第40話 深淵の眼
「以上が私の過去の話です」
「そんなことが……」
僕はアイリス王女の話を聞いて一つ息を吐く。
だいぶ集中して話を聞いていたので体の奥に熱を感じる。
アイリス王女の過去は決して凄惨とかそういうことはない、だがその経験が生んだアイリス王女の覚悟が伝わってきたんだ。
「私の夢はみんなが幸せに暮らせる国を造ることです。漠然とし過ぎてますし子供っぽいですが……その夢は今も変わりません」
アイリス王女は自嘲気味の笑みを浮かべるがその目に後悔や迷いはない。
どうやら立ち直れたようだ。
僕は安心してほっとする。
「その……子供っぽいって笑いますか……?」
アイリス王女は恥ずかしそうに目を伏せ僕に聞いてくる。
そんな姿に思わず笑いが溢れた。
「やっぱり子供っぽいですよね……」
「あはは、そこで笑ったんじゃないですよ。アイリス王女もそんな顔するんだなって思いまして」
「なっ!?」
アイリス王女の顔が朱に染まっていく。
王女の赤面なんて初めて見た。
「アイリス王女の夢を笑うわけないじゃないですか。僕は応援、というかお手伝いさせてもらいますよ」
その夢の先にみんなの幸せがあるのなら、乗らない手はないだろう。
むしろこちらからお願いしたいくらいだ。
ただ彼女の夢はあくまで理想の域を出ず実現させるのが限りなく難しいことくらい僕にだってわかる。
「茨の道ですね」
「うふふ、でもついてきてくれるのでしょう?」
「もちろんです。僕とシャーロットはアイリス王女がその大志を抱き続ける限り最期までお供しますよ」
僕が微笑みかけるとアイリス王女は嬉しそうに笑う。
僕らはしばらく沈黙しどちらからともなく一緒に空を眺める。
「ねえアラン様」
「どうしたんですか?」
「私達……友だちになりませんか?私はシャーロット様ともメアリーさんとも、みんなともっと仲良くなりたいです」
アイリス王女のお願いは思いも寄らないもの。
普通の人にとってはささやかな、王族にとってはとても難しいお願い。
僕は返答に一瞬迷う。
だけど答えはすぐにでた。
「友だちというものは許可を取ってなるものじゃないんですよ。ね?シャーロット」
「……気づいてたんですか」
後ろの扉が音を立てて開きシャーロットが現れた。
銀の美しい髪を風で揺らし歩いてくる。
そして俺の隣に座った。
「アイリス王女、貴女は王族で心の意味で信じられるのは己だけ。ですので私たちでよければ貴女の心の一部だけでも支えましょう」
その言葉の意味は
シャーロットが優しくアイリス王女の手を握った。
「私たちも友だちになりたい、そういうことですよ」
僕もシャーロットの言葉に大きく頷く。
今まで入学してからずっと行動を共にしてきたのだ。
相手が王族だからわきまえていたが僕らは一応学生であり親しくなりたいという気持ちくらいあった。
それに勇者や聖女との親密さをアピールすることはアイリス王女にとってもメリットとして働くはずだ。
「シャーロット様……!大好きです……!」
「ひゃあ!?」
アイリス王女がシャーロットに抱きつく。
シャーロットはくすぐったそうに、少し恥ずかしそうにしていたものの嫌がっている様子はない。
美少女二人が仲よさげに抱き合っているのは何かに目覚めそうなくらい美しい光景だった。
「これから私達は友だちです……!公の場以外は敬語も要りませんし呼び方もアイリス、と呼び捨てで大丈夫です」
めっちゃいきなり距離詰めるじゃん!?
でもそれだけ嬉しかったのだろう、アイリス王女は今までで一番嬉しそうに屈託のない笑みを見せていた。
「はぁ……しょうがないね。これでいいかな?アイリス」
「はい、いいですよ。アラン」
自分は敬語のままなんかい。
まぁ様付けされるのも今まで少し居心地が良くなかったし様付けが取れただけでもいいのかもしれない。
「私はさん付けで呼ばせてもらいますね。アイリスさん」
「ありがとうございます、ロッティ」
ロッティ!?
