第25話 ミレイユの過去
今から20年前、とある国で一人の女の子が生を受けた。
両親共にアイテムを扱う行商人として悪くない実績と稼ぎを持っていた二人の子供だった。
その子の名前は『ミレイユ・パプリフォス』と名付けられた。
ミレイユは幼い頃から両親の商売を見ていたが、物心や分別、満足に手足がしっかり動いた段階で、両親が営むショップの雑用を手伝う日々を送っていた。
両親の方針から、学問や教養を身に付ける事を常日頃から言い聞かされ、疎ましさを思いながらも本を読み、知見を深めながら、色んな冒険者を見る日々を送った。
ミレイユは活発で好奇心旺盛な女の子だった。
だから勉強の日々を送っていたものの、こんな事を思うようになった。
「冒険者って、そんなに面白くて凄い仕事なのかな……?」
12歳を過ぎた頃にはそんな考えを抱き、外の世界に出て何かをする事にかんする興味や関心が高まり、密かに自分でその知恵を得ようと努めていった。
多方面に関心や知見を深めようと頑張った賜物か、『職授の儀』を受ける前から同年代の人間達よりもアイテムにかんする知識、武具に関係する知恵、両親が行商人としてやり取りしていた様相を見て学んだ経験、いつしかそれは後に大きくなるミレイユの糧となるモノとなった。
ミレイユが15歳になって、『職授の儀』を受けた。
授かったのは『魔術師』だった。
両親からは凄く驚かれたけど…。
「お前が魔術師って、絶対に凄い職業じゃないか?さすがは俺達の娘だ」
「魔法を極めれば絶対有意義な存在になる、頑張ってねぇ」
「え……うん?頑張るよ……」
頭ごなしに否定されたわけでも、存在を煙たがられたわけでもない。
ただ、両親も仕事柄魔術師が冒険者向けのジョブである事を知っていたからなのか、私を以前より可愛がってくれるようになった。
見習いと言われるFランクからスタートし、ギルドのクエストを中心にしながら日々の仕事をこなしていった。
17歳になってしばらくした頃にはEランク冒険者になった。
両親からも商売柄で得た売れ残りのアイテムを提供してくれてはそれをクエスト達成に役立てたお陰で、一人で挑む時にはそれが大きな助けになった事も結構あった。
レア度Eのモンスターを討伐した時でも、その度に両親は喜んでくれた。
あの話を聞いてしまうまでは……。
ある夜中、ミレイユが用を足したくなった時に偶々家の廊下を通った時に……。
「ミレイユが活躍した分だけ、商売人としての俺達の株が上がるもんだなー!」
「そうね、ミレイユがモンスターの討伐をしてくれる度に私らの商売人としての箔がドンドン付いていってはお客も比例して増えていくもんだからねー!」
「「あの子は本当に良い広告塔だ!アーッハハハハハハ!」」
(え…?広告塔って…?)
両親がリビングでそう話していて、私はそれを聞いて絶句した。絶望した。
いつからか自分は血を分けた娘ではなく、両親のビジネスを役立てるための道具でしかないとその場で悟ったから。
空しい気持ちを抱えながら日々を過ごした中で19歳になった頃、運命の悪戯なのか分からないけど、両親がやっていた商売が急速に傾き始め、瞬く間に赤字続きの日々となった。
「もっと稼ぎの良いクエストを受けて金を稼いで来い!」
「今お金を稼ぐ手段があるのはミレイユ、あなただけなのよ!」
「「娘ならばもっと私達のために頑張って来いよ!!」」
自分の身が何よりと言わんばかりに両親は私に言い続けた。
もう既に、外聞もメンツも全てかなぐり捨てて、欲望を一切隠そうともしなくなった、怒りと醜さに満ちた両親の姿しか見えなくなっていった。
だが、しばらくして…。
「パプリフォスさんとこの店、もう閉店するんだってね」
「店主の方々も夜逃げをしたって話だぜ」
「冒険者になった娘さんにも行方を知らせないでいなくなったんだってな」
「あそこのお嬢ちゃんも色々頑張ってたはずなのに気の毒だよ……」
両親は私に何も言わずにどこかへ消えてしまった。
最早商売を維持する資金繰りさえ立ち行かなくなって、関係する人達に目を付けられてしまう事を恐れて夜逃げしたのは完全に悟った。
不幸中の幸いか、借金取りのような人達が私に詰め寄る事は無かった。
ただ、よそよそしさを抱いた周囲の人達からは最低限の会話ややり取り以外については距離を置かれてしまった。
少なくも残っていた蓄えを切り崩しながらに細々と冒険者生活を続ける中で、あるパーティーに誘われた。
攻撃魔法を持つ人間が欲しいと言っていたそのパーティーのリーダーからのお願いで、私はそれに乗った。
優しい表情と他に生き残るチャンスと信じていたからだ。
しかし……。
「ミレイユよくやった、後は俺達が始末しておくから。お疲れー」
「ちょっと、アンタがしっかり弱らせてくれないから私が傷付いたんだから、罰として分け前はこのくらいね。」
「俺らの装備品が汚れたり摩耗したから手入れしといてくれよ。」
優しかった、いや、優しく見えたのは最初だけだった。
誘われてから1年は私ができる仕事を必死でやって来た。
