最終話 小さな竜の子は夢をみている

 ぐっすりと眠れる日が来ることを願っている。一日をかけたあのお出かけのあと、来羽は疲れているのに目が冴えてしまい、長くアーカイブに滞在することができていない。海を騒がせる人間の気配は鳴りを潜めているというのに不運なことだと思っている。

 眠れないという状態のみを見れば元に戻っただけのように思えるけれど、そんなことは全然なかった。来羽にはずっと頭を悩ませていることがあった。

(わたし、何を指針にしてこの役目を務めていけばいいんだろ)

 人間たちから崇められる竜として、ここに座り続けること。

 その芯の部分が揺らいでいるのだ。

 宵月ちゃんを始め、お母さんに先代に長老に、ほかの友だちの竜たちと話したこと。

 人里に行って出会った、マナカさんとコウさんが話してくれたこと。

 その全部を抱えたまま、思考が右往左往していた。

 全部が大切なのだと思うと手放すことができなかった。どうにかして自分の中で整理したかったのだ。

(眠るって、どうやるんだっけ。早くアーカイブに行って、またあちこちを回って話を聞きたいのに)

 来羽は体を丸めて目を閉じて、眠りを待っている。

 今日の海は静かだ。

(まるで、わたしが眠り始めるのを、そっと待っててくれてるみたいなのだ)



〈アーカイブ〉シーサイドカフェテリア


【来羽】

 宵月ちゃん?

 いないみたいなのだ……起きてるのかも



〈アーカイブ〉夜ふかし古城


【来羽】

 こんばんは

【雪白】

 こんばんは来羽さん

 この間は忙しそうだったね……

 お疲れさまだよ

【来羽】

 うん、ありがとう

 前の話題から一つだけ聞き忘れてたんだけど

 いい?

【雪白】

 いいよ

 長老が作った薬に関わるなとかなんとかの話をしてたね

【来羽】

 そうそう

 あの

 お母さんって人間嫌いなのかなって思って

【雪白】

 どうかなあ

 好きではなさそう

 お母さんの考えはわからないけど、私個人の意見でいいなら言えるよ

【来羽】

 うん、教えて

【雪白】

 私は、人間とはあまり自分から関わらないほうがいいのかもって思ってる

 まず住む世界が違うし

 種族も違うし、きっと竜と人間とじゃ言葉も違っていて分かり合えないよ

 好き嫌いじゃなくてさ、常に適切な距離を保っているほうがいいって思うんだ

 仲良くなれたら、それが一番なのかもしれないけど、きっとそれは夢見がちな考え方で

 私はそんな感じかな

【来羽】

 なるほど

 ありがとう

 教えてくれてありがとう

【雪白】

 いつになく丁寧だね

 来羽さんも

 私たちと同じで悩んでるんだね

 来羽さんって優等生側だから、こんな私に相談を持ってきてくれてうれしかったよ

【来羽】

 優等生……?

 じゃ、じゃまたね

【雪白】

 またね!



〈アーカイブ〉来羽のこもり部屋


【来羽】

 わたし、そんなふうに見えてるのだ……?

 いつも心の中では慌ててばかりいて何もできない竜なのに

 わたしも嬉しかったのだ

 ありがとうなのだ



〈アーカイブ〉窓辺にゆりかご


【来羽】

 お母さん、お目通り願います

【澄加】

 来羽さん

 毎日のお役目ご苦労様です

 何かありましたか?

【来羽】

 お願いがあってまいりました

 野紫さんと少しお話がしたくて

【澄加】

 よいですよ

 では、常春の小箱へどうぞ

【来羽】

 ありがとうございます

 あの

 お母さんって人間のことを

 どう思っていますか?

【澄加】

 そうですね

 私は好きですよ

 人間のことが好きで、好きだから近寄ることを推奨しないのです

 私たち竜と人間たちとの間には差異がありすぎるから

 関係を築くことに不安が付き纏うのです

 すれ違い

 思い違い

 お互いに理解しきれないところが一つでも見つかれば全てが反転し、壊れてしまう

 距離を置くことこそが尊重なのだと私は考えているのです

 ふふ

 語ってしまいましたね

 ではまた

 お気軽に話しに来てくださいね

【来羽】

 お母さん

 本当に、ありがとうございます



〈アーカイブ〉常春の小箱


【来羽】

 先代

 いるのだ?

【野紫】

 いるよー

 人里はどうだった?

【来羽】

 わたしは

 よくわからなくなったというか

 そんな思いなのだ

【野紫】

 まあ

 竜と人間じゃ単純に比較もできないし

 来羽ちゃんは人間についてどう思ったかな?

【来羽】

 人間は怖い

 いい人もいたのだ

 わたしは迷惑をかけてしまったけれど

【野紫】

 そっか

 人間って不思議だよねえ

 竜の普通と人間の普通ってけっこう違ってたんじゃない?

