第8話ビギナーズラック
俺は加勢に来た”ブルースライム”の群れを何とか片付けてセリカの下へ向かう。
そこで目に映ったのは…。
「あ、トーマさん、終わりましたか?こっちも今終わったところです!」
「見た感じ怪我とかしてなさそうだけど、随分濡れたね」
「水魔法を使う相手でしたからね」
「それもそうか」
セリカは”シニアスライム”二体を俺がスライムの群れを相手にしている間で撃退していた。
確かレア度Eのモンスターってあったから、セリカのレベルやランクに合っていたのかもしれないが、それでも頬に少しの傷ができているもののそれ以外に怪我らしい怪我はしておらず、疲弊感を僅かに感じた様子だ。
「では、コロニーを破壊しましょう」
「トーマさん、【腕力強化】スキルで攻撃力アップしておいて下さい」
「うん!」
俺は【腕力強化】を発動させ、短剣を構える。
セリカも【腕力強化】に加え、【脚力強化】を発動させる。
セリカの両脚は微かな光をまとっており、強化されているのが目に見えて分かる。
そして…。
「「ハァーーー‼」」
花の蕾みたいな発生口に向かって俺達は攻撃を加えた。
セリカは脚力強化もしているため、踏み込みの力強さが見て取れた。
そして…。
発生口は赤い粒子となって完全に消えた。
「これでいいのかな?」
「ハイ、これでコロニーの発生口は消えた事になったので、もうスライムが湧いて出て来る心配はございません」
「と言う事は……」
「討伐クエスト達成です‼」
俺はセリカに確認すると笑顔でクエスト達成を伝えられて…。
「ヨッシャーーーーー‼」
俺は討伐クエストに成功した達成感を味わいながら歓喜の声を上げ、思わず万歳した。
アニメやゲームの向こうの事が今こうして感じているのだから、サブカル好きな俺にとっては高揚せずにいられなかった。
それを見ていたセリカも嬉しそうに見ていた。
するとセリカが何かを見つけたようで、その方向に視線をやって歩く。
「あ、あれは……」
「これは…魔石と”リペアフルード”の素材ですね。」
「魔石、”リペアフルード”の素材?」
「武器や防具を直すのに使われる”リペアフルード”の素材で、スライムのような流動的な生物や水棲系モンスターからドロップされるんですよ」
「そう言うのがあるんだ」
セリカは拾ったアイテムや素材を見せてくれた。
魔石には武器や防具の生成・錬成に使われ、色や形も様々だが、セリカが手に持っているのは水色の緩い丸みを帯びた形をしており、掌に収まるサイズをしている。
”リペアフルード”の素材も柔らかい素材の包みの中に薄い青い液体が詰まっている。
「ちょっと待って、俺あそこで”ブルースライム”をさっき倒しまっくたけど……」
「”シニアスライム”と比べれば微量ですが、”ブルースライム”も落としますよ」
「ちょっと見てくる!」
俺はさっき倒したスライムの群れがいた場所に戻った。
「あ、やっぱりあった、あんなスライムでも落とすんだね」
「かき集めよう」
そこには小振りだが、”リペアフルード”の素材があちこちに落ちていた。
俺は先ほどまで大量のスライムを倒したのはいいものの、セリカの事がきがかりでドロップされたモノについてはほとんど考えていなかった。
俺はスライムの群れを倒した場所を中心に素材探しを行い、概ね集めてセリカと合流した。
「集められるだけ集めてきた」
「これだけあれば、少しではありますが換金もできます」
「そうか、じゃあここを抜けてブモダ村へ帰って村長に達成の報告しに行こう」
「はい!」
セリカには苦笑いされたものの、ドロップされたアイテムなどを集め、洞窟を抜けた。
そしてモブダ村へ向かって歩いていく。
「俺、モンスター討伐のクエストを初めて受けたけど、あんな感じになるのかな?」
「今回のクエストは少々特殊でしたからね」
「スライムのコロニー殲滅は、コロニー殲滅系のクエストの中では特に簡単ですからね」
「ただ、スライムの上位種が一度に3体出て来るのは初めてでしたけど」
「な、なるほど。」
「まあ、今回はその経験が私にあったから良かったんですけど」
「それは本当に助かったよ」
「どういたしまして」
今回のクエストは本当にセリカの助けや作戦無しでは達成できなかった。
接近して剣を振るったり見様見真似で覚えた格闘術しかできない俺一人じゃほぼ不可能と言ってもよかった。
「今後クエストを受ける際にもう一つ教えておきますけど、撤退や中止を選択する事も可能なんですよ」
「撤退や中止?」
ブモダ村が近付いている中で、俺はセリカから撤退や中止にかんする話を聞いた。
そして、この異世界で生きていくためには深く考えるきっかけを与えてくれる事になっていく。
「クエストの撤退や中止ってできるものなの?」
「選択肢の一つとしてですが、できますよ」