雑に扱われても、何か成果を出したり貢献できれば認めてくれると信じて、理不尽かもしれない仕打ちにも我慢して耐えてきた。
Dランク冒険者になった後でも、道具の調達の使いっぱしりを始めとする身の回りの世話も、雑魚モンスターの殲滅や相手の出鼻を挫かせる斥候のような役回りも、苦虫を嚙み潰す思いを抱きながら引き受けた……。
でも……。
「皆さん、今のうちに……?!」
あるダンジョンで、レア度Dにして強力なパワーと頑強さを持った”オーガナイト”から逃れるための捨て石として、私はそのパーティーのメンバー達に見捨てられた。
最初は「私が魔法を撃ちまくってダメージを与え、その隙に強力な攻撃を放ってトドメを刺す一発逆転を狙う」と聞かされた。
同時に「貢献できたら今回のクエストで発生する報酬は全部お前にやる」と言われた。
報酬欲しさ以上に、冷遇されてきた自分を変えるチャンスと思いその作戦を受け入れた。
私はそれを必死に実行したけど、他のメンバーは私を置いて一目散に逃げていった。
そのうえ、私の退路を防ぐような行為をされた。
私は切れかかる魔力や体力を振り絞りながら逃げては出くわし、その度に逃げて傷付いて、まるで終わりのない暗い道を歩いているような気持ちに襲われて動き続けた。
もう死ぬかもしれないと思った…。
「君、大丈夫か?」
「かなりやられている。待ってて下さい、今治しますから」
「え?」
一組の男性と女性の冒険者に助けられた。
それがトーマさんとセリカだった。
それから協力し合って、何とか地上へと戻ってこれた。
そのうえ二人は私を見捨てた上に事実と違う話をしていたメンバー、いや、元メンバー達のしていた虚偽報告を始めとする酷い行いを断罪するために、真剣かつ真摯に動いてくれた。
程なくして、元メンバーらは冒険者としての復帰やまともな生活に戻るのも困難なペナルティを受ける形で、完全に縁が切れた。
一人残った私は元メンバーらで払える限りの慰謝料や残ったアイテムを全て受け取る事になったものの、パーティー自体は完全に解散だ。
また一人になった。冒険者を辞める考えも少なからず頭を過った。けど…。
「俺達のパーティー【トラストフォース】に入らないか?」
私を助けてくれたパーティー【トラストフォース】のメンバーであるトーマさんやセリカから仲間に誘われた。
トーマさんは私に可能性や必要さを必死ながらも真剣に、誠実に言ってくれた。
迷う事はあったけど……。
「そうですね、私はお二人に助けられたから今こうして生きている。そして、ここにいる」
「そんなお二人がこうして誘ってくれたのは、きっと神様が、また冒険者として頑張って欲しいって与えたチャンスなのかもしれません」
「それに……」
「私の命を救い、可能性を信じてくれたトーマさんとセリカさんの言葉とお誘いです」
「ですから、私をお二人のパーティーに入れて下さい。」
私は【トラストフォース】に入る決意を固めた。
誘ってくれたトーマさんとセリカも、私が加入する事を心から喜んでくれた。
この時まで必死に生きながらえたのも、信じていいって思えるこの二人に出会うための試練だったのかもしれなかった。
「ありがとうございます。今後ともよろしくお願いします」
私は冒険者になって初めて、生きていて良かったと心から思った。
トーマさんの事は本当に恩人だと思っているし、同年代のセリカとは何かと気が合った。
前のパーティーでこんなに気の許せる人はいなかったから。
色んなクエストに赴いては大変な事は沢山ある事に変わりはないけど、辛さはない。
私は今、トーマさんとセリカと一緒にいられるこの日々が、楽しくて仕方がないから……
そうして現在————
「って、本当に波乱万丈だったわけなんですよ~~!」
「そうだったんだ、キツイ人生だったのは本当に分かった」
「はいはい、よしよし……」
ミレイユは過去や苦難を吐き出したいだけ吐き出して力が抜けたように項垂れ、隣にいたセリカは背中を擦ってあげていた。
生い立ちや経歴を知ったら、ますますミレイユとの心の距離がまた近づいた感覚になった。
もちろん、仲間以上の関係を抱いてしまわない距離感を保つように努めた。
にしてもミレイユって、お酒あんまり強くないのかな……?
「ふへへぇ……もう飲めないかも~」
「こりゃ酔っぱらってるな」
「ミレイユ、しっかりして!またお水飲んでちゃんと寝よ」
「ウィ~~」
そうして酒場を後にして、俺とセリカは酔って気が大きくなりそうなミレイユを介抱しながら帰路に着いた。
こりゃ明日もモンスター討伐の類のクエストを受けるのは無理だなと思いながら、今日過ごした楽しい時間を噛み締めていった。
(何だろう、ドンドンとワクワクが込み上げてきたな…。)
新しい仲間を迎えたんだ。
少なからぬ緊張感とそれを上回る期待を抱きながら、酔いを醒ますような夜風に当たりながら歩いていった。
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