申し訳ない

「心霊なんて信じてないよ。」

「むしろ安いから良くない?」

 そうだ。それでこの部屋を選んだのに。

 だけど、確実におかしい。

 気付けば異様な現状の解明よりも先に窓を開ける事を優先していた。

 部屋には汚い臭いで充満しており、窓を開けると行き場を失っていた臭いは行き先を思い出したかのように外へと消え、部屋内部の臭いは薄まっていく。

 普通の人間ならば、帰宅して覚えのない異臭がすれば、ゴミやなま物の可能性を疑うのだろう。

 実際、自分もそうだった。だが、引っ越してばかりの冷蔵庫には冷蔵保存可のおかずに五〇〇mlの缶コーラが数本が冷蔵庫の光に当てられているだけで下段の冷凍庫もレンジでお手軽を謳ったおかずで埋まっているのみでゴミ箱は拳で圧縮されたであろうレシートと鼻をかんだであろうティッシュばかりで異臭の原因は見つからない。

 やはり、心霊現象か。

 あいつの言う通りにしとけばよかった。

 深く後悔したと同時に、薄くなった異臭が部屋にまだ残っているのに気づいた。

 他の部屋の窓を開けながら、この家の買った経緯を思い出すことにした。


 たしか、あの日はあまりの安さに驚いた。「え?安すぎません?」

「……」

「なんかあったんすかね。」

「…実は事故物件でして、その…」

「あー、だからね。大丈夫ですよ。」

「えっ?」

「俺、幽霊とか信じてないタイプなんすよ。」

「というと…?」

「ここに決めます。」

「ありがとうございますっ!」

 なんて愚かなのだろうか。この時値段に釣られていなければ。

がらららら。窓が開き、また臭いが薄まる。


 そういえば、友人に話した後に最初の心霊現象があったな。

「ここが新居ですか。キレイだねー」

「だろ?まぁ、入りなよ。」

「こんなキレイだと高いでしょ?」

「いや?安いよ。事故物件だし。」

「じ、事故物件?怖くねえの?」

「心霊なんて信じてないよ。」

「そういうもんかな。俺なら怖くて無理だね。」

「そう?むしろ安くて良くない?」

「信じらんね…うわぁっ!!」

「なに?どうした。」

「いまいた。ヤバいわここ。俺こういうの無理、悪いけど、帰るわ。」

「はぁ?おいおい、ビビらせようとしてんのかしらないけどタチ悪いよ?」

「ちがうってマジで。いたからな?俺はいったぞ?白い服の長髪がいたからな?!」

「は?なにそれ?いるわけ…」

「お前こそ、彼女とかにコスプレさせて俺をビビらせようとしてんじゃないの?」

「んなことするわけないじゃん。」

「そっか……。じゃあ、お前も早く引っ越した方がいいよ。」

「は?本当に帰んの?ちょ、おい。」

バタン。そんな奴がいるわけないと普通は思うよな。

がらららら。また臭いが薄まる。部屋は外気と混ざり、元の状態に戻ろうとしているが、まだ鼻の奥にあの異臭がいるのを感じる。

 もう何個か窓を開けたほうが良いのだろう。あの時の言葉を信じていればな。


 あの後、たしか、あいつが見たって場所をずっと幽霊なんかいないって探してたな。

 窓を開け、戻る際に改めて友人が見たという場所を確認すると、キレイなフローリングにはくっきりとした足跡がある。

 家では裸足で歩いてるから…家では裸足で歩いてるから…家では裸足で歩いてるから…これは俺の足跡。そういって心に言い聞かせたが、その足跡に自分の足を重ねる勇気はわかなかった。

 家中の窓を開けたが臭いが近くにあるような気がする。そこでようやく自分の服に異臭がついてしまってることに気がついた。


 服を洗濯するついでに風呂に入ろう。

 ポッケに入っていたスマホにはひとつの通知がきていた。異臭をどうこうしてて気が付かなかったらしい。

 相手はあの友人からだった。引っ越せとの忠告を無視してしまったのに連絡してくれるなんて優しいものだと内容を確認すると、どうやら住所をいれると、その住所が事故物件かどうかを教えてくれるサイトがあるとのことだ。

 なんでも、そのサイトは事故物件だった場合、どのような事が起きたのかまで記載されているとのこと。

 確かに、この家は不動産屋も認めた事故物件だが何が起きたかは知らない。

 だが、知らぬが仏というわけではないが、今の自分はわざわざ調べたい気分ではない。


 スマホを片手間に温度調節していたシャワーは自分好みの適温になり、スマホを置いて風呂に入る。


 心地良いシャワーは家に入って時に感じた冷や汗と油汗の混じったものが考えていた不安と一緒に流されている気がして良い。

 自分ルールというか習慣的なもので、頭から洗わないとどうも気が済まない。

 泡立てたシャンプーの塊と化した頭を流す。

 正面には鏡。写るのは自分と女。


 女は顔を隠す程の長い髪に白い服。

 友人の見たものと同じだなという気持ちが怖いを上回ったのが不幸中の幸い、その女に気付かないフリをしながら、体を洗うのを諦め、着替えの部屋着を早々に着るとその場にあるスマホ等を持ち、家を出た。


 今日は幽霊をみた友人宅に泊めてもらっている。

 送ってもらったサイトで自宅を検索すると『自殺 風呂場で手首を切って自殺』と書かれていた。

 だから、風呂場で…と考えいると、今後、どうするかを友人に聞かれたので引っ越すとだけ伝えた。


 あぁ、だが、事故物件は一度住めば、事故物件ということを伝える義務はなくなると聞いた事がある。

 あの化け物が新居にいることを知らされないまま、引っ越してしまう人が出てくるかもしれないと考えると申し訳ない。

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ホラー短編 斎藤 三津希 @saito_zuizui

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