第22話 偽装と真相

冒険者ギルド【アテナズスピリッツ】内————————。


「ミレイユ、ミレイユ、うぅぅっ……」

「あんな良い子が俺達のために囮になって死ぬなんて……」

「本当に健気で優しい女の子だったんですよ」

「アンタらも大変だったんだな」

「お気の毒でしたな」


悲しそうに涙ぐんでいるのは、ミレイユさんに囮役を押し付けたDランクパーティーの3人だった。

奴らはミレイユさんが囮役としてモンスターを食い止めてくれたでっち上げ話を涙や悲しみの表情を見せながら周囲に言い聞かせていた。

あたかも奴らは悲劇の人間みたいに……。

我が身可愛さに一人の仲間を無理矢理危険な状況に晒しといてよくもまあこんな作り話ができるものだ。


「皆、暖かい言葉をかけてくれてありがとうな」

「これからは死んでいったミレイユのためにも、腕を磨き直して再起していくわ」

「あぁ、それがアイツのためだもんな」


嘘だと知らずに奴らの話を信じる者が出始めているものの、どこまで身勝手なのやら。

顔馴染みの受付であるナミネさんも可愛そうに思う表情をしていたが、どこか神妙な面持ちもしていた。


「アイツのためと言うアイツって誰の事でしょうか?」

「さっきから言ってるだろ?俺らパーティーの魔術師で囮になってくれたミレイユ……」

「ってウォーーーー!」

「あなたイバヤ遺跡で出くわした……」

「どうも、あの節は……」


俺はありきたりな質問を不意にぶつけ、ミレイユさんの元パーティーのリーダー格やその仲間達をギョッとさせてみた。


「ア、 アンタ……無事だったのか?」

「えぇ、お陰様でね」

「イバヤ遺跡の調査クエストを終えて完了報告をしようと思って戻ってきました」

「か、完了報告って……」

「あの強そうなモンスターを倒したって事なの?」

「あぁ、ナミネさん、【トラストフォース】が受けたイバヤ遺跡の調査クエストをたった今終えまして」

「はい、確認させていただきます」


俺はナミネさんに調査した際に使用した『マジックレコーダー』とオーガナイトの魔石、そして遺跡で見付けたアイテムを提示した。


「確認しました。精査と鑑定をしてみましたところ、保存された記録の中には古代文字が証明され、イバヤ遺跡にはモンスターと遭遇する確率がある事実の共有をさせていただきます。規定通り、調査系のクエストで見付けたアイテムはあなたたちのモノになります」

