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 新人研修が終わり、最初の本格的な仕事が、木嶋さんとのペアだった。

 半年間の研修を受け持ってくれていた生村さんはもっと大きなプロジェクトに配属されて、不安に思いながら一人、木嶋さんの席の隣にお引っ越し。まだあのころは、パソコンと数冊の教本しか持っていなかった。

 生村さんは、十五歳ばかり歳上の背が高いイケメンお兄さんで、一緒に入社した同期たちを男女問わずメロメロにした。見てくれを別にしても、丁寧にいろいろ教えてくれて、叱るときですらとても優しい、それはもう、叱られたことに気づかないぐらい。今度の先輩はどうだろう――比べるわけではないけれど。

 うちの会社では、五人ぐらいのチームでひとつのプロジェクトを請け負うことが多いが、今回は小規模な社内システムのバグ取りとアップデートで、期間もそんなにシビアではないということで、木嶋さんと私の二人チームだった。文系出身の私に、あまり難易度の高くない仕事があてがわれたに違いない。木嶋さんはこのシステムを作ったときのメンバーの一人らしくて、生村さんには、彼は優しいから何でも聞くといいよと送り出された。

 両手で足りる荷物とともに木嶋さんのデスクを探していた私は、それらしい人物を見つけて唖然とした。

「あ、はじめまして。佐々木さんですね」

 ずっと立ち上がった彼に、私はまともに挨拶することができなかった。

「……はい」

「木嶋です。よろしくお願いします」

 木嶋さんは、私の視線の先に気がついたのか、自分のデスクを振り返って、「ああ、」と声を出した。

「雪崩れたら、押し返してくださいね」

「はあ……」

 この仕事、そんなに紙で資料取っとくことある? というぐらい、彼のデスクは本と、分厚いファイルと、ネットで調べものをした跡であろう印刷紙で溢れていた。震度二ぐらいの地震があったら余裕で崩れ落ちそうだった。本や資料を机上に積んでいる人はほかにもいるけれど、デスクには袖机もあるし、木嶋さんほど山になっている人はいなかった。

「あんまり頼りにならない先輩だとは思いますが。わからないことがあったら、僕でもいいし、部長とか、研修係の人とか、それ以外にも周りに座ってる人みんな優しいんで、いつでも聞くといいですよ」

 生村さんとはフロアが分かれてしまったし、周りに知っている先輩はあまりいなかった。わかりました、と返事をして、私は木嶋さんの隣、これから自分のデスクになる席に、自分のパソコンを置いた。

 その日はそれからすぐに部長と木嶋さんと三人で、今回の仕事について、何をどれくらい、いつまでにやるかという話をした。私は話を聞いて必死にメモを取っているだけだったけれど、これからの作業は概ね理解できた。会議室を出て、デスクに戻る木嶋さんの背中に従おうとしたとき、部長に呼び止められた。

「佐々木さん」

「はい」

 私は振り返る。

「何か不安なこととか、つらいことがあったらいつでも言うんだよ」

「ありがとうございます」

 私はいい会社に入った。

「木嶋くんは、ね……ちょっと、あの、あれだから」

 前言撤回。なんだなんだ、その不穏な物言いは。

 優しそうな人だと思った木嶋さんだけれど、実は、何かとんでもない人物なんだろうか。

「まあ、うん、佐々木さんは、その……木嶋くんみたいにやろうとか思わないでね」

 いや、逆か? 木嶋さんがめちゃくちゃ優秀だから、彼とペアを組まされた新人は、自分の能力の低さに病むというやつか?

「……わかりました」

 わからないながらもそう返事をして、私は自席に戻った。

 木嶋さんはすでに自分の作業を始めていた。部長の言葉の意味は、その後すぐ明らかになる。

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