第13話 セリカの過去②
「え?死んだ?兄さんが……」
「あぁ、私も信じ難いが、昨日入った情報だ」
「……」
所属しているギルドマスターから私に告げられた一言。
「トーゴ・ブレンフィアが…派遣先で死んだ。」
私は兄の訃報を知るや否や、表情を失った。
ただ聞かされただけでたった一人の家族を喪った事実を受け入れられるはずがないから。
私はその時に暴走をしたわけでも無ければ、誰かに何か被害や損失を加えたわけでも無く、遺体が数日後に届けられるとの事だったため、ただ大人しく自分の家に戻っていった。
しかし、その時家にまっすぐ帰ったものの、兄の訃報と帰路に付いた時の状況以外ほとんど覚えがないくらいに頭の中が真っ白だった。
数日後————
私はギルドに来て欲しいと言われて、その流れで足を運んだ。
今までは相当な疲労や怪我の療養がなければ、何かしらの用事や理由で外出する事が多かった私だが、それまでは食材の買出し以外で外に出る事もなく、クエストを受ける事も無く部屋に閉じこもりっきりの状況だった。
そうして私は案内された部屋に訪れ入っていった…。
「え……?お兄……ちゃん?」
そこで目に飛び込んだのは、若干横幅が短く縦長のベッドの上に白い大きな布を足元から首の根っこまでかけられ、生気がほとんど感じられないような姿で眼を閉ざしながら横たわる男性がいた。
そう、他でもない私の兄の亡骸だった。
それを見た私はヨタヨタと歩み寄って…。
「な、何の冗談なの……お兄ちゃん?」
「ねえ、ねえ……」
「トーゴさんは本当にお亡くなりになったんです」
当時案内を担当した職員に言われた言葉をきっかけに私は数秒後……。
「お兄ちゃーーーーーーーーーーーん‼」
「いや、嫌よ!お兄ちゃん‼」
「私の下に帰って来るって約束したよね?私ともっと冒険しようって約束したよね?」
「お願い、何か言って、応えてよ‼お兄ちゃーーーーーーーーーーん‼」
私は滝のような涙を流して跪きながら、もう二度と動かない兄の亡骸を見て慟哭した。
それから私はどれだけ泣いて叫んだのか分からないくらいの時間を経て、その場を去った。
翌日、トーゴを始めとする派遣された冒険者を弔う合同葬儀がギルド主導で行われた。
全員黒い喪服に身を包み、中には上流階級と思しき人物も数名いた。
葬儀は厳かながら、昼にもかかわらずまるで寝静まった夜のように暗い雰囲気で行われ、音楽隊による死者を弔う鎮魂歌が流れた。
派遣された冒険者の遺体が入った棺の前には、その家族や親族、仲の良かった同僚などがそれぞれ集まり献花もされた。
兄の遺体が入った棺の側にいた私の下に、彼と親交のあった冒険者達も赴いてくれた。
「この度はお悔やみ申し上げます。生前トーゴさんには公私共にお世話になりました」
「本当に素晴らしい冒険者で我々の憧れでした」
「彼のような人を喪って、我々も遺憾な気持ちを抱くばかりです」
「力になれる事があれば何でも言ってね、トーゴさんの妹さんだもの」
「皆様、来て下さってありがとうございます」
涙に濡れる私はハンカチで吹きながら、弔いの言葉や励ましの言葉をかけてくれる人達に深々とお辞儀した。
しかし、その心が完全に癒える訳じゃなかった。
そうして葬儀は終わりを迎え、私は残っていた参列者への挨拶を終えた後、帰路に付く流れになった。
「セリカさん、今よろしいでしょうか?」
「はい……」
私の下に受付をしてくれたナミネさんが駆け寄って来た。
「こちらなんですけど……」
「これは……」
そう言ってナミネさんは一つの手紙を差し出した。
「トーゴさんが生前したためていたセリカさん宛のお手紙です」
「今ここで読むよりも、ご自宅に戻って読まれた方がよろしいですよ」
「ありがとうございます」
私はナミネさんにお礼をした後、会場を去って行った。
真っ直ぐ自宅へと歩を進んだものの、自分の中にある気持ちをほとんど整理し切れていないか、その足取りは余りにも重かった。
日が沈んだ頃にようやく自宅へと戻り、一杯の水をコップに入れて飲み干すと、椅子に腰を掛けて兄からの手紙を開いた。
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セリカヘ