「これを以て、イバヤ遺跡の調査クエストの完了とさせていただきます」

「ありがとうございます」


ナミネさんからクエスト完了の通達をもらった。それなりの報酬ももらえた。

だが、まだ終わりではない。

むしろ、これからやるべき事がある。


「私達【トラストフォース】はイバヤ遺跡の調査クエストを達成しましたと同時にその途中、息も絶え絶えになっていた一人の冒険者と出会ったんですよ。」

「「「え…?」」」

「あ、それから、あなた達のパーティーメンバーの一人が囮だか殿だかを務めて死んでしまったと聞こえたんですが、それは確かでしょうか?」

「衣装を見るに魔術師に見えたのですが……」

「う、うん、そうだ」


俺はズバッと本題を切り出した。

珍しくも悲しい内容だからか、ミレイユさんが囮になって死んだって話は街に着いた時点で耳に入っていた。

俺が詰め寄るような態度を見せると、奴らの目はあさっての方向を見ており、汗も出ていた。


「死んでしまったと聞こえたんですが……」

「それは、まぁ……」

「囮になったのもその人の意志でしょうか?」

「もちろんだって!俺達も一緒に逃げようって言ったけど、自分が殿を務めるから逃げてくれとの一点張りだったから……」

「そ、そうよ、今は申し訳なく思っているけど、言って聞かない以上はしょうがないし……」

「つーかイバヤ遺跡で初めて会った時に伝えたろ?」

「あー、確かにそう言っていた気がしますね」


俺がシンプルかつ切り込むような質問をする度に奴らは明らかにしどろもどろになっていった。

さっきまで同情していた他の冒険者やギルド職員らも「何か怪しい」と言わんばかりの視線を向けるようになっている。


「では質問を変えます。その囮になった方の特徴を教えていただけますか?」

「え?」

「え?じゃないです。囮役を進んで引き受けるくらい素晴らしい方なのでしたら、その顔や特徴、性格とかもしっかり覚えているはずです。何一つ言えないのでしたら……」

「あーもう分かった、言えるし、今言うよ!」


奴らは俺が言う質問に焦れたように、この場をどうにか去れたらと思いながらの態度を見せて答えてくれた。

ミレイユさんの外見や身に着けていた服装、使っていたアイテムを答えられる限りで……。


「そうですか、分かりました」

「分かったならもういいかい?俺達もう疲れたからそろそろ宿に帰って……」


俺が納得した表情をしながら言葉を発し、奴らも明らかに嫌そうな態度を見せた瞬間……。


「よーく分かりました!」

「あ?だから、何が?」

「おーいセリカ、もういいぞ」


そうしたやり取りをした後にこっそり忍ぶようにギルドに入っていたセリカを呼んだ。

セリカの隣には少しボロボロになっている土の色をしたフード付きローブを被った一人の人物と共に俺の傍に寄って来る。


「君は、この人の……」

「その囮になって、死んだと言われたアンタらのお仲間ってのは……」


俺がセリカらに目線を送ると、彼女は示し合わせるようにローブを被った人物をトントンとし、顔がよく分からない人物は目深に被ったフードを勢いよく脱いだ。


「この人でしょうか?」


俺はその人物に向かって堂々と紹介するように左手を向けた。

それは他でもない、ミレイユさんその人だ。


「「「えぇぇぇぇーーーーー!?」」」

「ミ、ミレイユ……?」

「アンタ生きてたの!?」

「死んだはずじゃ……?」


囮として、と言うよりその役割を無理矢理押し付けてくたばったはずの人物が、ボロボロどころか割と五体満足でいる事に奴らは驚きを隠せずにいられなかった。


「どうも皆さん、トーマさんとセリカさんのお陰で、死の淵から戻ってきました!」


ミレイユさんは見捨てた元パーティー連中に堂々と自分は生きて戻ったと言わんばかりに気丈な表情を見せた。


「え、あの子が囮になったって子なの?」

「死んだとか言ってたけど、普通にピンピンしてるじゃないか」

「じゃあ、あの連中が嘘をついたって事?」

「だとしたら囮を買って出た話って?」

「てかあいつら喜ぶどころか何で青い顔してんだ?」

「「「…。」」」


すると周囲の人達はミレイユさんが生きていた事実と彼女の元パーティー連中が言っていた事に大きな相違があると明らかに疑うような声が次々と挙がっていた。

すると、奴らの表情が何の変哲もない紙のように白くなった。


「皆さんが疑惑を抱いている通り、私はこの人達に無理矢理囮役を押し付けた上に、魔法や爆発を引き起こすアイテムで退路を奪い、私を閉じ込めて逃走しました!」

「他にも今まで、雑用や面倒な役回りも、難癖付けてこの人達から押し付けられたり悪口を言われたりで辛かったです!」

「な……?」

「ちょっとミレイユ!何デタラメ言ってんの?いい加減にしなさい!」

「そうだぞ!お前が囮役を買って出るって確かに言ったじゃないか!?それに雑用とかもお前が進んでやっていただろ!」


ミレイユさんは真相を打ち明けるが、彼女の元パーティー連中は自分はやってないとまだ保身に走るような醜聞を並べ始める。


「彼女はこう言っていますけど、皆さんは今まで雑用とかを押し付けていたのはともかく、囮役を押し付け逃げられないようにしたのは絶対にないと……」

「だから言っているだろ!俺達が退路を防ぐような事はしてないって……」


俺が改めて確認しても、奴らは往生際が悪く言い逃れをしていた。


「でしたらナミネさん、これを……」

「はい、この石の欠片は……?」


ここで俺はバッグからナミネさんに数個の石の欠片を渡した。


「そこにいるミレイユさんの元パーティーメンバーがガレキの山を作るために引き起こした際にできた岩の欠片です」

「ギルドの鑑定調査班による解析や彼らのプロフィールなどの記録を照らし合わせれば、ミレイユさんの証言にも信憑性が増しますよ。それから、最近この人達が買ったアイテムも調べれば尚の事です」

「はぁ、確かに……」

「な……?」


俺はギルドに戻る前、痕跡を示す欠片を回収しておいた。

各ギルドには鑑定や調査に優れた優秀なチームがいるだけでなく、クエストを受けた冒険者やそれらが組んだパーティーの活動記録や所属メンバーの情報を長きに渡って管理している。