「クエストに挑んでいる最中、自分や仲間の命にかかわるもしくは想像以上に達成が難しい状況に遭遇したら、独自の判断で撤退や中止を選択できるんですよ。」
「受けた側はいいかもしれないけど、事情によっては冒険者の面子や信用にもかかわってきそうだね」
「どういう意味でしょうか?」
「クエストをお願いした人が期待してくれているのにそれを勝手な理由で放棄されたら、ショックだろうし、何よりその任せられた人は信用してもらえなくなりそうなんだよね」
俺は自分の中で思った見解をセリカに伝えた。
「そうですね。トーマさんの言う通り、途中でクエストを投げだす事は目に見えない信用や信頼にも傷が付きかねないのは本当です」
「聞いていた内容にはないレベルの高いモンスターがいて命にかかわる怪我をした等、やむを得ない事情があれば考慮してくれる事はありますが、気分が乗らないのを理由に放り出したならばご法度ですね」
「そのような事が頻発すれば冒険者を評価するギルド側も、信用できない人と見做されますし、最悪ブラックリスト入りもしますからね」
「やっぱりそうなるよね」
セリカが教えてくれた中で俺は気になった質問と考えを伝えると、彼女は少し感心したような表情をしながら説明してくれた。
前の世界で俺は職を転々とした事はあり、お客様とのやり取りや同僚同士の付き合いはもちろん、どんな職業や仕事に勤めていても信用と信頼は大事だ。
でなければビジネスも商売も成り立たないし、信用を積み上げる努力をしない本人が損をするしかなくなるから。
セリカの言うブラックリストとは、『大きな問題を抱えているもしくは重大なルール違反を犯した冒険者名簿』であり、早い話が「この冒険者は信用に値しない」を意味している。
ランクこそ落とされなくともブラックリストに載ってしまえば、冒険者ギルド間でも情報が共有されるため、まともな依頼を受ける事ができなくなる。
そうなれば依頼をこなし報奨金をもらう機会を半永久的に失う、つまり冒険者として食べていけなくなるって意味だ。
何においても信用と信頼は大事だ。
「俺思うんだよ」
「信用って積み重ねるのは大変で時間がかかるものなのに、些細なきっかけで一瞬にして無くなりかねないモノだと思っているんだ」
「もう一度信用してもらう事って、最初に信用してもらう以上に大変な事だとも思う」
「信じたけどまた裏切られるって、想像以上に辛い事だから」
そう言うとセリカは俺の方を見ていて、ふと思い返した。
異世界に来る前はサブカル専門店の店長をしていた俺は新しいアルバイトを雇うために面接を担当する事が何度かあった。
人となりややる気を見て採用したものの、真面目にやってくれた人もいれば、仮病や仕事へのだるさを理由に勝手に休んだり辞めたりする人も少なかったけどいた時もあった。
仕事を積極的に覚えようとしない人には努力して学ぶように訴えた事もあり、改善して頑張る人もいれば、結局直そうとせず辞めた人もいた。
頑張ってくれると信じて採用したのに、やむを得ない事情があるならばともかく、やる気を見せずに辞められたらショックも受ける。
だから俺は多少不器用だったりしても真面目で誠実な人が好きだし、信用ができる。
そこでセリカは口を開いた。
「トーマさんのその考え、凄く大事な事だと私も思います」
「洞窟の中でも私に向かって言ってたじゃないですか」
「村長さんと約束したからって」
「トーマさんが私の事を信じてくれたから奮起して頑張る事ができましたから」
「セリカ……」
セリカは俺に向けて笑顔で応えてくれた。
思えば、セリカとはまだ会って少ししか経っていないのに、俺は大分彼女の事を信用して頼るようになった。
俺の中でセリカは異世界に来て初めて出会った人物であり、流れで彼女が追い込まれている様子を見て助けた。
それがきっかけで行動と生活を共にし、こうしてクエストを受けながら冒険している。
俺はセリカにこの世界や冒険者に関連する事を始め、生活の仕方まで面倒を見てくれた。
そのお陰で俺はセリカを心から信用、そして信頼するようになった。
積み重なった信用は何の裏付けや見返り、保険を掛けるような行いをしなくても「この人ならきっとやってくれる」と思ってもらえる、信じて任せていい気持ちが湧いて初めて信頼関係ができあがる。
「うん、信じた相手がセリカで本当に良かった、ありがとう!」
「私の方こそ、後ろで頑張ってくれたトーマさんがいたからできたんです!」
「俺ももっと頑張ってすぐにEランクに駆け上がるよ」
「私にできる事があれば、何でも言って下さい!」
俺とセリカは改めて互いに信じ合い、頑張っていく決意を固めるのだった。
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