみたい。


はっとして辺りを見回す。

すると、広大な室内らしいことに気づく。

自分の家でもベッドの上でもない。

硬い床の上で眠っていたからか

腰や首が悲鳴を上げる。

隣には2つ結びの女の子。

穏やかそうに垂れた目つきだ。


七「えっ、誰!?」


「あはは、良いリアクションだね。」


七「ここどこ!?」


「さあ。私もさっき起きて。ここ、学校の体育館っぽいんだよねー。」


起きれる?と手を差し伸べてくれた。

手を取り起きると、

その人は背が高いことに

初めて気づいた。


いろは「私、西園寺いろは。よろしくね。」


七「あーっ!Twitterの人!」


いろは「うん。確か七さん…だっけ?」


七「そうだよ!この前入学式でね、まだ高校生3日目くらい!」


いろは「ふふ。私もー。」


七「そうなの?じゃあ私のこと七でいいよ!」


今度はよろしくの握手ね!

そう言って手を差し伸べると

いろはちゃんはおっとりとした声で

よろしくねー、と手を握り返してくれた。


改めて辺りを見回すと

正面に体育館の壇上があり

グランドピアノが置いてある。

ふと壇上の床が一部

きらと光ったような気がするけれど、

きっと床が反射したのだろう。

4つのバスケットゴール。

バレーボールコート2面は張れるほどの

広さを有した体育館だった。


七「私たちだけしかいないの?」


いろは「うーん。どうだろう。」


私もここで起きたんだ、と言う。

そうときたならやるべきことはひとつ。

もしかしたら他の人がいるかもしれない。

いるとするなれば、まずは合流だ!


