第39話 愚かな己と夢の始まり(アイリス視点)

私は昔、今の王族となんら変わらない我儘な子供だったんです。

全て自分の思い通りにならないと気がすまなくて、宝石もドレスも欲しいものは全て買ってもらうような傲慢で我儘な子。

そんな私が5、6歳くらいのときのことです。


◇◆◇


「花が見たいわ!今すぐピクニックにつれていきなさい!」


「はっ!し、しかし午後からはレッスンが入っていますし外出も国王陛下の許可を得なくては……」


私は近衛兵を見上げながらむっとする。

レッスンは楽しくないからやりたくない。

とにかく今は一面の花畑が見たかった。


「こっそり抜け出せばいいでしょ!今日中に帰ってくればおとうさまだって怒らないわよ!」


「で、ですが……」


「行くわよ!」


「わ、わかりました……」


近衛兵はパタパタと走っていき馬車や護衛の準備を始める。

もう、最初からそうしてくれればよかったのに。

私は用意された馬車に乗り込み出発を待つ。

そこまで遠出しないこともあって護衛は一人だけだった。


「お昼ご飯はちゃんともらってきたんでしょうね?」


「は、はい。厨房より急ぎで用意してもらいました」


「そう。ならいいわ。すぐに出発しなさい」


私はかたかたと馬車に揺られながらため息を吐く。

王族というものは権も財もあり心地よいけどいちいち行動するのに許可がいるのは好きじゃない。

それにレッスンだって楽しくないし厳しいしでやりたくなかった。

だからこの外出は当然の権利なのだ、と。


花畑に着いた私は早速いろんな花を観察し始める。

花の名前も勉強させられたが今はそんなことは気にせずただキレイな花を楽しんだ。

後ろでは近衛兵がシートやら日除けやらの設営をしている。


(なかなか気がきくじゃない)