冒険者としては先輩であるセリカからの入れ知恵ではあるが、俺はその情報やシステムを利用して、ミレイユさんの言っている事が正しいと証明させるのがいいと判断した。


「言いがかりも大概にしろ!壁を作ったのは殿を務めるミレイユの心意気を買った上で俺達の安全をより確保するためにやった事なんだ!適当な事を言うな!」

「変な邪推で私達を嵌めないでもらえる?キモイんだけど!」

「いいえ、私はこの人達に無理矢理やらされて死にそうな状況になりました!」

「トーマさんやセリカさんがいなかったら、遺跡で死んでいました!」

「…ッ!うるせえぇ!」


ミレイユさんの元パーティー連中は本当に往生際が悪かった。

大声を出しながら自分のした事を正当化しようとしていて、彼女の悲痛な叫びも強引に無かった事にしようとしているのだから。


「往生際が悪すぎですよ、自らの非を認めて彼女にきちんと謝罪をして……」

「おい!ふざけるのもいい加減にしやがれ!このクソアマーーーー!」

「「…!?」」


ミレイユさんの元パーティー連中のリーダー格は怒りの余り彼女に殴りかかった。

俺やセリカは咄嗟に身を飛び出した。


「いい加減にすべきなのはお前達だろ!」


ミレイユさんを守ろうとした瞬間、猛獣の如き一声がギルド内に響きながら、一人の男性が割って入った。

俺達は一瞬で静まり、その声がした場所に視線をやった。


「我がギルド内で不毛な争いをするなど、恥知らずの言葉以外見つからん!ましてや、己のした過ちを棚に上げた挙句に逆上してか弱き女性を殴ろうとするなど醜いに他ならん!」

「あ、あなたは……?」

「カルヴァリオさん」


剛毅な声を発したのは、俺達が所属している【アテナズスピリッツ】のギルドマスターであるカルヴァリオ・クレイスさんその人だ。

年齢だけなら俺より一回り以上あるものの、それを感じさせないくらいに若々しく精悍な風貌をしており、ところどころの振る舞いには威厳や覇気に満ち溢れている。

かつては一流の冒険者として活躍していて、今はギルド運営や後進育成に勤しんでいるが、凄まじいスピードで現れて制する事から、身体能力はまだまだ凄いと感じた。


「話自体は私もこっそりではあるが聞かせてもらったぞ。先ほど私も用事が全て終わって、幸いにも時間があるのでな。ミレイユさんと言う女性の話やその元仲間のしでかした内容とやらについて、詳しく聞かせてもらおうと思う」

「カルヴァリオさん」


カルヴァリオさんはミレイユさんの元メンバーに顔を見やり、その怒りの表情には数か所の青筋が立っており、まるで狩る側の猛獣だった。

そう言えば俺、カルヴァリオさんが本気で誰かに怒っている場面は初めて見たな。

後、まだ健在じゃねえかと思う力の一部を見れた事も……。


「カ、カルヴァリオさん。違うんです、我々は本当に仲間を見捨てるような真似は……」

「ほう、だったらこの後の事情聴取とかにはたっぷり付き合ってもらえるんだね?言ったはずだ。今の私は幸いにも時間があると……。詳しく聞かせてもらうともね……」

「「「……」」」

「ミーナス、準備を……」

「はい」

「それからトーマ君達も当事者だから、時間をもらっても大丈夫かな?必要以上の時間をかけない事は約束する」

「はい、俺達は大丈夫です」

「皆様、お騒がせしてしまって本当に申し訳ない。今回の件は我がギルドで責任を以て対処すると同時に、冒険者の皆様により良い活動ができる環境を整えられるように努めていく事を約束させて欲しい!」


ミレイユさんの元パーティー連中のリーダーの弁明も空しく、厳かかつ淡々とその聴取は始められる流れとなった。

カルヴァリオさんの秘書であるミーナスさんや事の顛末を聞いていた受付のナミネさんら職員の敏腕さもあってか、関係者の聴取や精査は迅速かつ正確に行われた。


あぁ、偽装で固められていた真相が世に明らかとなるのは、時間の問題だ。

いや、時間の問題どころか、明日か明後日にも街全体に広がるだろう。

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