七「いろはちゃん行こう!」


いろは「え、ええ…?」


手をとってそのまま体育館を飛び出す。

外は何もないかと見紛うほどの闇。

短い外の道を挟んで

目の前には校舎が1つ。

校舎に入って見れば

その奥にさらにひとつ

渡り廊下を手立てて校舎がある。

近くには離れのような

小さな棟も見えた。


校舎に入って早々

私は思いっきり息を吸った。


七「誰かいませんかーっ!」


私の声は校舎にきんきんと響いた。

でも、すぐに誰かからの返事はなかった。

校舎の教室ひとつひとつ見て回るしか

ないのかな。


七「広すぎる!」


いろは「こっちこっち。」


七「え?」


いろはちゃんは私の服の袖をひいてそう言う。

指さすは反対側の校舎だった。

何故だろうと思うも束の間、

彼女は口を開いた。


いろは「みんなを集めるには学校全体にお知らせした方が確実でしょ?放送室、あっちだよ。」


七「すごい、確かにそうだね!じゃあ早く行こう!」


いろは「ちゃんと機材が動けばの話だけどね。」


七「何で向こうに放送室があるって知ってるの?」


いろは「ここ、成山ヶ丘高校みたい。」


七「どこそれ?」


いろは「私が入学した高校だよ。」


ものすごく似てるの、と

ひと言漏らしていた。

ふうん、と返す。


七「どこにある高校?」


いろは「神奈川県だよ。」


七「え!私も神奈川県の高校行ってるよ!横浜東雲女学院ってところ!」


いろは「へえ、そうなんだー。親戚がそこ通ってるんだ。だからちょっと知ってるよ。」


七「そうなんだ!ま、神奈川県の学校ならすぐにお家に帰れそう!」


いろは「七ちゃんは怖くないの?」


七「何が?あ、学校にいるってこと?」


いろは「目が覚めたら急に学校にいて、私がいて…よくわからないことになっててさ。」


七「うーん、いろはちゃんいるしそんなに!」


いろは「そう。」


七「それにね!」


渡り廊下を渡り終えて

くるりと彼女の方を振り返る。


七「どうしてこうなってるのか気になる!これで閉じ込められでもしてたらこう、さらにドキドキな展開なんだけどな!」


いろは「あはは。前向きだねー。」


七「そうかな!わくわくしてるの、凄く!」


いろは「見てたら伝わってくるよー。」


いろはちゃんは「こっち」と

校舎に入ってすぐの部屋を指差した。

放送室には鍵がかかっておらず、

入ると狭い部屋に見たことのない機材が

どんと置かれていた。


七「すごーい!放送室初めて入った!」


いろは「私中学の時放送委員してた時があるから、少しわかるかも。」


七「やってやって!私放送したい!」


いろは「ちょっと待ってねー。」


電源はつくねー、と言いながら

機械に光が灯るのを見届ける。

よくわからないつまみを指さして

これを上げれば放送できるよ、と言う。

機械の置かれた机の前にあった

パイプ椅子に腰掛ける。

私がマイク部分を見つめていると

いろはちゃんがつまみをあげた。


七『あ、あー。あれ、ちゃんと聞こえてる?』


いろは『聞こえてるよー。外から音してる。』


七『ありがと!えー、もし誰かが学校にいたらそのみんな、みんなに連絡です!あ、私は藍崎七って言います!隣にはさ…何だっけ、何とかいろはちゃんがいます!』


いろは『西園寺いろはですー。』


七『もし誰かいたら集まりませんか!何でこうなってるのか知ってる人がいたら教えて欲しいです。集合場所は、えっとー。』


いろは『体育館でいいんじゃない?』


七『体育館で!えっとね、1階のところから行けます!体育館集合!』


頃合いと見たのかいろはちゃんが

静かにつまみを下げる。

まるで大ホールで歌った後のような

心をくすぐる爽快感があった。

体育館に戻って待っていると、

続々と人が集まってきた。

その数、私を含めて9人。

それこそ、Twitterでフォローフォロワーの

関係になっていた顔ばかりだった。


みんな不機嫌そうというか、

なんか難しそうな顔をしている。

不安とか、怖いとか、

何か怖々としたものを感じ取っているみたい。

確かに、今は現実的なことは起こってない。

でも、夢だと思えば別に普通のことじゃん。

夢だと思えず

あまりのリアリティから

これを現実だと思ってる人もいるみたい。

逆にリアルかもしれない。

面白い夢を見てるもんだな、とふと思う。


体育館はびっくりするくらい

静まり返っていたけれど、

ある子がぱちんと手を叩いて

にこやかに言った。

片方の横髪だけ長くて変だった。


「まあまあ、一旦自己紹介とかどうかな?」


「呑気な。本気で言ってんの?」


2つのお団子を頭にくっつけた

胸の大きい子が言った。


湊「だって一応知ってるとは言え初めましての人も多いし。うちは高田湊です。2年生!」


詩柚「…羽元詩柚、でーす。定時制3年生。湊ちゃんと同じ高校なんだあ。」


湊ちゃんの隣にべったりとくっついていた

外はねの髪の毛の子が

ふわふわした声でそう言った。


七「定時制って?」


いろは「夕方ぐらいから高校に通うカリキュラムだよー。昼間は仕事して、それで夜学校に通うみたいなこともできるんだよ。」


七「へー。」


詩柚「次ー。」


一叶「津森一叶です。シノジョの2年。」


蒼「園部蒼です。一叶と同じくシノジョ。3年生。」


七「蒼先輩シノジョなんだ!一緒だ!」


湊「知り合いなのかい?」


七「中学の先輩!高校でも先輩だったんだ、知らなかった!」


湊「わお、そうだったんだ。」


杏「そこのちんちくりんと同じ中学だった忽那杏です。成山1年。」


七「ち…え、私のこと?」


杏「それ以外ないね。」


七「ひどい!それならチビって言われた方がマシ!」


円になって座っていたところを

すたん、とリズムよく立ち上がる。

すると、隣にいたいろはちゃんが

「まあまあ」と焦りもせず言った。


いろは「私は成山1年の西園寺いろはですー。さっきは放送して驚かせちゃってごめんなさい。」


蒼「あれのおかげで集まれてるからいいのよ。」


いろは「ありがとうございますー。」


七「はいはい!私シノジョの1年の藍崎七!」


声がやたら響く。

特にリアクションもなく

静かにその場に座った。

そして一旦静寂が訪れた。

隣を見ると、前髪を伸ばして

センターで分けている子が

小さく体操座りしていた。


七「次、あなただよ。名前なんて言うの?」


「…。」


七「…?聞こえてる?おーい」


蒼「その人は根岸古夏さんよ。」


七「古夏ちゃん?」


蒼「同じクラスなの。」


七「じゃあシノジョだ。」


それにしても何で話さないんだろう?