 あー

 私も人里に行きたかったなあ

 海の底で寂しくお留守番……

【来羽】

 すごく助かったのだ!

 人間とは

 違うところが多くて、きっと分かり合えないと思うのだ

【野紫】

 そうかなあ

 私はいけるって思うよ

 違うところがあるのは竜同士だって同じことだし

 アタックの仕方だと私は思うんだよ

 かなり難しいけど

 いつか、どこかで、竜と人間たちが心と心で繋がれる、そんな機会が生まれたならいいなって

 私はずっと思ってるよ

 願ってるし

 強く強く信じてるんだ!

【来羽】

 うん

 そうかもしれないのだ

 あの、おみやげなくてごめんなさい

【野紫】

 おみやげなら今もらってるよ

 月並みだけどみやげ話ってね

 ともかく

 来羽ちゃん、お疲れさまだよー

【来羽】

 先代

 ありがとうございました



〈アーカイブ〉シーサイドカフェテリア


【来羽】

 宵月ちゃん

 いる?

【宵月】

 いるよ!

 来羽ちゃん久しぶりー

【来羽】

 久しぶりじゃないはずだけど懐かしい気持ちなのだ!

【宵月】

 この前のお出かけ

 やっぱり私は楽しかったっていいたいな

 なかなか得られない体験ばかりだった!

【来羽】

 そうなのだ!

 考えてしまうことも増えてわたしは今すごく目まぐるしいけど

【宵月】

 ん?

 何を考えてるの?

 聞いてもいいこと?

【来羽】

 いいよ

 人間についてどう思えばいいのかなって

 好きになればいいのか、嫌いになればいいのか……

【宵月】

 んー

 それって

 どっちでもいいような

【来羽】

 どういうことなのだ……?

 無関心でいればいいってこと?

【宵月】

 や

 無関心の正反対だよ!

 その好き嫌いってさ、どっちか一つに決めなくていいんじゃないかな

 私は、探求心っていえばいいのかな

 人間がどんなおいしいものを食べてるのか

 どんなところに暮らし、どうやって日々の生活していて、何を楽しみにしているのかとか

 知りたいことがいっぱいで

 知るたびに自分の中で思いが具体的なかたちになって

 じゃあ、人間のココが大好きで

 でもアレはどうかと思う……みたいな

 そういうのでいいと思うんだよ!

【来羽】

 う、うん?

 その、まとまってないのはモヤモヤするのだ

【宵月】

 そっかー

 私はね

 来羽ちゃんのことが好きだよ

 大好きだよ

【来羽】

 と、突然どうしたのだ!

【宵月】

 安心したいのかなって

【来羽】

 いきなりすぎて動揺したのだ

【宵月】

 来羽ちゃんが一つにまとめたいって思うのは、きっと安心感がほしいからなんだよ

 心の中で散らかったままだと落ち着かないし

 でも

 全幅の愛って、かえってドキドキするものなんだ

 今の来羽ちゃんみたいに

 だからさ

 少なくともまだ、取っ散らかったままでいいんじゃない?

【来羽】

 ……そうかな

【宵月】

 私はそう思うってだけ!

 いつかまた、人間のことを知るタイミングがきたら考え方を更新してさ

 好きになったり嫌いになったりして

 そのたびに自分の中の心の距離を測り直せばいいんだよ

 何だか私

 かしこいこと言ったかも?

【来羽】

 ……すごく

 すっと入ってきた気分なのだ

 宵月ちゃんはすごいのだ

 ありがと

【宵月】

 いいっていいって

 また

 こうしてシーサイドカフェテリアでお話しようね!

 だらだら無駄話したり

 人間たちの近況を教え合って

 マナカさんとかコウさんとか思い出してはしんみりしたりして

 長老の動向を気にしながら

 人里へ行く次の機会があったら今度はどうしようかなって

 また一緒に夢をみてようよ!

【来羽】

 うん!

 あ

 人間の気配がするのだ

 ごめんせっかく話してたのに

 起きるのだ

 宵月ちゃん!

 じゃね!

【宵月】

 がんばって!

 またシーサイドカフェテリアで待ってるよ!

【来羽】

 うん!

 宵月ちゃん!

 これだけ

 わたしも宵月ちゃんのこと

 ものすごく大好きなのだ!



 目覚めたけれど、騒がしさはすぐに遠のいていった。

 来羽は目をぱちくりさせたあと、何だか微笑みたい気持ちになった。

 人間たちも、今日も今日とて何かをしていて。

(わたしたち竜も、来る日も来る日も何かをしていて)

 来羽は体の奥が熱くなるのを感じ、それを守ろうとするように、いつもよりぎゅっと体を丸めた。

 来羽はまた、夢をみ始める。

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小さな竜の子は夢をみている さなこばと @kobato37

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