私は設営している近衛兵は放っておき花畑を歩き出す。

しばらく歩いているととても大きくてキラキラと光る蝶を見つけた。

その姿は教科書で見た人生で一度見れるかどうかのレアな蝶で見ると幸せになれる、というジンクスのある種だった。

ひらひらとどこかへ飛んでいく蝶を私は急いで追いかける。

どれほど追いかけただろうか。

気づいたときには周りは木で囲まれ自分がどこにいるのかわからなくなってしまった。


「い、急いでもどらなくちゃ……こんな虫だらけで汚いところにいたくないわ」


私は急いで来た道を戻り始める。

しかし木が入り組みすぎていたりフラフラととぶ蝶を追いかけて走ってきてしまったので途中からどこをどう進めばいいのかわからなくなってしまう。

何時間か経った頃、私はもう進めなくなってその場にへたりこむ。


「お腹すいた……疲れた……どうしてこんなことになっちゃったの……」


先が見えなくて、自分がどうなるのかわからなくて絶望してしまう。

そんなときだった。

周りから唸り声が聞こえてきてはっと顔を上げると狼の群れに囲まれてしまっていた。

あまりの恐怖に涙が出てくる。


「ば……障壁バリア!」


なんとか習った魔法を発動させようとするが何も私の前に現れない。

普段真面目に授業を聞かなかったことを今ここで初めて後悔した。

じりじりと近寄ってくる狼たちに体の震えが止まらない。


「い、いやぁ……」


狼が飛びかかってきた瞬間私は目をつぶる。

しかし衝撃や痛みはいつまで経ってもやってこない。

恐る恐る目を開けると目の前に大きな男の人が立っていて狼を殴り飛ばしていた。

手には篭手ガントレットを着けていてその手は狼の血で濡れている。


「大丈夫か?嬢ちゃん」


「あ……」


私はそこであまりの空腹と人が来たことの安堵感で意識を失った。


◇◆◇


目が覚めると知らない天井が見えた。

体を起こして周りを確認すると穴が空いた壁や少し傷んだ床が目に入る。

しかしこの場所に見覚えは無い。


「ここは……?」


「あら、目が覚めたのね。体調はどう?」


「え……?だ、大丈夫……」


奥からやってきて話しかけてきたのは頭に穴の空いた服を着て顔が少し土に汚れているいわゆる普通の農民だった。

体調を聞かれ大丈夫だと答えるとその女性は安心したように笑った。

そのとき私のお腹がきゅるるる、と音を立てて鳴る。

慌ててお腹を押さえるけど聞こえてしまったみたいで女性はおかしそうに笑う。

私は恥ずかしくなって顔が熱くなった。


「ふふ、今ご飯を持ってくるからね。ちょっと待ってな」


そう言って女性はまた奥へと戻っていった。

取り残された私は大人しく座って待っている。

戻ってきた女性はお盆を持って戻って来る。

そしてそれを私の前に置いた。


「これは……お米?」


教科書の絵でしか見たことのない穀物だった。

王国では基本的に麦が好まれるため米は一部の地域の農民しか食べていないものだった。


「そうよ。ここでは雨が多くて麦が育ちづらくてねぇ……代わりに米を育てているのよ」


「ナイフとフォークがないけどどうやって食べるの?」


「あはは、あなたいい服着てるから見たこと無いのかもしれないねぇ。これはおにぎり、といって手で掴んで食べるんだよ」


「手で掴んで……」


恐る恐るおにぎりという米の塊を手で掴む。

湯気がまだ立っていて温かかった。


「いただきます」


私はぱくりとおにぎりを口にいれる。

その瞬間涙がこぼれた。

今まで王城で食べてきたものと比べれば手間も素材の質も断然下だろう。

でも今まで食べてきたなによりも美味しくて、温かくて涙が止まらなかった。


「あらあら、泣かないで」


「どうして……どうして私に優しくしてくれるの……?私はあなたの知り合いでもないのに……」


私が思わず尋ねると女性はニコリと笑った。


「困ったときはお互い様さ。知らない人でも放ってはおけないもんよ」


その言葉を聞いた瞬間、今までの己の愚かさを知った。

民の上に生きる、それがどんなことなのかを知った。

泣きじゃくる私を女性は優しく背中をさすってくれた。

泣き止んできたころ、今度は奥から今度はさっき助けてくれたであろう男の人がやってくる。


「お、嬢ちゃん起きたのか。無事でよかったよ」


「あ、あの……おじさん。その手……」


おじさんの手には包帯が巻かれ微かに血が滲んでいた。

明らかにさっき助けてくれたときにはなかったものだ。


「はは、ちょっとドジしちまっただけさ。大した事ないよ」


「でも……」


「そんな泣きそうな顔するなって。全部倒したと思って油断したところをバクっとされちまったんだ。完全に俺のミスだよ」


「全くあんたは……そんなミスばっかりしてるといつか死んじまうよ」


おじさんは苦笑いし女性は呆れたように言う。

私はふらふらと立ち上がっておじさんのもとにいく。

そして包帯が巻かれた腕を優しく掴む。


「ごめんなさい……本当にごめんなさい……」


「気にするなって。ただ……山は危ないからもう一人でいたらだめだぞ?」


「うん……うん……!」


無償の愛、誰かを助けるようとする優しい心の温かみを知った。

その後おじさんが王都まで送り届けてくれて王城に帰ってからもその温かみを忘れることはなかった。

私はそれからレッスンも勉強も運動もなんだって励むようになった。


おじさんたちみたいな優しい人達が虐げられるような世界は作ってはならない。

心優しき人たちこそ報われて幸せに暮らせる国でないといけないんだ。

私は大きくなっていろんな知識を付けるにつれこの国はそんな私の理想とは真逆であることを知った。


「私が……この国を絶対に変えてみせます……!みんなが幸せに生きられる、笑顔と優しさであふれるそんな国を作れるように……」


──────────────────────

アイリスの過去編でした。

子供の成長に重要な要素は遺伝、環境、意思だと聞きます。(公共で習ったよくわからんおっさんが言ってた)

遺伝と環境によって我儘だったアイリスも自分の意思で変わったんですね。

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