引っ込み思案とか、緊張してるとか

そういうやつなのかな?

私はそんなのしないから

あまり理解ができずに

その子から目を離す。

最後は胸の大きいあの子だった。


彼方「成山2年。渡邊彼方。」


湊「うん、これで全員っぽいね。」


七「ねーねー、ここがどことか、何でここにいるかとか知ってる人いる?」


湊「んー、うちは眠ったらここだったから夢かなーとも思ったんだけど…妙にリアルすぎるっていうか。」


杏「わかります。うちも寝たらここでした。」


一叶「じゃあみんな寝たらここだったってことだね。家に忍び込んで連れてこられたか…それとも同じ夢を見てるか。」


いろは「夢、ねえ。」


一叶「たまに聞くじゃん。皆同じ夢を見る話とか、今夢を見てるって実感がある明晰夢とか。」


七「夢から覚めるには起きろーって願うしかできなくない?」


杏「やってみ。」


七「んんー…起きろ起きろ起きろーっ!」


声が体育館に響く。

窓の奥の闇にすら響きそうだったのに、

私は全く目覚めてくれない。

縁のまま座っているのに飽きたのか

彼方ちゃんが窓際の方へ歩いた。

いろはちゃんがその子のことを

じっと見つめてた。


七「起きなーい。」


一叶「双子なら同じ夢を見やすいとはあるけど、私たちはもちろん違う。1番可能性としてあり得るのは誘拐拉致。」


詩柚「てか集まる前にこんなところ早く出ればよかったんじゃー?」


蒼「靴箱にある扉や窓が開くか試してみましたが、全く動かなくて駄目でした。」


詩柚「鍵かけたまま開けようとしたとかじゃないんですかあ。」


蒼「そもそも鍵がないんです。窓の見た目をした壁みたいに。」


七「蒼先輩がそういうなら外には出られない…誘拐拉致監禁っ!」


杏「なんでそんなに嬉しそうなんよ。」


七「だって誘拐だよ、監禁だよ?事件だよ!わくわくするじゃん!」


杏「ぜんっぜん。巻き込まれる側は話が違う。」


七「ここから脱出することをまず考えなきゃだね。」


杏「相変わらず話が通じない…。」


杏ちゃんもその場を立って

呆れるように首を振った。

疲れたようによたよたと

彼方ちゃんのいる方に行っては

「なんか見えるんすか?」と

話しかけている。

何も。だからこそ変。

そう彼方ちゃんが脳天から出たような

か細い声で言っているのが聞こえた。


詩柚「とにかくさあ。」


今度は詩柚ちゃんが

その場で立ち上がる。


詩柚「私たちは閉じ込められた。ここから出るために何かしなきゃならない。これがネットの人たちが言っていた「巻き込まれる」ということでいいね?」


湊「おまけに玄関から出て終わり、とかではないから困ったもんだね。」


蒼「全ての扉を試したわけじゃないわ。まだ断定はできない。」


いろは「でも玄関も無理だったなら難しいんじゃないでしょうか?」


蒼「そうかもしれない。けれどまだ0%と決まったわけじゃないでしょう。」


七「はっ!」


詩柚「どうかしたの?」


七「どうしよう、パパが心配してるかも…そう言えばスマホは?」


いろは「ないんだよねー。」


喜怒哀楽のなさそうな声でそう言う。

焦っているのかまるでわからない。


スマホがなければ

パパは今頃ものすごく心配してるかもしれない。

もしかしたら警察沙汰になってたり

…それはそれで面白そうだけど、

心配を与えることは本望じゃない。


七「ねー!スマホとか荷物とかどこにあるか知らないー?」


彼方ちゃんと杏ちゃんに声をかける。

杏ちゃんがひらひらと

背を向けたまま手を振っていた。

わからない、ということだろう。


