第35話 報告と進捗
入学から数ヶ月が経ち暖かくなってきた頃。
入学時の波乱な日々は嘘のように静まり平和な日々が訪れていた。
(まぁそれでもやれることはいくらでもあるんだけどね)
現に今はアイリス王女に呼び出され僕とシャーロットは寮の裏で夜にこっそり集まっていた。
ここはそこまで綺麗でもないし特に何も無いので生徒が来ることはほとんどない。
更に周りをアイリス王女の配下が見張っていてくれていて情報を他人に聞かれる可能性は無いと言っていいだろう。
「今日は来ていただきありがとうございます、アラン様、シャーロット様」
「いえ、構いませんよ。僕たちは協力者ですから」
「はい。何も問題はありません」
未だに僕たちとアイリス王女の協力関係にヒビが入ることなくここまでやってきた。
この2ヶ月のアイリス王女の様子を見て命の球も返そうかとシャーロットと相談したこともあったけどこれ以上安全な護衛はいないからとそのまま託された。
本当に食えない人だと思う。
「本日は3つご報告とご意見が聞きたくてお呼びいたしました」
この集合場所は人が来づらいと言ってもあまりに頻度が高いとその分露見の可能性は高くなる。
つまり呼ばれるときは重要なことを話す時のみだ。
「なんでしょうか?」
「まずは1つ目です、先日一斉告発を行ったのはご存知ですか?」
一斉告発はとても大きな噂になっていて僕たちの耳にも届いていた。
かなりの数の貴族が辞職、謹慎、罰金、酷いものだと爵位剥奪などの罰を受けざるを得ないほどの証拠が関係各所に送りつけられたとのこと。
「計画通りに事は進み国政に影響が出ない程度に邪魔者を消すことができました。私の配下もかなりの数が後釜に登用されています」
「第1段階はクリア、といった感じでしょうか」
僕の言葉にアイリス王女は頷く。
アイリス王女の計画はどれだけ味方を重要なポストに持っていけるかが肝だ。
そのための
「本当にアイリス王女の言うとおりでしたね。やはり僕には政治は無理そうだ」
「うふふ、ありがとうございます。ですがアラン様にしかできないことは数多く存在するのですよ」
僕は証拠が握りつぶされる可能性もあるんじゃないかと思っていた。
しかし結果は権力、富に飢えている貴族たちが激しく糾弾しすぐに引きずり合いになったらしい。
本当に政界はまるで別世界のようだ。
「アイリス王女は政治に精通してらっしゃるのですね。正直ここまで上手くいくとは思っていませんでした」
横でシャーロットが苦笑いしながら伝える。
ローレンス公爵家での修行時代、伴侶がどんな大貴族であっても問題ないように一通りの勉学には通じているらしい。
それは政治も例外ではなくシャーロットは中々厳しい計画になると思っていたようだ。
「他の国では普通はできませんよ。無能揃いなおかげで証拠も簡単に得られますしあとは勝手に足の引っ張り合いをしてくれます。おそらく、誰も今回の告発が誰から証拠が送られてきたかもつかめてませんよ」
あまりにも脆すぎる真実。
つまり魔王領がなければ他国の密偵が入り放題、工作し放題というわけだ。
よくもまぁ人類の旗頭を名乗れているものだ。
「2つ目です、これはかなり深刻ですが国家の中枢に魔族が入り込んでいる、もしくは魔族に
「「っ!?」」
アイリス王女の衝撃的な発言に僕とシャーロットは息を呑む。
魔族とは魔王軍幹部のことを指し、知能が高く人間のようなものからスライムのような自我のないものまで存在している。
つまりは対立勢力の幹部が国政への影響力を持っていることに他ならず戦いにすらならず内部から崩される可能性がある。
「重要書類が盗まれていたり情報が抜き取られた形跡があります。その殆どが国力の現状、中でも一番多かったのは西側国境の情報でした」
「西側……まさか」
「はい、西側とは魔王領と接する地です」