僕もまだ愛称で呼んだことないのに……!?
アイリスは相変わらずシャーロットに抱きついたままだ。
僕は何故か女性同士のはずなのにこの光景に危機感を覚える。
「そ、そこまでにしておいて」
僕は半ば強引に二人を引き剥がす。
そしてシャーロットを自分の体の影に隠した。
「あらあら。残念ですね」
アイリスはクスクスと上品に笑う。
どうやら彼女なりの冗談だったようだ。
「あ、アイリス殿下!」
僕らがそんなふうにじゃれ合っているとアレックスさんがやってくる。
目には涙を浮かべアイリスのもとに来た瞬間平伏する。
「も、申し訳ありません……!私どもが至らないばっかりに……これでは護衛失格でございます……」
アイリスは首を横に振ってアレックスさんの肩に手を置く。
そして立ち上がらせた。
「あなた達は何も悪くありません。悪いのは私ですから」
「アイリス、それは……」
「わかってますよ。もう後ろは向きません。ですが今回の件はしっかりと心に刻み込みます。もう二度と同じ失態はしません」
ちゃんとわかっていたようでアイリスは大きく頷いた。
どうやら僕の心配し過ぎのようだった。
「アイリス殿下、様々な情報が入ってきております。一度自室に戻り確認を」
「わかりました。ではアラン、ロッティ。またいつか報告の場を設けますので今日はこれで失礼します」
アイリスはペコリとお辞儀をしてアレックスさんと歩いていった。
屋上には僕とシャーロットだけになる。
「さて、僕たちも少し風に当たってから帰ろう……か……」
深淵。
シャーロットはもはや光の一片も残っていない目をしていた。
ゾッと背筋に寒気が走る。
「アイリスさんと随分楽しそうにお話してましたね?」
「ち、ちが!あれは慰めようとしただけで……!」
「
シャーロットが詠唱と共にパチンと指を鳴らすとなにもないところから光のリングが現れ僕の両手足を拘束する。
早業すぎて避けることができなかった……
「しゃ、シャーロット……」
どれだけ力を入れても壊れる気配が全くしない。
魔法は使えるようだがまさかシャーロットに向かって魔法を撃つわけにもいくまい。
僕の打てる手段は無くなった。
「残念ですよ、アランくん」
シャーロットは僕の近くまで歩いてくると僕の頬に優しく手を添える。
顔は笑っているが目は全く笑っていない。
「お仕置きですね?」
「ま、待って!僕は本当にアイリスを慰めてただけだから!」
「随分優しげに背中をさすってあげてましたもんね?」
「あのときからいたの!?」
全く気付けなかった……
僕がシャーロットの気配に気づいたのはアイリスの過去を聞いてる途中だった。
「肩まで貸してあげるなんて本当にお優しい……」
万事休すだった。
僕は全ての反抗を諦めがっくりとうなだれる。
「でも安心してください。私はアランくんがアイリスさんを抱きしめたり胸を貸したりしていないこともちゃんと知ってます」
「ということは……!」
「少しだけお仕置きを減らしてあげます」
結局お仕置きを受ける事には変わりなかった。
一瞬希望を見た分大きく絶望する。
「では移動しましょうか。
こ、この魔法は……!
僕らを黒い光が包み光が消えた頃には僕らの部屋にいた。
これはゴッセルも使っていた異空間魔法!?
まさかシャーロットも使えるようになっていたなんて……
「驚きましたか?アランくんのお役に立てるように頑張って練習したんですよ」
「そ、そうなんだ……」
「結果的に覚えておいてよかったです。アランくんの(お仕置きするのに)役に立ちましたね」
ぜ、全然嬉しくない……
僕は何が起こってもおかしくないこれからの自分の無事を祈るのだった。
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今までで一番ヤンデレっぽい気がする。
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