湊ちゃんが古夏ちゃんに近寄っては

「怖いよね、うちも」と

声をかけている。

古夏ちゃんはより小さくなるよう

体操座りのまま縮こまるだけだった。


外との連絡も取れない。

本当に私たちだけで

何とかするしかないのか。


詩柚「このまま集まってても仕方ないよねえ。」


湊「みんなそれぞれで探してみる?」


詩柚「そうだねえ。私は眠くなってきたからちょっと寝ようかなあ。」


蒼「時計が正しいのかはわからないけれど、こんな時間ですしね。」


蒼先輩の視線の先には

体育館の壁にある時計があった。

が、よくみるアナログの1から12までの

数字が書かれているものではなく、

現代的と言えばいいか、

デジタル時計でPM11:26とあった。


こんな時間なんだ、と思うと同時に

外が真っ暗なことを思い出す。

朝になったら何か見えるかもしれない。

ここは一旦朝と助けを

待つことが先決なのかも!


そう思っている矢先、

一叶ちゃんが立ち上がった。


一叶「ま、一旦解散かな。」


いろは「ですねー。」


助けを待つ。

本当にくるのだろうか?

学校内にいるだけなら

別に何ともない。

もしかしたらご飯がないとか、

もっと致命的な何かがあるのかも。

時間との勝負だったりして。

ほら、失踪したとなると

何時間だかが命の境目って言うし。

あれ、それは災害時のやつだっけ?


うんうんと唸っていると、

誰かが「あ」と声を上げた。

その声に導かれるようにして顔を上げると、

杏ちゃんがたん、と

体育館の壇上に上がっていた。


杏「こっちなんかあるっすよ。」


ぞろぞろと皆が近づいてみれば、

そこには1枚のタブレットが

ぽつんと床に置き去りにされていた。

振り返るとちゃんと古夏ちゃんも

見にきてるようで安心する。

彼方ちゃんや詩柚ちゃんは

興味がないのか

壇の下からこちらを覗き込んでいる。


七「何これ?」


ひょいと拾い上げてみる。

あまりに無防備だったからか、

数人がおろおろとしていた。

しかし、冷たくなっている

タブレットであることに

変わりはない。

タップしてみてもつかなかった。


七「誰かのもの?」


みんなに聞いても首を傾げる。

近くで寄って見る人もいたけど

「つけてみないとわからない」

「学校配布のものなんじゃない?」

「私のではない」と口々にした。


暗い画面のままのそれには

何もないのかと思い

グランドピアノの上にでも

おこうかと思った次の瞬間。


七「わっ!」


その画面が唐突についた。

電源を落としていたのだろうか、

真っ白な画面から次第に

文字が浮かび上がってくる。

普段見るタブレットの起動とも違うそれに

不思議とわくわくが止まらなかった。




『これにて全ての参加者が揃いました。藍崎七、忽那杏、西園寺いろは、高田湊、渡邊彼方、津森一叶、羽元詩柚、根岸古夏、園部蒼以上9名となります』




七「みんな見てみて!なんか出てる!書いてるよ!」


壇上に登ってきてない2人にも見えるようにと

壇の隅の方にタブレットを持って行き

みんなの中心にそれを置いた。

みんなが読んだのを確認してから

画面をぽん、とタップする。

すると、ふわりと画面が移り変わった。




『ルール説明


これからレクリエーションを行います。

レクリエーションは人狼ゲームを行うもしくは

謎を解いていただくことで終了します。


この場から出るには人狼に噛まれる

もしくは話し合いののち吊られる、

レクリエーションを終了することで

出ることが可能になります。』




人狼ゲームってあの?

