第44話 勧誘
「逆侵攻をかけましょう」
アイリスはそうはっきりと言い切った。
僕たちの間に緊張が走る。
「それって僕たちが初対面だったときに言ってたやつ?」
「ええ、そうです。しかし当初の予定よりもかなり早まってしまいましたが」
アイリスは渋い表情をしながら僕を見つめる。
「想定では魔王軍が動き出すのは数年先だと予想していました。しかし兄が魔族になったこと、もしくはゴッセルが直接アランを確認したことにより侵攻が早まる可能性があります。実際に潜り込ませている密偵からは魔王領での魔物の動きが活発化していると」
つ、つまりはだいぶ僕のせいじゃないか……
確かに原作でも魔王軍が侵攻を開始するのは学園を卒業した後だった。
まさに最終決戦という感じで学園生活で出てきたキャラをほとんど全部投入し集大成として物語に幕を閉じたのだ。
なのにもう魔王軍は動き出そうとしている。
まだ一年生の夏が近づいてきた頃なんですけど……
「アイリスは逆侵攻で魔王を滅ぼすつもりなの?」
「ゆくゆくは。ですが流石に最初の一回で決めきるのは不可能ですし、アランとロッティにもそんな無茶をしてほしくありません。今回はあくまで時間稼ぎです」
まあそんな無謀はしないよね。
でもアイリスの最終目的は魔王の駆逐まで視野に入れている。
幸せで笑顔あふれる国を作りたいアイリスにとっては取り除くべき障害であることには間違いない。
僕たちの使命でもあるし目的は合致している。
「具体的にはどうやって逆侵攻で時間稼ぎをすると?」
エリザベート会長がアイリスに質問を投げかける。
その表情にはどこか試すような挑戦的な意図を感じる。
「アランとロッティを筆頭とした遊撃班と王国の正規兵を国境付近に配置し待機してもらいます。そして魔王軍が攻めてきたらそれを防ぎそこから逆侵攻を開始しましょう」
「あれ、こちらからは攻めずに相手が来るのを待つんだね」
「はい。その理由は2つあります」
アイリスはピッと右手の指を2本上げた。
そして1本目の指を折る。
「1つ目はこちらからあまり魔王軍を刺激したくありません。攻めてこないならそれに越したことはないということですね」
僕は全くの同意見だったので頷いた。
シャーロットは真面目にメモを取っていたが小さく頷いていた。
「2つ目は保守派の国内貴族や諸外国の影響です」
「保守派?」
僕がオウム返しに聞き返すとアイリスは頷いた。
そして政治事情に疎い僕でもわかるように丁寧に説明をしてくれる。
「一言で言うなら今の安寧を大切にしたい人たちが妨害してくる可能性があります。しかし相手が攻めてきたというなら話は別。それこそ自分たちの安全のために妨害どころか支援すら見込めます」
「なるほど……支援だけ先にしてもらいさえすれば後はこっちで勝手に動けばいいってことだね?」
「そういうことになります。正直無能貴族からの妨害なんて防ぎようはいくらでもあるのですが今回は一枚岩になることが必要です。表だけでも仲良くしておかねばなるません」
政治上、戦争で一番大変なのは戦争が始まる前と終わった後だと聞いたことがある。
でも逆侵攻を始めたあと、魔王領にまで行って僕たちを妨害できるほど力を持った貴族はこの国には存在しないらしい。
だからこそ戦争が始まる前だけ仲良くしておけばあとはなんとでもなるとアイリスは言っているのだ。
「なるほど。殿下のお考えはよくわかりました。しかし肝心の逆侵攻は誰が務めるのです?隠密性も重視するため人数を増やしすぎるわけにはいかない分、精鋭を揃える必要があります」
「私の配下をつけるつもりです。私の配下は人数は少ないですが無能は誰一人としていません。必ずやアランたちの役に立つでしょう。そして……」
アイリスは一度そこで言葉を切る。
そしてエリザベート会長に向き合った。
「会長には私の補佐を。副会長にはアランに同伴し逆侵攻を担って欲しいと考えています」
「「「!!」」」
ふ、2人を……!?
この言葉には会長と副会長の2人も驚きを隠せないでいる。
「私には味方が少なく力も無く、影響力も少ないです。ですがお父様たちに任せておけないというのもあなたたちなら理解しているはずです」
「「……」」
二人共主君に対して言葉にすることはできないが思うところがあるんだろう。
反論はせず口を閉ざす。
「どうか私に力を貸していただけませんか?この国は膿だらけであり建国当時のような然るべき形に戻さなくてはなりません。だからこそ、この窮地は信頼できる仲間で解決すべき案件です。そうは思いませんか?」
言外に意図を伝える貴族式のコミュニケーションだと僕でも気づいた。
アイリスはこう言っているのだ。
『私は今の王権を認めない。だから自分が玉座を獲りに行く。お前らも仲間になるのか今すぐ決めろ』と。
長い沈黙の末、2人がとった行動は……
忠誠を誓う臣下の礼であった──
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