第24話 少女とカミサマ⑥
「……私が、か」
意見を求められたカミサマは、腕を組んでしばし沈黙した。
機械の身体でありながら、随分と人間臭い仕草であった。
「やはり、私もお前には外の世界へと行って欲しいように……思う、恐らくは」
珍しく――少なくとも少女が知る限りは初めて――カミサマの声には、迷うような色が混じっていた。
「ふーん。どうして?」
それを気にした素振りは見せず、少女は首をかしげる。
「……私は、人類という種を守るために創り出された」
ゆっくりと喋るカミサマは、言葉を探しながら話しているように見えた。
「人類がここで暮らし始めてから、私は常に彼らと共にあった。お前に対してそうしたように、直接会話を交わすような距離にいたわけではないが……ずっと、見守っていた」
自分の言葉をおかしく感じたのか、カミサマが声に笑いを滲ませる。
「フッ、そんな風に言うと本当に《神様》のようだがな」
自嘲気味の笑い声だった。
「しかし、私が与えられるのは所詮偽物だけだ。それゆえに、このセカイで人類は衰退した。私は、人類を守るという役割を果たせなかった。たった一人だけ残った人類さえ最後まで見守ることなく、朽ち果てようとしている」
カミサマの言葉を、少女は口を挟まずじっと聞いている。
微笑んだまま、真っ直ぐにカミサマから目を逸らさずに。
「故に、私は最後の人類が独りで生きて行けるよう鍛え育てることを自分の最後の役割と定義した。そのために、セカイをただ一人の少女のために創り変え……む、少し話が逸れたか」
頬を掻くように、カミサマはコンコンと自分の頬に指を当てた。
「ともかく、役割を果たせぬ私は……ふむ?」
次いで、大きく首をかしげる。
「結局、なぜお前に外の世界に行ってほしいのだろうな? このような偽物のセカイではなく本物の世界を見て、私の敷いたレールの上を行くのではなく己で道を切り開いて成長し、願わくば他の人類と合流して共に支え合い、人類の存続を……いや、少し違うな。人類の存続に関する私の役割は、既に失敗に終わっているのだ。外でのことに関してまで影響を及ぼすことは出来ぬし、する必要があるとも定義されていない。であれば、お前個人に対して…ふむ……ふむ」
話の途中で、カミサマは何度も頷いたり首を捻ったりしていた。
「どうにも、上手く言語化出来ぬな。機械の私が言うのもおかしな話だが、何とも表現し難い感覚だ。既に回路に不具合が生じているのかもしれぬ」
「……ふふっ」
頭をコンコンと叩くカミサマを見て、少女は小さく笑い声を上げる。
「ねぇ、カミサマ」
そして、正面からカミサマの胸に飛び込んだ。
「失敗なんかじゃないよ。カミサマは、ちゃんと人類を守ってくれた。だから私がここにいる」
冷たい金属に、頬を押し当てる。
「それからさ」
体温を奪われるのも構わず、心地よさげに目を瞑った。
「カミサマのくれたものは、作り物ではあったかもしれないけどさ」
ギュッ、とカミサマの胴に回した手へと力を込める。
「でも、偽物なんかじゃなかったよ」
再び、少女が目を開いた。
「全部、私にとっては本物だったよ」
カミサマは、どうしたものかと迷うように所在なさげに手を上げている。
「私はずっと、カミサマから本物の幸せを貰っていたんだよ」
顔を上げ、少女はカミサマにその微笑みを向けた。
「カミサマと過ごした日々は、間違いなく私にとって幸せだった」
まさしく、幸せいっぱいという言葉が相応しい笑顔を。
「……そうか」
しばらくガシャンガシャンと手を彷徨わせた後、カミサマは結局自身の両手を少女の肩に置くことにしたようだ。
「ね、カミサマ」
少女が、その笑みをイタズラでも思いついた子供のようなものに変化させた。
「誕生日プレゼント、もう一つ貰ってもいい?」
「なんだ、いつになく欲張りだな」
カミサマも、声に小さく笑いを混ぜる。
「最後だ、何でも言うが良い。もっとも、何を言われたところで私に用意出来るのは偽物だか作り物だかしかないがな」
今度の声色は、自嘲ではなく単に冗談めかしたものだ。
「ううん……これは正真正銘、偽物でも作り物でもない、カミサマがくれる本物」
少女は、ゆっくりと首を横に振った。
「だから、カミサマ」
一歩カミサマから離れ、表情を改める。
「私に、名前をください」
そして少女は、カミサマへとそう願った。
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