そういろはちゃんが口にする。

目が合う。

同じタイミングで首を傾げた。




『人狼について


今回の人狼ゲームでは人狼陣営と

村人陣営に分かれます。

それぞれ以外の役職があります。


村人陣営

占い師

2日に1度、人狼であるかどうかを

知ることができます。


霊媒師

吊られた人間が人狼だったかどうかを

知ることができます。


騎士

人狼の襲撃から1度

身を守ることができます。

自分自身には使えません。



人狼陣営

人狼

2日に1度噛むことができます。

ただし初回に参加者を噛むことはできません。

人狼が複数いる場合、

互いに把握することができます。


狂人

人狼陣営ですが、人狼が誰かわかりません。



ここでいう「吊る」とは、

校外(以下、現世と例えさせていただきます)へ

戻ることを意味します。

死亡する等ありませんのでご安心ください。

投票・吊る動作、人狼が村人陣営を

噛む動作は2日に1回行うことが可能です。

このタブレットを通じて操作してください。


人狼と村人陣営の数が

同数になった時点で終了いたします。


敗北した陣営の参加者は役職問わず

自身の最も隠蔽したい秘密が公開されます。


夜(0時〜5時)は各自

自分の部屋でお過ごしください。

投票の日は0時までに行い

各自部屋にお戻りください。』




今の時間を思い出す。

既に夜の11時30分は回っている事だろう。

次へと進むと、

今度は待ちに待った謎解きについての

記載がされていた。




『謎解きについて


現世にある皆さんのスマートフォンに

謎の一部が振り分けられています。

現世にいる皆さんで

力を合わせて解読しましょう。


解読できた場合、

誰の秘密が暴かれることもありません。

謎が解読できなかった場合、

参加者全員の秘密が公開されます。』




タブレットを見たまま

「えー!」と声を上げた。


七「じゃあじゃあ、ここにいたら何もできないってことー!?」


一叶「何もと言うよりは人狼ゲームをして、他は…まあ、のんびり過ごして?」


彼方「スマホないとか無理、死にそ。」


杏「めっちゃわかるっす。」


いろは「ロスト娯楽…。」


湊「たはは…どれだけ毒されてるか知る機会だねん。」


もう終わりだろうと思ってタップすると

まだ文字が浮かび上がった。

文字を読みすぎて疲れているというのに、

その言葉は案外すっと頭に刷り込まれる。




『上記2つの他にも

現世へ戻る糸口がある場合がございます。

自由に話し合ってご決断ください。』




そして、その下には。




『これはレクリエーションです。お楽しみください。』




しばらくして画面は消えた。

お互い顔を見合わせる。

ひとまずタブレットはここに置いとくね、と

グランドピアノの上に置いてまた

輪の中へと戻る。


蒼「とりあえず自分の部屋があってそこに行けばいいのね?そこに役職カードもある、と。」


詩柚「時間も時間だし急がなきゃだねえ。」


いろは「今何時ですかー?」


詩柚「えーっと…PM11時の45分くらい。」


湊「えっ、早く戻んなきゃじゃん!」


みんなが騒がしくなる中

「本当に信じてんの?」と彼方ちゃん。

「具体的なことはまた明日話し合おう」と

いろはちゃんが宥めている。


一叶「そう言えば集合する前に自室っぽいあたり通ったかも。」


湊「どうどう?個室完備?」


一叶「いいや、2-Aみたいな札あるじゃん?あれが自分の名前になってるみたいな感じだった。」


ちょっと粗末だよね、と

一叶ちゃんは愚痴るように笑う。

中には布団一式と

ロッカーに何か服っぽいものが

入っていたような気がすると言っていた。


一叶「ここから手前の校舎の2、3階あたり。すぐ行こう。」


七「うん!わーっ、始まったって感じする!」


詩柚「黒幕みたいなこと言ってるねえ。」


杏「何でそんなうきうきしてんの?」


七「するでしょ!非現実な感じだもん!」


湊「うんうん、七ちゃんってば逞しいね!」


七「この天才探偵にお任せあれ!ここはビシッと解いちゃうよ!」


彼方「お前には無理。」


七「今に見てて!」


たんっ。

壇上から飛び降りて校舎へと走る。


七「題して!学校脱出編開幕!」


片腕を上げてそう宣言する。

体育館にはいっぱいいっぱいに

私の声が響き渡った。

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