人類側にこの国を崩すメリットは一つもない上に西側の情報なんてほとんど必要ない。
確実な証拠は無くてもこれほど状況証拠が集まれば疑うには十分値する。
「必ず見つけ出して排除いたします。ですが未だ正体を掴みきれていません。申し訳ないですがまだ時間がかかるでしょう」
今までアイリス王女とその派閥はこれ以上ないくらい自身の能力を示してきた。
それでも無理ならば相手が相当上手なのだろう。
どっちにしろ僕たちには無理だから王女に託すしかない。
「それで最後の報告とは?」
僕が問うとアイリス王女は若干顔を伏せる。
その表情からいい報告ではないことだけはわかった。
「私の双子の兄であるジェームズですが……依然として行方が知れません。それどころか生死すらも謎です。本当に申し訳ございません……」
アイリス王女はジェームズが犯してきた数々の罪を償わせるために捜索を約束してくれた。
シャーロットの誘拐もあいつによるものだったらしく今なお余罪が次々と出てきている。
いきなり出てきて王子を持ち去るとか異空間系魔法は本当にやっかいだ。
「必ずいつかは生きていようと死んでいようと見つけ出します。あいつがシャーロットにしようとしたことは絶対に許せないので」
「私もアランくんを傷つけようとしたあの男を許せません」
「……引き続き捜索を続けます」
あいつには生きていてもらわなくちゃ困る。
死んでいた場合のことを今は考える必要がない。
必ず見つけ出す、その一言だ。
「報告は以上です。何か質問はございますか?」
僕は特に無いので横にいるシャーロットを見るとシャーロットも首を横に振っていた。
アイリス王女の説明はわかりやすく頭に入ってきやすかった。
情報源がアイリス王女しかないのも問題だが立場の弱いアイリス王女が王位に着くには僕らを裏切ると逆効果だし命の球も僕らが持っているのだから信頼してよいだろう。
それにこの数ヶ月で実力はかなり向上した。
大半の状況には対応できる自信がある。
「では意見を聞きたいのですが、アラン様が対峙したゴッセルと名乗る魔族、どれほどの実力でしょうか?」
僕はその質問にしばし頭を悩ませる。
僕の実力は勇者になったおかげか短期間で変わるので前に戦った敵の実力を掴みにくい。
でも一つ言えるのは……
「かなり強いと思います。少なくとも数ヶ月前の僕には手に余る敵だったかと」
魔王軍No.3を名乗るだけの実力を十分にあいつは持っていた。
手の内をほとんど晒していないし底が知れないといった印象だが少なくとも兵士が何人いようと倒せる相手ではないのは間違いない。
「そうですか……」
アイリス王女はごそごそと自分の鞄を漁り始める。
そして紙束をまとめたものを取り出し僕に手渡した。
「同じような姿と名前の魔族が王家の禁書庫に眠っていました。持ち出すのは難しかったので写しですがどうぞ」
アイリス王女から受け取った書をパラパラとめくると色んな姿形をした魔族の絵が描かれていた。
その中に確かにゴッセルらしき絵もあった。
ということは他の魔族の情報ももしかしたら役立つかもしれない。
「アラン様が手に余るとなれば私たちにはどうしようもありません……。少しでも勝率を上げるために役立ててください。しかしその書が正しい根拠は無いので頭に入れておく程度がいいかもしれません」
僕はこの書を持ってきてくれたアイリス王女に感謝し小さく頭を下げた。
僕は僕のやるべきことを果たさないとね。
◇◆◇
そして翌日。
一限目の授業を受けていたときに不意にけたたましいアラートが鳴り始める。
「これは……何が起きてるんだ……!?」
誰かが思わつぶやいたその言葉に答えられる者はいない。
今まさに、歴史上一度もなかった前代未聞の大事件が起きようとしていた。
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