この手紙を読んでいるということは、俺はもうこの世にはいないだろう。
だからどうか最後まで読んで欲しい。
セリカは小さい頃から冒険者になりたいと言って俺はそのリスクや難しさを説いてきた。
それでもお前はなると言って聞かず、結局俺が根負けして冒険者としての知識や戦う術を教える事になったが、今ではそれが正しかったと疑っていない。
父さんと母さんが流行り病で亡くなった後は、俺が兄としてだけでなく、親としてセリカを守ろうと固く決心した。
セリカが15歳になった頃には冒険者向きの職業を授かった際は大喜びしていたな。
それからクエストに積極的に挑んで、修行もして、どんどん強く立派になっていく姿を見届けるのは、先輩冒険者としても、兄貴としても誇らしかったよ。
私は真面目で努力家で優しい子だから皆に慕われて、「セリカちゃんだから信頼できる」ってマスターや他の冒険者達から聞いた時は本当に嬉しかった。
だから俺は確信している。
セリカ、お前は冒険者としての才能がある。
そして持っているポテンシャルも、研鑽を続けて行けば俺だって超える強く立派な冒険者にだってなれる。
俺の妹だ。必ずやれる。
その姿を目の前で見届けてやれないのが心残りだけど、俺はいつだってセリカを、もう天国にいる父さんと母さんを見守っている。
最後に一つここに記させてもらう。
誰がなんて言おうと、セリカは俺の自慢の妹だ。
前を向いてお前らしく進み続けろ。
そして、誰よりも愛しているぞ、セリカ。
トーゴ・ブレンフィア
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「兄さん、兄さん……うぅぅ……」
「もっと、もっと、もっと、兄さんと生きていたかったよ……」
手紙を読み終えた私は両手で眼を覆いながら、再び大粒の涙を流した。
自分の事を絶えず想ってくれた兄の愛情、そして自分の才能を信じて疑わずに見守ってくれた事の嬉しさ。
嬉しさと喜び、悲しさと虚しさ、そしてこの世のどこを探しても最愛の兄はもういない事実が私の心に混沌が渦巻いたような気持ちを満たさせた。
どれだけ泣いたのか分からないまま時間が過ぎた後、気付けば私はベッドではなく、テーブルに突っ伏して寝ていた。
外からは朝を告げる木漏れ日が窓から差し込んだ。
「うぅ…朝か…。」
私はその場で起き上がると、肩や腰を軽くストレッチしながら外の空気を吸うために扉を開ける。
そしてそよ風を身体に感じながら……
(セリカ……)
「…ッ!?」
私はふと家の方に目を配った。
兄の声が聞こえた気がしたかのような感覚になった。
しかし、涙はもう流れていないがその表情は憂いと虚無感に満たされていた。
そして改めて思った。
トーゴ・ブレンフィアは、兄はもう、この世にいない……と。
そして現在——————
「セリカもキツイ人生を送っていたんだな」
「かつて住んでいた故郷を捨てる決断を取るのは、当時の私には厳しかったですね……」
「立派なお兄さんだったんだな。その、トーゴさんって……」
「はい、自慢の兄でした」
俺はセリカの過去を知ると同時に、彼女の人となりも知ったような気持ちにもなった。
今のセリカの人格は、大切にして尊敬して病まない兄の教えを受け、冒険者としての努力を重ね、取り巻く人達に誠実に向き合う精神性を見せる思いも、過去の経験によるものである事を……。
「俺、セリカの事がいくらか分かって良かったよ……」
「え……?」
「そして、初めて異世界で出会ったのが、セリカ・ブレンフィアと言う女性で良かったって……」
俺は異世界に飛ばされて初めて出会った人間がセリカじゃなければ、今頃どうなっていたかすら分からなかったからこそ、彼女に感謝している。
だからこそ、俺もこのままではいられない。もっと強くなるって……。
「だから、ありがとう……」
俺はセリカに出会えた幸運と感謝の思いを伝えた。
そして、この異世界を生き抜くためにも頑張る思いを想起させながら……。
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