第46話 湯気ゴリラ

話し合いが終わった翌日のこと。

僕たちは必須科目である剣術の授業を受けるべく校庭に出ていた。


魔法の授業のように希望制や適性で受けるのではなく体が弱いなどの理由がない限り基本的には剣術の授業は全員受けなくてはならない。

なんでも暗殺の危機に瀕したとき少しでも生き残る可能性が高まるかもしれないからだとか。

そんな付け焼き刃で剣術って上手くなるものじゃないしあんまり変わらないと思うけどやらないよりマシと言われてしまえば反論はできない。


「どうしたんですか、アラン。顔が浮かないですけど……」


「ああ、アイリスか。いやね、最近というか今まで打ち合いはフォスター様とずっと組み続けてきたわけだしそろそろ変な癖つかないかなと思って」


「あ、あはは……流石にお二人の相手を私達で務めるのは酷というものですよ」


アイリスの苦笑いに俺はぐったりと肩を落とす。

同じ人と戦い続けるのは別に悪いことじゃない。

だが物事には限度というものがあり今まで入学してからずっとフォスター様と戦っていて緊迫感より慣れが出てきてしまっている。

実戦において相手の癖を完璧に掴めるほど同じ敵と戦い続ける場面などまずないのでぶっちゃけあまり訓練にならないのだ。


「でも安心してください。流石にそろそろアランくんにもフォスター殿にも悪いのでちゃんと対策はとっておきましたよ」


アイリスは僕の肩に手を置きめちゃくちゃいい笑顔で言ってくる。


「え?それって……」


「傾注ッッッッッッ!」


僕が聞き返そうとすると剣術担当の教官が鼓膜が破れるんじゃないかってくらい声を張り上げる。

正直この教官はめちゃくちゃ暑苦しいので僕はあんまり好きじゃない。

ヘイマンさんとはまた違った熱血漢だ。


「これより!剣術の授業を始める!流れはいつもと同じだ!全員ランニングから始めろ!それとアランとロジャー=フォスターはここに残れ!」


え?僕とフォスター様だけ……?

だがこの教官は拙速を尊ぶ人なのですぐにクラスメイトたちは逃げるように走り出す。

シャーロットが一瞬心配そうにこっちを見ていたけど多分ひどいことにはならないと思うので頷いておいた。

………ならないよね?


「あの……なぜ僕たちだけ呼ばれたんでしょうか」


「うむ!そなたたちは正直相手になれるものがなかなかおらんくてな!頭を悩ませていたところアイリス殿下が素晴らしい代案を用意してくれたのだよ!」


なんでだろう……普段はすごく頼りになるのにさっきのいい笑顔が嫌な予感しかさせないんだけど……

僕はまた面倒ごとの予感しかしなくてげんなりする。


「ハッハッハ!それで代案ってなんだ!?もっとすげぇ奴と戦えるのか!?」


フォスター様も全く恐れ知らずなものだ。

先生にタメ口使ったら普通はぶっ飛ばされるのになぜかこの人だけ黙認されている。

一時期はフォスター侯爵家が圧力をかけたんじゃないかって噂もあったけど結局はフォスター様本人が変人すぎて教師陣も諦めたんだろうということで一同は納得した。


「うむ!実はそなたたちの打ち合いの相手を用意してくれたのだよ!」


「打ち合い相手?」


「私ですよ。アラン殿」


聞き覚えのある声が聞こえて後ろを振り返る。

すると紳士然とした格好で立っていたアレックスさんがキレイな立ち振舞でお辞儀をした。


「アレックスさんでしたか」


「ん?誰だこのじいさん」


「申し遅れました。ロジャー=フォスター様。私はアイリス王女殿下の侍従をしておりますアレックスと申します」


アレックスさんはフォスター様の失礼な態度に全く気を悪くするでもなく頭を下げた。

流石こういうところは大人だと思う。


「ふーん。まあじいさん強そうだし戦うのが楽しみだなぁ!よろしく頼む!」


「では早速修練場に向かいましょう」


◇◆◇


僕たちはアレックスさんに連れられ学園の端っこにある修練場に来ていた。

何もない荒れ地と言った様子だが綺麗に整地されているところで戦うよりは訓練になるし校舎も遠くて思いっきり戦えそうでちょうどいい。


「お二人は相当の実力をお持ちだと我が主から聞いております。ですので私から指導はいたしません。実戦訓練の相手だと思っていただければ結構です」


それでも正直ありがたい。

アイリスも全幅の信頼を置いているくらいだし全力で戦える相手っていうだけで貴重なのだから。


「それでは一人ずつかかってきてください」


「どっちから行きますか?」


ここは一応立場が上であるフォスター様に聞いてみる。

答えはわかりきってるけど。

フォスター様は俺を見てニヤッと笑った。


「俺から行ってもいいか?」


「ご自由にどうぞ。僕は少し離れたところから見ていますので」


「はっは!ありがとよ。せっかくだし名前で呼んでくれてもいいんだぜ?俺のライバルよ」


「それは遠慮しておきます。僕とフォスター様では身分が違いすぎますので」


「たっは!王女サマを呼び捨てにしてるやつが何を言ってるんだ。まあいい。ちゃんと離れておけよ」


どうやら僕はフォスター様に気に入られてしまったらしく最近からこんなことを言われていた。

まあ僕は絶対に面倒になるだけなので断っているが。

僕は言われた通り少し2人から離れて戦いの行方を見守る。

アレックスさんが戦うのは初めて見るし何気に楽しみだ。


「それではフォスター様。遠慮なくいかせていただきますぞ」


「ふっ!こい!」


「では……ぬおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!!!」


その瞬間、アレックスさんから膨大な魔力が流れ出す。

その量は大気が震えるほど。

僕でもこんな一気に魔力を放出するのは不可能だろう。

アレックスさんの体がムキムキに盛り上がっていき執事服が破れていく。


「……え?」


思わぬ状況に言葉を失ってしまった。

あの紳士が湯気立ってるエグいゴリラみたいな感じになっちゃったんですけど!?


「あのクソガキめ……私はまだ年寄りと呼ばれる年ではない……!わが拳で叩き潰してくれる……!」


な、なんかめちゃくちゃ怒ってる……

さっきの大人の余裕はどこに行ったんだよ……

僕は呆れてものも言えなくなった。

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